中国経済が直面する“三重苦” 世界最大のリスクに?

中国経済が直面する“三重苦” 世界最大のリスクに?
「売り上げがまったくない状態が続き、家賃を支払うには貯金を取り崩すしかない」
こう嘆くのは中国・広東省にあるレストランの経営者です。
中国政府は、コロナ対策と経済回復で世界の先頭に立っていると強調しますが、同時に、経済が“三重苦”に直面していることを認めています。
世界経済の最大のリスクになる可能性まで指摘される中国経済。
各地を取材すると、V字回復から一転して減速が続く今の課題が浮き彫りになってきました。(中国取材班)

三重苦その1「需要の収縮」

冒頭のレストランが苦境に陥ったきっかけは、12月、店がある広東省東莞で新型コロナウイルスの感染が発生したことでした。

感染者数は26人でしたが、感染者が出た行政区の約80万人が区の外に出ることを禁じられました。
中には封鎖された地区もあり、周辺の店は開店休業の状態が続いて、外出制限が1月5日に解除されたあとも客足は戻っていません。

理髪店の店員は「町にまったく人がいない。店を改修したばかりなのに、商売にならない」とこぼします。

徹底した感染対策で人の移動が制限され、消費が停滞する。

それが三重苦の1つ目、「需要の収縮」につながっているのです。

“ゼロコロナ”が景気には逆効果

感染を徹底して抑え込もうというゼロコロナ政策で、中国では、コロナ禍からの景気回復がいち早く進んできました。

しかし今、あまりに厳しい対策が景気に逆効果をもたらしています。
内陸部の陝西省・西安では、12月に約200人の感染者が確認された段階で、約1300万人に上る全市民を対象に厳しい外出制限が実施されました。

市民は原則として自宅にとどまるよう求められ、各家庭1人に限り、2日に1回の食料品などの買い出しだけが認められました。

首都・北京では、1月中旬にオミクロン株の感染が確認されると、感染者の14日間の行動履歴が事細かく公表され、同じ店に立ち寄った人は当局に報告することが求められました。

立ち寄り先のショッピングセンターでは、どのエレベーターに乗ったかまで公表されたほどです。

オリンピックも重荷に?

北京では冬のオリンピック・パラリンピックが間近に迫り、何としても大会を成功させたい政府は、感染状況に神経をとがらせています。
中国では旧正月にあたる春節にあわせた連休が1月31日から始まりますが、感染拡大を防ぐため各地の当局は「今生活している場所で年越しを」と呼びかけています。

オリンピックの開催を意識した行動制限ですが、景気の重荷になることが懸念されています。

三重苦その2「供給面の打撃」

こうした需要=消費の停滞に加えて、三重苦の2つ目になっているのが「供給のダメージ」です。

供給=企業の生産を苦しめているのは何なのか。

取材したのは広東省東莞の靴の素材メーカーです。

海外の有名ブランドなどに靴のかかとやつま先に入れる芯などを出荷していますが、原材料価格の高騰が経営を圧迫しています。
さらに、輸出向けの物流が混乱している影響で物流コストも2倍近くに膨らんでいるといいます。
靴の素材メーカー 何社長
「消費の低迷に加えて感染拡大が繰り返し起こる状況で、経営環境は厳しい」

感染していなくても隔離

では、物流網の混乱はなぜ起きているのか。

欧米や日本などとの間での貨物を取り扱う日系の物流会社を取材すると、ここでも、厳しいゼロコロナ政策が要因の1つになっていることがわかりました。

この会社では、空港では海外から配送された貨物を防護服着用の作業員が1つ1つ念入りに消毒しています。
また、消毒される前の貨物を扱う従業員は、勤務にあたる2週間、指定の宿泊施設と現場との間を専用車両で移動する以外、原則外出は認められないということです。

その後1週間は宿泊施設の部屋で隔離となり、さらに1週間、自宅で経過観察をし、そして、再び空港での勤務に戻るという働き方が続いています。

こうした対策によって人手の確保が課題になっているほか、消毒作業などで上海での航空貨物の輸入には1か月あたり日本円で約3000万円の追加コストがかかっているといいます。

