大相撲初場所 関脇 御嶽海が3回目の優勝 大関昇進が確実に

大相撲初場所は千秋楽の23日、関脇 御嶽海が結びの一番で横綱 照ノ富士を破り、令和元年秋場所以来となる3回目の優勝を果たしました。
日本相撲協会は場所後に大関昇進に向けた臨時の理事会を開催することになり、御嶽海の大関昇進が確実になりました。

初場所は22日の14日目を終えて関脇の御嶽海がただひとり2敗で、横綱 照ノ富士と前頭6枚目の阿炎、それに前頭14枚目の琴ノ若の3人が星の差1つの3敗で追う展開でした。

千秋楽の23日、御嶽海は結びの一番で照ノ富士に寄り切りで勝って、13勝2敗で令和元年の秋場所以来となる3回目の優勝を果たしました。

御嶽海は直近3場所の勝ち星の合計を大関昇進の目安とされる33勝とし、日本相撲協会は大関昇進に向けた臨時の理事会を開催することになりました。
これで御嶽海の大関昇進が確実になりました。

今場所の御嶽海は、序盤から落ち着いて前に出る相撲で白星を重ね、中日8日目にはただひとり勝ち越しを決めるなど、優勝争いを引っ張ってきました。

後半戦では千秋楽までに2つの黒星を喫しましたが、敗れた翌日の相撲も前に出続ける姿勢を貫いて白星を重ねました。

特に13日目、阿炎との2敗どうしの一番では、強烈な突きを受けて体勢を崩す場面もありましたが、休まずに攻めて押し出して大きな白星を勝ち取りました。
そして千秋楽には照ノ富士を破って3回目の優勝を果たしました。
大相撲で関脇の地位で通算3回の優勝を果たしたのは、明治42年に優勝制度が導入されてからは初めてです。また、関脇の優勝は去年春場所に当時、関脇だった照ノ富士が優勝して以来、5場所ぶりになります。

今場所は大関 貴景勝が右足のケガで途中休場し、もう1人の大関 正代も13日目に負け越しが決まるなど二大関がそろって精彩を欠く中、関脇の御嶽海が、持ち味を十分に発揮して優勝しました。
3回目の優勝を果たした御嶽海は、土俵下の優勝インタビューで「賜杯は自分には重たいなと思った。自分の相撲を取る、それだけを思ってやった。一生懸命いくだけだった。特に考えずに、正面からしっかり当たって、動ききれば自分が勝てると思っていた」と心境を話しました。

初場所の15日間については「今場所はすごく長く感じて、精神的に、もつかなと思った。目標であるふた桁白星を2場所連続で取ることを目標にしていたので、ふた桁以上取りたいという思いが強かった。すごく楽しんで、後半のほうがいい相撲を取っていたと思う。皆さんの期待に応えたいというのはあった」と振り返りました。

そのうえで、場所後の大関昇進が確実となったことについて「なかなかそういう経験を出来ることではないので、素直にうれしいです。長かったです。まずは両親に報告したい。来場所は注目して見てください」と話していました。

場所後の大関昇進が確実に

御嶽海について、日本相撲協会は場所後に大関昇進に向けた臨時の理事会を開催することになり、御嶽海の大関昇進が確実になりました。

今場所の御嶽海は持ち前の鋭い立ち合いに加え、相手に攻め込まれてもあわてず対応して有利な体勢に持ち込む相撲で白星を重ねました。
千秋楽は2敗で優勝争いの単独トップで、結びの一番で横綱 照ノ富士を破って、13勝2敗で令和元年秋場所以来3回目の優勝を果たしました。

御嶽海は去年の秋場所で9勝、九州場所で11勝をあげていて直近3場所の勝ち星の合計は、大関昇進の目安とされる33勝となりました。

昇進の議論を預かる日本相撲協会の審判部の要請を受けて八角理事長は、大関昇進に向けた臨時理事会の開催を決め、御嶽海の大関昇進が確実になりました。

新大関が誕生するのはおととしの秋場所後に昇進した正代以来です。また、29歳の御嶽海は、年6場所制が定着した昭和33年以降に初土俵を踏んだ力士では6番目に年長での大関昇進となります。

三役在位が通算28場所での昇進は、魁皇の32場所、武双山と琴光喜の30場所に次いで、4番目に在位が長い昇進です。また、長野県出身の力士の大関は年6場所制が定着した昭和33年以降では初めてです。

