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妻が夫の求めに応じるのは当たり前? 夫婦の間に潜む「性的DV」

「夫は、忙しい朝も、子どもが家にいても、毎日のようにしつこく性行為を求めてきました」

断ると不機嫌になるから、断れない。だから、女性は10年近く、我慢してきたと話します。

ただ、夫のそうした行為がDV=ドメスティック・バイオレンスに当たると知ったのは、夫と離婚する直前だったといいます。

女性が受けていたのは「性的DV」と呼ばれ、日本では、当事者ですらDVだと認識することが難しいとされています。
「性的DV」をめぐる日本の現状を取材しました。
(国際部記者 松田伸子)

しつこく性行為求め続ける夫

「夫との性行為はノルマのように感じていました。求めに応じないと、いつまでもしつこく求めてきました。断るという選択肢はありませんでした」
こう話すのは、東日本に住む女性、ゆりさん(40代、仮名)です。

避妊をせず性行為を求めてくる夫の要求に応じ続けて、5度妊娠し、中絶を選択したこともありました。
ゆりさんの気持ちとは関係なく、毎日のように求められるので、性行為の際にひどい痛みを伴うようになり、婦人科を受診したこともありました。

夫は避妊をしなかったといいますが、ゆりさんも「夫婦だから」避妊をする必要はないのかもしれないと、漠然とした考えがあったといいます。

我慢したほうが早く終わる

夫は、ゆりさんが朝、仕事に行く前にシャワーを浴びていても、風呂場の中に入ってきて性行為を求めてきたそうです。
家の中に子どもがいても、子どもたちを外に遊びに出かけさせて、ゆりさんに迫ってきたといいます。

ゆりさんが「やめてほしい」と訴えると、夫は機嫌が悪くなり、ゆりさんが応じるまで、しつこくいつまでも求めてきたともいいます。

だから、ゆりさんは「我慢したほうが早く終わる」と、その時間をやり過ごそうと考えるようになっていきました。

夫の行為がDV?

ゆりさんは、夫のこうした行為に疑問を持たなかったわけではありません。

ただ、夫婦だから、しかたない。

こんな考えもあったといいます。

また、ひとり親の家庭で育ったゆりさんは、両親がいる家庭で子どもたちを育てたいという思いがありました。なんとか夫と別れず家庭を保とうと、自分自身も働きながら、ほぼ1人で家事と育児を担ってきました。

しかし、夫が浮気を繰り返すなどしたため、5年前、意を決して支援団体に相談。

そして、話をしていくうちに、思いもよらない指摘をされたといいます。

「夫がゆりさんにしている行為は『性的DV』になる」

性行為の求めに応じないと不機嫌になったり、避妊に協力しなかったりする夫の行為は、DV=ドメスティック・バイオレンスの1つ「性的DV」に該当するというのです。
ゆりさん
「夫の行為がDVに当たるとは考えていませんでした。『夫婦はこんなものだろう』と思っていたところもありました。夫婦だからといって、我慢して応じる必要はないんだと、その時気づきました」

「性的DV」とは?

「性的DV」とは、いったいどういうものなのか。

調べてみると、内閣府が、DVの形態について次の3つに分類していました。
・身体的なもの
・精神的なもの
・性的なもの
そして「性的なもの」については、このように説明しています。
「嫌がっているのに性的行為を強要する、中絶を強要する、避妊に協力しないといったもの。夫婦間の性交であっても、刑法第177条の強制性交等罪に当たる場合があります(夫婦だからといって、暴行・脅迫を用いた性交が許されるわけではありません)」
また、具体的な例として次のような行為を挙げています。
・見たくないのにポルノビデオやポルノ雑誌をみせる
・いやがっているのに性行為を強要する
・中絶を強要する
・避妊に協力しない

夫婦の間に潜む「性的DV」

それでは、いったいどれくらいの女性が「性的DV」の被害を受けているのでしょうか。

内閣府が2021年に発表した「男女間における暴力に関する調査」に、その一端が分かるデータがありました。

これまでに結婚したことがある女性1400人に、配偶者から暴力の被害経験の有無について尋ねたところ、次のような結果でした。
・身体的暴行 17.0%
・心理的攻撃 14.6%
・経済的圧迫  8.6%
性的強要   8.6%
ただ、こうした数字以上に「性的DV」の被害を受けている女性が大勢いると指摘する関係者もいます。

