経団連と連合トップ会談 賃金引き上げ認識一致も 考えに隔たり

ことしの春闘で、経団連の十倉会長と連合の芳野会長が会談し、新型コロナの影響が続く中でも経済の持続的な成長に向けて、中小企業も含めた賃金引き上げが必要だとの認識で一致しました。
ただ、賃上げの考えをめぐって隔たりも残っています。

ことしの春闘で、経団連の十倉会長と連合の芳野会長は26日午前、東京都内で会談しました。

この中で、経団連の十倉会長は、「働き手とともに生み出された成果を適切に分配することは企業の責務だ。賃金引き上げと総合的な処遇改善に取り組むことが極めて重要だと明確に打ち出した」と述べました。

これに対して、連合の芳野会長は、「わが国の実質賃金は低迷し、ほかの主要国から後れを取っている。社会経済の持続性を確保するため、将来を見据え賃上げを起点とした需要喚起で成長へと導く必要がある」と述べ、新型コロナの影響が続く中でも、中小企業も含めた賃上げが必要だとの認識で一致しました。

ただ今回、連合は「働く人全体への積極的な賃上げが必要だ」として、年齢や勤務年数に応じた定期昇給とベースアップに相当する分として、合わせて4%程度の賃上げを求めているのに対して、経団連は、収益が拡大している企業についてはベースアップの実施も含めた積極的な賃上げを呼びかける一方で、「業績のばらつきが拡大する中、各社の実情に適した賃金決定を行うことが重要だ」としていて、賃上げの考えをめぐって隔たりも残っています。

ことしの春闘に向けて、岸田総理大臣は「新しい資本主義」の実現のため、業績がコロナ前の水準に回復した企業は3%を超える賃上げを実現するよう、経済界に協力を呼びかけています。

春闘は、来月中ごろから自動車や電機メーカーなどの労働組合が要求書を提出して交渉が本格化します。

経団連 十倉会長「各社一律での賃上げは難しい」

連合との会談のあと、経団連の十倉会長は記者団に対して、「建設的で積極的な意見交換ができたと思っている。将来的な賃金上昇に向けて働き方の改革も含めて、それぞれの企業で努力していきたいと考えている」と述べました。

そのうえで、「ただ、実際の賃金の引き上げは、経済が『K字回復』と呼ばれる中でできない企業はあると思っている」として、コロナ禍が続き、業績の回復がばらつく中で、各社一律での賃上げは難しいとの認識を示しました。

連合 芳野会長「働く人の声に経営者は耳を傾けてほしい」

経団連との会談を終えたあと、連合の芳野会長は取材に応じ「職場で働く人の声に経営者は耳を傾けてほしいと伝えた。コロナ禍で産業や企業によってさまざまな状況があると思うが、賃金の引き上げだけでなく待遇全般についても労使で話をしてほしい」と述べました。

そのうえで、非正規雇用で働く人の待遇改善については「この春闘で職場で働く人の処遇改善に向けた要求を掲げることで、組合員以外への波及効果、影響を与えることができると思うので、連合としても旗振り役として取り組みを強化していきたい」と述べました。

さらに「中小企業がどれだけ賃上げできるかということがポイントになってくると思うので、しっかりと交渉できるような環境作りをしていきたい」と話していました。

最大6%の賃上げ予定の企業も 人材の確保進める

業績が好調な企業の中には最大で6%の賃上げを予定しているところもあります。

東京 中央区に本社があるデジタルマーケティング会社はことし春に基本給を引き上げる「ベースアップ」と賞与の引き上げを計画しています。

およそ1800人の正社員全員が対象で、賃上げの幅は一律ではないものの最大で6%を予定しているということです。

この会社はことし3月までの1年間の決算で売り上げや最終的な利益が過去最高を更新すると予想していますが、IT業界では人手不足の状況が今後も続くとみています。

このため好調な業績を背景に積極的に賃上げを行って人材の確保を進めることにしていて、こうした賃上げの方向性を2030年度までは継続したいとしています。

デジタルマーケティング会社「メンバーズ」の高野明彦専務は「社員の成長が会社の成果につながり、それが報酬にもつながることで社員のモチベーションは上がっていくと思う。会社が成長すればその分を社員に還元していきたい」と話していました。

原材料価格高騰の影響「賃上げしたいが価格上乗せ難しい」

従業員の賃上げをしたいと考えていますが、「賃上げのために販売価格を引き上げることは難しい」と悩んでいる企業もあります。

埼玉県川口市で90年あまり前から続く「伊藤鉄工」は従業員は90人でマンホールのふたや排水管、街路灯など、暮らしを支えるさまざまな製品を生産しています。

そうしたなか、大きな影響を受けているのが原材料価格の高騰です。

会社によりますと、先月の時点で原材料価格は前の年の同じ時期と比べて銑鉄がおよそ15%、鋼材はおよそ77%それぞれ値上がりし、燃料に使うコークスも高騰が続いているといいます。