それ以前では、江戸時代に無類の強さを発揮し、9割6分2厘とも伝えられる勝率を残している伝説的な大関 雷電以来、およそ200年ぶりとなります。

出羽海部屋からの新大関の誕生は、昭和50年九州場所のあとに昇進し、その後、横綱となった三重ノ海以来です。

<大関昇進の流れ>
大関昇進の議論を預かる日本相撲協会の審判部は、今月26日に東京 両国の国技館で春場所の番付編成会議を行ったうえで、御嶽海の大関昇進を臨時の理事会に諮ります。
理事会の決定をもって大関昇進が正式に決まり、協会が使者を派遣し御嶽海に大関昇進を伝達します。
伝達式では、新大関がどのような言葉で使者にこたえるかその口上が注目されます。

八角理事長「1つ成長した。集中していた」

日本相撲協会の八角理事長は3回目の優勝を果たした御嶽海について「勝った相撲はすべて前に出ていて、いい相撲を見せてくれた。負けてがたがたと崩れることもなく、1つ成長した。集中していた」と評価していました。

また、結びの一番で御嶽海に敗れた横綱 照ノ富士は「動けない中でも、よくやった。頑張ったと思う」とねぎらいました。

優勝争いに絡んだ平幕の阿炎については「いい相撲だった。力をつけているなという感じがする」と話していました。
大関昇進の議論を預かる審判部副部長の高田川親方は優勝した御嶽海について「中に入って出足もいい相撲だった。工夫してまわしも取らせなかった。御嶽海らしい理詰めの相撲ができていた」と評価しました。

そして、審判部が大関昇進に向けた臨時理事会の開催を八角理事長に要請したことについて「きょうの結果に関わらず単独トップになった時点で決めていた」と述べ、御嶽海が、22日に2敗を守って優勝争いの単独トップになったことが要請を決める要因になったと明かしました。

また今場所について「いい相撲が非常に多く、熱の入った相撲も増えて盛り上がった。この状況でもお客さんが来てくれているから、一生懸命に相撲を取れているのだと思う」と総括しました。

“大関候補”が見せた精神面での成長

今場所の御嶽海は長年の課題とされてきた精神面の成長が光り、落ち着いた相撲で白星を重ねました。

御嶽海は、今場所で三役の通算在位が歴代6位となる28場所、関脇で2回の優勝を果たしたことから、その実力は多くの親方から評価され、長らく「大関候補」と呼ばれてきました。

しかし、再三、大関昇進の足がかりをつくるも、これまではすべて振り出しに戻していました。

目立ったのが連敗で、11勝をあげた先場所も12日目、13日目に連敗し、御嶽海は「気合いを入れているつもりでも『よし』というスイッチが入ってなかった。克服法がわかっていれば、苦労せずに上がれると思うが」と黒星を引きずってしまう精神面の課題を述べていました。

課題克服のための試行錯誤が続きましたが、御嶽海は、“大関”という漠然とした目標設定ではなく「まずは二桁勝利」と目の前の一番一番に集中することにしました。

迎えた今場所、引き締まった表情で土俵に臨む御嶽海は持ち前の鋭い立ち合いに加え、相手に攻め込まれても慌てずに有利な体勢に持ち込む相撲が光りました。

しかし、自身初の三役で2場所連続の二桁勝利がかかった10日目、同学年で同期入門のライバル、北勝富士に押し出しで敗れました。このまま負けを引きずってしまうかと心配されましたが、翌11日目、大関 正代との一番では四つに組んだ展開からあわてず、じっくりと前に出て寄り切って白星をあげました。
気持ちを切り替えて、目の前の勝負に集中して臨む精神的な成長を示した一番でした。

師匠の出羽海親方は「もともと相撲勘ははいいが、今場所は落ち着いて相撲が取れている。肩の力が抜けているから足もよく出ている。気持ちの面でも充実している」と弟子の成長を感じてました。

20代最後の1年となる最初の本場所で、最大のチャンスをしっかりとつかみ取った御嶽海。悲願の大関昇進を確実にしました。

しこ名に込めた「地域を勇気づけたい」

御嶽海は、長野県出身の29歳。しこ名は、平成26年に地元で噴火災害のあった「御嶽山」にちなんでつけられ、「地域を勇気づけたい」との思いが込められています。

大学時代は、学生横綱とアマチュア横綱の2冠に輝くなど活躍し、平成27年の春場所、幕下10枚目格付け出しで初土俵を踏みました。その年の九州場所では、初土俵から所要4場所、昭和以降では、2番目のスピードで新入幕を果たしました。