DV加害者の更生支援を行っている神奈川県のNPO法人「女性・人権支援センター ステップ」で理事長を務める栗原加代美さんは、次のように話します。
栗原加代美さん
女性・人権支援センター ステップ 栗原加代美理事長
「DVの相談に来るケースのおよそ9割に、何らかの『性的DV』があります。表面化しないのは、夫も妻も『妻は夫の要求に応えるのが当たり前』『夫婦だからしかたない』という考えがあることが多いです」
その上で栗原さんは、DVの被害者と加害者に次のようなことを尋ね、1つの項目でも当てはまれば、「性的DV」を疑い、対策を検討しているといいます。
□相手が寝ている時にセックスを始める
□セックスを無理強いする
□セックスのときに痛めつけたり侮辱したりする
□力や暴力でレイプする
□セックスに応じないと冷たくしたり不機嫌になったりする
□嫌がるのにポルノを見せる
□避妊に協力しない
□セックスに応じないと浮気してやると言う
※「女性・人権支援センター ステップ」の資料より

なぜ、DVだと認識できない?

さらに取材を進めると、「性的DV」が表面化しにくいのは、日本では、夫婦間でも、お互いの合意のない性行為は性暴力に当たるという認識が薄いと、日本の社会的な背景を問題視する専門家もいました。

DV被害者を支援する全国組織「全国女性シェルターネット」で共同代表を務める北仲千里さんは、次のように話します。
北仲千里さん
全国女性シェルターネット 北仲千里 共同代表
「夫婦間に性的暴力が存在することとその深刻さが理解されていないのが現状です」
北仲さんによると、性犯罪に関しては、現在の日本の法律では性行為を犯罪として処罰するためには「暴行や脅迫を用いた」ことなどの証明が必要ですが、夫婦の間などでは「日常的な支配関係」はあっても、明らかな暴行や脅迫はないことが多く、立件できないのが現状だといいます。

また、日本には「DV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律)」に基づいて、裁判所が加害側に被害者に近づかないよう命じる「保護命令」という制度がありますが、対象となるのは、身体的な暴力だけで、性的な暴力や精神的な暴力は含まれないということです。(※2022年1月現在、法改正に向けた議論が進んでいる)

このため「全国女性シェルターネット」は、2021年2月、「性的DV」について声明を出し、「性的DV」の深刻さを認識した上で、DV防止法の「保護命令」の対象にすることや、現在の性犯罪の規定では夫婦間や交際相手との間の「性的DV」が処罰できないとして、法改正を行うか、同意のない性行為全体を処罰の対象とすることなどを求めています。

海外における「性的DV」の状況は

それでは、「性的DV」をめぐる海外の状況はどうなっているのでしょうか。

調べてみると、ヨーロッパなどでは、DVには身体的な暴力だけでなく、性的、精神的な暴力も含まれるという考え方が一般的になっている現状が見えてきました。

このうち、EU加盟国などでつくる欧州評議会は、2011年、女性に対する暴力やDVを防止するための「イスタンブール条約」を採択しています。

条約の中では、DVの定義について、身体的なものだけでなく、性的、心理的、経済的な暴力行為が含まれるとしています。

また、同意のない性行為を性犯罪として処罰の対象とすることを求めていて、夫婦間や交際相手との間にも適用されるように義務づけています。

現在、ドイツやオーストリアなど34の国が条約を批准し、11の国と機関が署名をして、批准に向けて国内法の整備を進めています。(2022年1月現在)

ヨーロッパ以外では、台湾でも、刑法で「配偶者間であっても性犯罪が成立する」と明示しています。

また実際に保護命令が出されたケースは多くはないということですが、「性的DV」を精神的DVに位置づけて保護命令の対象としています。

再び歩み始めたゆりさん

今回取材したゆりさんは、夫と離婚したあと、保育士の資格を取得し、将来的には、自分と同じようにDVの被害を受けている女性や子どもを支えていきたいと考えています。

また、「性的DV」をはじめ、DV被害を相談する時に子どもがいる前で話さなくて済むように、親が相談している間に子どもを預けることのできる託児所も開きたいと話します。
ゆりさん
「私と同じような思いをしている人には、『嫌なことは嫌』と言ってもいいし、夫婦だからといって我慢して、求めに応じる必要はないんだよと、伝えていきたいと思います」

「性的DV」についての社会の理解を

今回の取材の中で、ゆりさん以外にも「性的DV」の被害を受けたという人の話を聞いていて、配偶者や交際相手からの性行為の求めに応じることを「妻や女性としての義務」のように感じている女性が少なくありませんでした。

女性と男性が対等な関係を築くにはどうしたらいいのか。

「性的DV」も暴力のひとつだという認識が社会に浸透し、被害者が声を上げ、声を上げた被害者が守られるようにするには何が必要なのか。

引き続き取材をしていきたいと思います。
国際部記者
松田 伸子
2008年入局
千葉局、奈良局、札幌局、社会部を経て現所属
ジェンダーや気候変動問題を中心に取材

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