さらに、12月にコンテナの取扱量で世界3位の港がある浙江省・寧波で感染が発生した際には、港に出入りするトラックの運転手は陰性証明の提示が必要になるなど、管理が厳しくなり、貨物の運搬に大きな影響が出ました。
港がある都市で感染が広がるたびに対策が厳しくなることが、結果として、世界的なコンテナ不足を背景に高騰している貨物の運賃をさらに押し上げる原因にもなっています。
NX国際物流(中国)廣田 経営戦略本部長
「ゼロコロナで安心安全を確保できるものの、あまりに対策が徹底しているところがあります。サプライチェーン(供給網)は守り抜いていきますが、コストと時間はかかるため、顧客には理解していただきたいです」

三重苦その3「期待の低下」

中国経済を取り巻く“三重苦”。

その3つ目が「先行きへの期待の低下」です。
取材に向かったのは、「家具の都」とも呼ばれる、広東省仏山の家具業者が集積する地区です。

大通りの両側に3キロ以上にわたってずらっと家具業者が並び、販売店の数は3000以上。

店舗面積は合わせて300万平方メートルと、東京ドーム64個分にも及びます。
旧正月直前のこの時期は、本来、1年で最も忙しいといいます。

しかし、客の姿はまばらでした。

店員に聞くと「この1週間何も売れていないよ」といった声も。

「家具の都」を直撃する不動産市況

「家具の都」に影を落としているのが、マンションなどの不動産市況の悪化です。

「恒大グループ」の経営危機に象徴されるように、今、中国の不動産業界は開発や販売が減少しています。
12月までの3か月間に全土で販売された不動産の面積は前年同期比で約16%減少。

それが、家具などの住宅用品や建築資材といった関連産業への打撃になっているのです。

コロナ前と比べて売り上げが3分の1ほどに落ち込んでいるという店の経営者の男性は、「マンションが売れていないのだから家具を買う人もいない。今は以前稼いでためたお金を取り崩して耐えているけれど、それがなくなったら田舎に帰って農業をするしかない」と嘆いていました。

中国の不動産業界は関連産業も含めるとGDPの4分の1ほどを占めるとも試算されるほどすそ野が広い産業です。

その業界の不透明感が企業や人々にのしかかり、先行きへの期待を低下させているのです。

“政治イヤー”で危機感も

こうした現状に中国政府は危機感を募らせています。

それを裏付けるように、中国人民銀行は2か月連続で事実上の政策金利の引き下げに踏み切りました。
背景にあるのは、ことしが中国にとって重要な“政治イヤー”だという点です。

習近平国家主席が3期目以降の続投をにらむ、5年に1度の共産党大会が年後半に予定されているのです。

過去に共産党大会が開かれた年は成長が加速する傾向にあり、専門家の間では、政策によって景気が下支えされるという見方が広がっています。

一方で、そこには苦しさも透けて見えます。

大事な年だからこそコロナ対策で失敗するわけにはいかない、つまりゼロコロナの旗を降ろしにくい状況があるのです。

厳しい感染対策は今後も繰り返され、消費回復の足を引っ張る懸念があります。
また、政府は不動産市況の悪化につながっていた不動産企業への規制をやや緩和させる姿勢を示していますが、バブルを防ぐという目的からすると、大きな方針転換はしにくい事情もあります。

アメリカの調査会社「ユーラシア・グループ」は、ことしの最大のリスクとして、中国のゼロコロナ政策が失敗し、世界経済が混乱する可能性を指摘しています。

中国政府は、ことしの経済運営の方針として「安定最優先」を掲げていますが、難しいかじ取りを迫られていると思います。
中国総局記者
伊賀 亮人
平成18年入局
仙台局 沖縄局
経済部などを経て現所属
上海支局記者
柳原 章人
平成20年入局
鹿児島局 国際部
中国総局などを経て現所属
広州支局記者
高島 浩
平成24年入局
新潟局 国際部
政治部を経て現所属