鋭い出足と力強い突き押しが持ち味で幕内でも順調に番付を上げ、平成28年の九州場所には、昭和以降で5番目に並ぶスピードで小結に昇進しました。

「大関候補」の期待を受けて平成30年名古屋場所では関脇で13勝2敗で初優勝を果たし大関昇進への足がかりを作ったものの、翌場所は9勝、続く場所は負け越しと大関昇進は振り出しに戻りました。

その後三役でふた桁勝利をあげられませんでしたが、令和元年秋場所では12勝3敗の成績で並んだ当時、関脇だった貴景勝との優勝決定戦を制し、7場所ぶり2回目の優勝を果たしました。
関脇で2回の優勝は、昭和32年春場所の朝汐以来、62年ぶりでした。

再び大関昇進への足がかりを作りましたが、次の九州場所では、6勝9敗と負け越し、大関昇進はまたも振り出しに戻りました。

貴景勝や正代に大関昇進は先を越されましたが、ふた桁勝利を目標に掲げ、去年の九州場所では11勝4敗の成績を収めました。

三役として通算28場所で迎えた今場所は、自身初となる三役での2場所連続ふた桁となる勝ち星を挙げていました。

御嶽海の地元、上松町では御嶽海の父親らが千秋楽の取組を見守りました。

上松町の公民館では、新型コロナの感染拡大を受けて、パブリックビューイングは中止となりましたが、御嶽海の父親の大道春男さんら関係者が集まり、優勝のかかった大一番を見守りました。

そして御嶽海が、横綱 照ノ富士を寄り切りで破って3回目の優勝を決めると、春男さんたちは拍手して喜んでいました。

また、公民館には、さっそく「祝 優勝 御嶽海」と書かれた懸垂幕が飾られました。

父親の春男さんは「木曽地域はもちろん、長野県中の皆さんから応援してもらって、優勝することが出来た。本当に皆さんの応援のおかげだと感謝しています」と話していました。

また、大関昇進が確実となったことについて「昇進することができれば、心機一転で頑張ってほしい」と激励していました。

御嶽海が小学生時代に所属していた地元のスポーツクラブの小林治美理事長は「今場所は、粘り強く勝負していたので、優勝してくれると思っていた。御嶽海は幼いころからおとなしくて勤勉な性格で、今、花開いて3回目の優勝を果たしたことをうれしく思います」と話していました。

大関昇進の目安は

大相撲の大関昇進について明文化された基準はありませんが「3場所連続で三役を務め、あわせて33勝以上」が目安とされています。

御嶽海はいずれも関脇として、去年の秋場所で9勝、九州場所では11勝をあげました。今場所は11日目に10勝目を挙げ、三役となってからは初めて2場所連続となる二桁勝利としました。

23日、千秋楽の取組で横綱 照ノ富士と対戦して13勝目を挙げ、直近3場所の勝ち星を33勝としていました。

大関昇進の判断は日本相撲協会の審判部に委ねられていて、照ノ富士が去年、大関に復帰した際には3場所で36勝を挙げていました。

一方で、過去にはこの目安を満たさずに昇進した例や、満たしたのに昇進しなかったケースもあります。
おととし3月の春場所後に大関に昇進した朝乃山は目安に1つ足りない32勝でしたが、新三役から3場所続けて二桁勝利を上げたことや四つ相撲の安定感を評価されて昇進を果たしました。

おととし9月の秋場所後に昇進した正代も直近3場所は32勝で、起点となった春場所は8勝止まりでしたが、その前の初場所で優勝争いに加わったほか、秋場所では初優勝も果たし、安定した勝ち星と相撲内容が高く評価されました。

平成23年の九州場所後に大関に昇進した稀勢の里と平成26年の名古屋場所後に昇進した豪栄道も、3場所であわせて32勝と目安には白星がひとつ足りませんでしたが、それまでの安定した成績が評価され昇進となりました。

一方、雅山は大関から陥落したあと、三役で迎えた平成18年の名古屋場所までの3場所で、10勝、14勝、10勝を挙げてあわせて34勝としましたが、大関復帰はなりませんでした。

雅山の昇進を見送った理由について、当時の審判部は「もう1勝ほしかった」と説明するなど昇進の判断はそれぞれの事例で異なっています。