WEB特集

“都合のいい女”なんかいない 女性落語家の挑戦

コロナ禍、私のおうち時間を豊かにしてくれたのは「落語」。ストリーミングで落語を聴きながら、料理をするのは至福の時間だ。しかし、一方で、女の人が登場する話を素直に楽しめないことも…。酒飲みで働かない夫を支える妻、見ず知らずの人と結婚することになる娘、妾に嫉妬する妻…、江戸時代の話とは分かっているし、話全体で見れば、笑ったり、ほろりとさせられたりする。

でも、どうしても気になってしまう。
「落語の中の女の人、ちょっと都合よすぎない??」
演じ手として、同じような違和感を抱きながら、古典落語の改作に挑む女性落語家がいる。入門12年目の林家つる子さん(34)。“女性目線の落語”にかける思いを聞いた。
(おはよう日本ディレクター 野澤咲子)

いま注目の若手落語家

真打ちの手前、「二つ目」の落語家 林家つる子さん(34)。去年は、NHK新人落語大賞で決勝に進出するなど、人気・実力ともに、いま最も注目を集める若手の一人だ。

歯切れのいい語り口、変幻自在の表情を見せる高座から下りたつる子さんは、笑顔のチャーミングな今どきの女性。演じ手として、女性の描かれ方をどう感じているのだろうか。
林家つる子さん
「落語に出てくるおかみさん(妻)は、ほとんど亭主を支えているだとか、あまり意見ができないだとか、逆に意見ができない世の中だからこそ強いおかみさんが面白いとか、そういう世界。ジェンダーの観点から見ると、今の風潮には正直合わないなっていう話は、実は結構あります」

男性のための娯楽だった落語

そもそも、落語に登場する女性はほとんどが脇役で、台詞も男性に比べて少ない。しかも、誰かの妻や娘、遊女など、男性がいるからこそ成立する役柄として登場する場合がほとんどだ。
それは、落語の成り立ちと深い関係がある。江戸時代、寄席を訪れるお客さんは一仕事終えた男性たちが中心だった。

自分と身近に感じる人物の話こそ面白く感じるのは、いつの時代も同じ。熊さん、八っつぁんなど、噺の主人公たちが男性なのは、観に来るお客さんのことを考えれば当然のなりゆきなのだ。

私が落語を聴いて、素直に楽しめなかったのは、“見ず知らずの人と結婚することになるのに、相手が武士だからハッピーエンド”になったり、“娘が身売りして作ったお金を、父親が気前よく他人にあげてしまったり”する筋立てに出会った時。

「それで、その女の人は大丈夫だったの?なんとも思わなかったの?」と、ほとんど描かれていない女性側の気持ちに、思いをはせてしまったからだ。

時代が進むにつれ生じる違和感

このような違和感を抱くのは、私だけではないらしい。

つる子さんが女子高校生に落語を披露しに行った時のこと。“落語の中の女性の描き方に納得がいかない”という声が上がったのだ。
高校で落語を披露した時
林家つる子さん
「おかみさんの描き方がきれいすぎるって言っている子も実際いたので。たぶん時代が進むにつれて違和感は絶対出てくると思うんですよね。落語ってその時代に寄り添ってきた演芸だと思うので、守る部分は守って、今だったらこういう感覚だよねと、柔軟に作り変えていってもいいのかなという気はしているんですよね」

落語を“古いもの”にしたくない

落語ファンは今でも男性が多い。

性別に関係なく、落語で笑ってほしいと願うつる子さん。現代の女性が聴いても心から楽しめる落語とはなにか、どうしたら落語ファンを増やせるのか、自分なりの工夫を重ねてきた。
去年10月のある日、都内の喫茶店で開いたのは、女性客限定の「女子会落語」。女性が登場する噺で、ふだん寄席に行かない女性たちにも落語に親しんでもらいたいと企画した。

披露したのは、妾のもとに通う夫に、やきもちを焼く妻が登場する古典落語。
林家つる子さん
「やきもちのお話って古典落語でよくありますね。悋気(りんき)と申しますが。男性のお師匠方がやると、やきもちを焼いてる様もちょっとかわいらしく見えたりするんですけど。ほんとにそうなんですかね。ほんとこんなかわいい感じがするんでしたかね…」
これまで、男性の落語家たちが、控えめに表現してきた女性のやきもち。

