北海道の小さなまちで “人が集まる”工場づくり

北海道の小さなまちで “人が集まる”工場づくり
北海道の小さなまち・砂川で創業し、国内外に店舗を構えるまでに成長した化粧品メーカーがある。
現在は東京に本社を置くこのメーカーの会長、今井浩恵(47)さんは現在、創業の地・砂川に、新たな工場の建設を計画している。
「世界中からたくさん人が集まって、いろいろな人が感動体験を持ち帰られる場所にしたい」
目指すのは“人が集まる”工場だ。
新たな挑戦にのぞむ今井さん。その思いに迫った。
(北海道・岩見沢支局記者 竹村知真)

北海道から“世界ブランド”に

今井さんが会長を務める化粧品メーカー「シロ」は、今から33年前、1989年に札幌市と旭川市の中間に位置する砂川市で創業。

当時は、土産物の製造や販売を手がけていた。
旭川出身の今井さん。

室蘭市の短大を卒業後、この会社に就職した。ところがまもなくバブルが崩壊。会社の業績は急速に悪化した。

厳しい経営が続いていた2000年、なんとか立て直してほしいと社長への就任を打診された。

26歳の若さだった。

今井さんがまず取り組んだのは、化粧品の製造だった。社長になる前、今井さんは大手メーカーからの依頼で化粧品の製造に携わったことがあった。

開発から製造までの工程に関わりながら、ひそかに「自分たちでもできるのではないか」という思いを持っていた。今井さんは、まず、他社の化粧品製造を請け負うかたちで取り扱いを増やしていった。

ノウハウが蓄積した2009年、満を持して自社のブランドを立ち上げた。
まだ無名だった当時、札幌市にオープンした1号店は、わずか1坪。

その後、全国の商業施設で期間限定の店を開くなどして徐々に知名度を上げていった。
自然の素材を使ったシンプルな製品が支持され、店舗は全国各地に拡大。

ブランドは、今では国内に27店舗、海外ではロンドンに2店舗の直営店を構えるまでに成長した。

ブランド育ての親 「まちづくり」に

好調を維持しているさなか、今井さんは去年、突如21年にわたって務めた社長を退き、周囲を驚かせた。

その理由は「まちづくり」だという。
今井会長
「自社ブランド『SHIRO』は、本当に多くの人に知ってもらえるブランドになりました。
これをさらに広めるというのは次のフェーズだと思っています。
2足のわらじを私は履けません。
まちづくりに集中したかったので社長職を譲りました」
ブランドの育ての親である今井さんは会長に就任。

そして改めて目を向けたのは、創業の地、砂川で新たな工場を建設し、「まちづくり」に取り組むことだった。

会社の本社は、いまは砂川から東京に移っている。

このため当初は新工場の建設地として、東京の近く、埼玉や千葉、神奈川といった場所が候補に挙がった。

しかし、今井さんは「どれも気乗りがしなかった」という。

そのとき、会社が砂川の小学校跡地を所有していたことに思い至った。
先代の社長が、いずれ工場が手狭になった時のことを考え、購入していたのだ。
今井会長
「砂川で建設すると決めると、自分自身のモチベーションも上がりましたし、何より地域を盛り上げるっていうことが、会社としてそろそろやるべきことなんじゃないかなということに気づきました。
会社では、これまで子どもたちにモノづくりの楽しさを伝えるお祭りを開催していたこともあり、小学校跡地という場所もぴったりだと思いました。
この場所を再び子どもたちの笑顔があふれる場所にしようというのが最初の発想でした」

新工場 まちづくりの中心に

今井さんは新工場を「まちづくり」の核として据え、製品を作るだけの場所ではなく、「人が集う場所」にすることを目指している。

取り組みの名は、「みんなのすながわプロジェクト」。

社員だけではなく、地域の人たちと一緒に魅力的な工場を作り上げるという奇抜な構想だ。

かつての産炭地にほど近い砂川市の人口は、現在1万6000あまり。

近年は毎年およそ300人、減少している。

子どもたちは進学や就職を機に砂川を出て、戻ってこない。

今井さんにはそうした状況を変えたいという思いがある。

新工場の完成予想図には、ショップやレストラン、それに子どもたちが職業体験をできるコーナーが描かれている。
とはいえ、これはあくまで会社の案にすぎない。

地域の人たちからもできるだけ多くの意見を取り入れるため、今井さんたちは定期的にワークショップや座談会を開催している。

これまでに参加した人数は、道内外でのべ200人以上に上るという。

寄せられた意見も踏まえ、現在は、スクリーンを出して映画鑑賞するなど、大人数で集まることができるイベントホールや、工場で働く人たちの様子を見ながらくつろげるテーブルエリアなどを設けることも計画している。

「誰も何も排除したくない」

まちづくりにあたっては、メーカーの社長時代とは大きく異なる発想の転換があったという。
今井会長
「化粧品ブランドは、ある程度の年代というふうにセグメントして決めがちじゃないですか。
なので、赤ちゃんも使えないですし、ご年配向けに製品を作っているわけじゃないので、そこで結構排除していた。
でも、次のビジネスに向けては動物も含めて誰も何も排除しないまちづくりっていうのを自分の中で決めたんですよね」
姿勢を変えたことで新たな発見があったという。
今井会長
「今まで行政とか、一般市民とかいろんな人の意見を全く聞かないで私たちが欲しいものを作りますっていう姿勢でやってきたのを、いったん取っ払ったときに、じゃあ市民の声や行政の声も聞いてみたいな、はたまた障害のある子どもがいるお母さんの声とか、いろんな気持ちに発展していって、変化していきましたね」

工場計画 地域の人も新たなパワーに

新たなまちづくりを目指す今井さんたちが活用しているのが、仕事のスキルや専門知識を生かしたボランティア活動、「プロボノ」だ。

取材に訪れた日には、プロジェクトに参加してくれる人をより多く集めるため、ウェブ制作に詳しい専門家、高間俊輔さんにホームページづくりについて助言を求めていた。
高間さんも今井さんの取り組みのねらいに共感し、協力している。
高間さん
「今、日本全体が少子高齢化で難しい局面になっていく中で、このプロジェクトが1つの成功例になれば、ほかの自治体もまねできると思うので、そのために僕もできることはすべてやっていきたい」
新工場はことし12月に完成を予定している。

あと10年 取り組み続ける

今井さんは、工場の完成はスタートでしかないと考えている。

引き続き地域の人たちにアイデアを募り、人々が集まりたくなるような魅力的な場所を目指す。

そして、それは化粧品メーカーとしてのビジネスにも生きてくるとみている。

取り組む期間は、2年、3年ではない。10年だ。
今井会長
「ブランドづくりも10年やって、形になって結果が出ました。
たぶん、8年目でやめていたら、今のブランドはないと思う。
だから、まちづくりも10年やります。
ブランドづくりは民間企業としてやっていたので特に誰の意見も聞かずにやっていました。
でも今回はたくさんの方の意見を聞きます。
本当に真逆なことをやっています。
自分の人生では知り得なかった、経験できなかったことって、こんなにもたくさんあるんだなっていうことに気づきました。
変化はとても大きくて、今後、逆にブランドづくりにも生きていくと思います。
すべては循環しているんです」
経営者として一線を走り続けてきた今井さん。

愛する地域をどう変えようとしているのか。

そのセカンドキャリアに注目したい。
札幌放送局岩見沢支局記者
竹村 知真
2018年入局
旭川局を経て現所属