これまでも生産コストの削減を進めてきましたが、それにも限界があったため去年11月、マンホールのふたや排水管など主要な商品の販売価格を5%から15%ほど引き上げました。

原材料価格の上昇分を販売価格に上乗せして何とか乗り切っている中、会社がいま、悩んでいるのが従業員の賃上げです。

この会社では50歳までの社員を対象に勤続年数が増えるごとに去年まで毎年、1%の定期昇給を行い、消費税率の引き上げなど家計が厳しくなる時には基本給を引き上げる「ベースアップ」も行ってきました。

社長は去年よりも賃金の上げ幅を大きくしたいと考えていますが、賃上げのための原資をどう確保すればいいのか悩んでいます。

伊藤光男社長(71)は「物価全体の上昇も続き従業員の家計は厳しくなっている。さらに賃金を上げないと人材が集まらなくなるので、特に中小企業にとってこの先の経営は厳しくなる。しかし、原材料価格と違って、人件費は『自社努力で抑えるものだ』という考え方は強く、賃金を上げたいからといって販売価格に上乗せしようとしても取引先から理解を得るのは難しい。去年より1%でも1点何%でも賃金を引き上げたいが、3%を超える賃上げは厳しいと思う」と話していました。

飲食会社正社員「賃上げがなければ実質的な賃下げ」

働く人からは物価が上昇する中、賃上げがなければ実質的な賃金の引き下げになると不安の声が出ています。

56歳の男性は従業員およそ300人の飲食会社で10年以上正社員として働いていて、調理などを担当しています。

1か月の収入は額面で25万円ほどで基本給は毎年、およそ2000円引き上げられていました。

しかし、この2年間賃金は全く上がっていません。

年2回のボーナスもおととしの夏以降、20%から30%ほどカットされています。

その理由について会社は新型コロナウイルスの影響などで経営状態が厳しいと説明しているということです。

妻と小学生の子ども2人と4人で暮らしています。

妻も働いているためなんとか生活はできているといいますが、住宅ローンを毎月、5万円あまりを返済しているほか、生活費や子育ての費用なども増えていて家計に余裕はない状況です。

このため2人の子どもで1か月、2万円かかっていた「学童保育」の利用を去年からやめるなど、できるだけ出費を少なくしています。

いま、気がかりなのは物価の上昇だといいます。

ことしも賃金が上がらなければ実質的な賃金の引き下げになり生活はさらに苦しくなると不安を感じています。

男性は「物価が上昇しているので賃金が上がらないと実際には賃金は下がっているということを会社には考えてほしいです。この先の生活には不安を感じていて気持ちに余裕もありません。会社の利益が上がると給料も支払われると思うので新型コロナウイルスの影響など難しさもあると感じますが、従業員1人1人は、目いっぱい働いているので、少しでも先が見えるような春闘になってほしいです『頑張れよ』という気持ちが欲しいかなと思います」と話していました。

「家計簿アプリ」でやりくり 値上がりで負担増に

このところの物価の上昇が家計をじわじわ圧迫し始めていて賃上げへの期待は日増しに高まっています。

都内の福祉施設で働いている宮本莉帆奈さん(30)は、東京・府中市のマンションで夫と4歳と2歳の娘の4人で暮らしています。

共働きの宮本さんの夫婦が日々の家計を管理するために使っているのが「家計簿アプリ」です。

銀行口座やクレジットカード、キャッシュレス決済などの取り引き記録が自動で入力され、スマートフォンで日々の支出がひと目でわかるようになっています。

「家計簿アプリ」を利用することで目に見えて感じているというのが食料品価格の値上がりです。

小麦粉やバターなどの値上がりが目立っていて、スーパーの特売の機会も減ったと感じているといいます。

毎月の食費は7万円から8万円ほど。

食費の負担をなるべく増やさないようにするため、自宅に一番近いスーパーではなく、安売りしているスーパーまで足を運んだり、まとめ買いする機会を増やしたりしているといいます。

さらに家計の負担となっているのが価格の高騰が続いているガソリン代です。

宮本さんは職場への通勤や子どもの保育園などへの送迎で、毎日、車を利用しています。

車は燃費の良い国産のハイブリッド車ですが、これまで1回の給油で4000円以下だったガソリン代はこのところ5000円台後半まで値上がりしていて、毎月の負担が4000円ほど増えているといいます。

4年前に購入した自宅マンションの住宅ローンの支払いは月15万円。

子どもには英語やスイミングスクールの習い事をさせていて、保育費などを合わせると教育費には月12万円以上を充てています。

宮本さんは「家計簿アプリを使って夫婦の支出をお互いが見てむだづかいを減らす工夫はしていますが、このまま物価だけ上がって収入が増えなければ今の生活レベルを維持できなくなってしまいます」と話します。

その上で、賃上げについては「大企業で働く人は賃上げの期待がもてるかもしれませんが、私が勤めている福祉施設のような小さなところではすぐには賃上げは難しいかなと思っています。この物価高がいつまで続くかわからないので、外食代や交際費を減らして、子どもにはしっかりお金をかけられるようにしたいと思っています」と話していました。