しかし、実際の女性の心の動きはもっと激しいものではないか。つる子さんは妻の怒りを大胆に表現し、会場を笑いの渦に巻き込んだ。

聴いていた女性たちからも好意的な感想が聞かれた。
「男性のやっている落語は、女性に夢見すぎ。つる子さんはリアルな女性の姿を映してくれているって感じます」

「つる子さんがきっかけで、落語に引き込まれるようになりました」

人情噺の大ネタを女性目線で

女性目線を意識して、これまで数々の挑戦を続けてきたつる子さん。去年の暮れ、古典落語の中でも、屈指の大ネタ「芝浜」に挑んだ。

「芝浜」の主人公は、酒飲みで働かない魚屋の勝五郎。ある日、芝の浜で大金の入った財布を拾い、「この金で遊んで暮らせる」と、仲間を呼んでどんちゃん騒ぎを繰り広げる。
翌日、目覚めた勝五郎に妻(おかみさん)は、「財布を拾ったのは夢だ」とうそをつく。反省した勝五郎は、酒を断って真面目に働くことを決意。のちに真実を知った勝五郎だが、妻の機転の利いたうそに感謝するという人情噺だ。

おかみさんの“内助の功”が印象的な噺だが、夫にうそをついた妻の思いはほとんど描かれていない。
林家つる子さん
「うそをついた理由には“あなた(夫)のためにやったの”っていうだけじゃなく、自分が苦労をかけられ、つらい思いをしてきたとか、そういう部分も少なからずあったんじゃないか。聴く人が“こんな対応できないよ”だけで終わっちゃったらもったいない噺だと思うので、私が挑戦する改作に関してはできるかぎり多くの共感を得たい」
現代の女性が聴いても心から楽しめる噺にしたい。

おかみさんの側の心情を詳しく描き込むことに決めた。

“芝浜のおかみさん”は、男性の理想像?

芝浜を作り変えるにあたって、つる子さんは師匠の林家正蔵さん(59)に今回の挑戦のことを打ち明けた。
林家正蔵さん
「男性から聴いていていつも思うのは、“この師匠はこういうおかみさんを持ちたいんだな”ということ。私も自然とやってて、“こんな奥さんがいたらいいな”っていうような理想像が出る。どういうおかみさん像にするかだよね」
これまで名人たちが演じてきた、けなげなおかみさんや、かれんなおかみさん、しっかり者のおかみさん…

男性の理想を離れ、つる子さんは、おかみさんをどんな人として描くのか?師匠から問いかけられた。

現代の女性ならどう思うか

現代の女性たちが共感でき、楽しんでもらえる噺にするためにはどうしたらいいか。つる子さんは手がかりを求めて、身近な女性たちに意見を聞いた。

独身のつる子さんが悩んでいたのが、勝五郎とおかみさんをどういう夫婦として描くか、ということ。

飲んだくれで働かない夫に、おかみさんはなぜ愛想をつかさないのか。結婚している落語家の先輩、露の紫さんのもとを尋ねた。
露の紫さん(左)
林家つる子さん
「酒に溺れて仕事もせず、旦那さんそうなったらどうします?」
露の紫さん
「出て行くな(笑)」
もし自分が“芝浜のおかみさん”の立場だったら、とても耐えられない。

「それはそうだけど…」と、紫さんは夫婦間のあるエピソードを語り始めた。
露の紫さん
「ワクチンをね、受けて、病院を出た時に夫がいたやんか。暗がりでね。“どしたん?”言うたら、“たぶんもう終わる時かなと思って”とか言って。あの時が何気ないんやけど、めっちゃうれしかったね。日々のちょっとずつの積み重ね、かな。そうしたらパンツ一丁の姿でも、いとおしくなるんかな」
夫婦には、ほかの人にはわからない、“小さな幸せ”の積み重ねがあるもの。つる子さんは、おかみさんが日常感じていた幸せを描けないかと感じ始めていた。

うそをついたのは誰のため?

次に話を聞いたのは、週に1度、一緒にラジオ番組を担当している29歳のアナウンサー。つる子さんが思い描くおかみさんと同じ年頃の女性だ。

“芝浜のおかみさん”は、どんな思いで「夢だ」なんて、大胆なうそをついたんだろう。
和田菜摘さん
「私はおかみさんの“最後の賭け”だと思ってるんです。好きでも、もうこれ以上一緒にいられないなっていう。これでだめだったら、私もスッパリ別れられるっていう。捉え方変えたら、うそは“自分のため”」
和田さんの話に、つる子さんは「おかみさんは、覚悟を持ってうそをついたのかもしれない」と思い至った。

夫と別れる覚悟をもってうそをつく、凛とした女性―そんな新たなおかみさん像が浮かんでいた。

完成した「芝浜」は…

女性たちの率直な思いを聞きながら、苦労して練り上げたつる子さんの芝浜。これまでの芝浜のおかみさんには名前がない場合も多かったが、つる子さんは“おみつ”という名前を付け、人となりを丁寧に描こうとしていた。

噺の冒頭で描いたのは、夫婦のなれそめ。これまでの芝浜にはなかった場面だ。
おみつ
「うわぁ、この鰺、おいしそうですね」

勝五郎
「えっ、わかります?うれしいな~。この鰺、俺、ことし見た中でもいちばんうまそうな鰺でさ…」
活きのいい魚を選りすぐる目利きの勝五郎の姿に、胸を躍らせるおみつ。つる子さんは表情豊かに演じていく。なれそめを描くことで、夫婦が積み重ねてきた“小さな幸せ”を表現しようとしたのだ。

その後、夫婦になった2人。

しかし、次第に魚屋の仕事がうまくいかなくなり、勝五郎は酒に溺れてしまう。芝の浜で大金の入った財布を拾い、どんちゃん騒ぎを繰り広げる勝五郎に、おみつは「財布を拾ったのは夢だ」とうそをつく。

それから3年後、まじめに働くようになった勝五郎に、おみつは告白を始める。
おみつ
「それね、お前さんが3年前、芝の浜で拾ってきた50両だ」

勝五郎
「おめえ、あれ夢だって…」
真実を知り、いきりたつ勝五郎に、おみつはうそをついた思いを切々と語る。
おみつ
「私は、一生懸命働いて、楽しそうに河岸行ってる勝っつぁんにほれたんだ。…贅沢できなくても、お前さんがうれしそうに河岸行ってさ、お魚みなさん家に届けて、うれしそうに帰ってきて、お疲れ様って言いながら、ここで2人でお酒飲んでさ、余った魚2人で食べて、“余った魚だけどおいしいね”なんて言って、それだけでよかった。だけど、お前さんが河岸行ってくれなくなっちまって。今度は50両拾ってきちまって。“ニ度と河岸なんか行くもんか”って。私、これが夢だったらよかったのにって…」
つる子さんの目から、すっと涙が落ちた。“幸せだったあの頃に、どうにかして戻りたい”と覚悟のうそをついた、強い女性の姿が、そこにはあった。

固唾をのんで見入っていた、100人を超えるお客さんたちからは、「これまで聴いたどの芝浜とも違う、新しい芝浜を観た」と好意的に受け止められていた。

舞台から下りてきたつる子さんは、すっきりとした表情を浮かべていた。
林家つる子さん
「何かいろいろ、込み上げてしまって、抑えられませんでしたね」
そして改めて、決意を口にした。
林家つる子さん
「今回の芝浜に対して相当いろんな意見はあると思います。“わざわざやらなくてもいい”って言う人もいるだろうし、“この変え方どうなんだ”って人もきっといらっしゃると思うんですけど、その中でも一人二人でも響いていただいてたらやった意味はあったんじゃないかなと思うので。落語をこれからも残していくために挑戦を続けていきたいと思います」
今の時代に寄り添った芸で、お客さんを喜ばせたいという強い気持ち。

変化を続けていくつる子さんの落語から目が離せない。

取材を終えて

今回、つる子さんの挑戦に3か月ほど密着させていただきました。

落語界という伝統の世界、その中で女性落語家の割合は1割もいません。

しかもつる子さんは若手で、名作「芝浜」を作り変えるにあたっては、師匠方や落語ファンから必ず厳しい意見もあるはずです。そんな中でも、「一人、二人でも響いていたら」と語る、つる子さんの前向きな姿勢に、同年代の女性として、強く背中を押される思いがしました。

落語の魅力は、文字ではなかなか伝わりません。

コロナ禍、リモートの落語会なども盛んですので、ぜひつる子さんを含め、いろいろな方の噺をご自身で聴いてみてください。
おはよう日本 ディレクター
野澤咲子
2016年入局
熊本局を経て2020年から現所属

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