営業ノルマ廃止!商工中金は変わったか?

営業ノルマ廃止!商工中金は変わったか?
コロナ禍に苦しむ中小企業の資金繰り支援で存在感を高めた金融機関がある。「商工中金」だ。政府系金融機関で国の政策の実行部隊として位置づけられてきたが、完全民営化も視野に入っている。ただ、この商工中金では、2017年に大規模な不正融資が発覚。天下りの元大物官僚から民間出身の“企業再生のプロ”へ経営トップが交代した。その社長が「解体的な出直し」を宣言してから、およそ4年。営業ノルマを廃止するなどしてきたが、果たして生まれ変わることができたのか?(経済部記者 白石明大)

前代未聞の不祥事

「新型コロナが中国で騒がれはじめたときから、真っ先に各地区で相談窓口を設置して独自の支援を始めてきた。2兆円以上の融資を実行して、資金繰り支援のサポートに十分役立てたと思う」
新型コロナ対応をこう振り返る、商工中金・関根正裕社長。

就任したのは、2018年3月。

当時、商工中金では政府の融資制度「危機対応融資」で2000億円を超える不正が発覚。国内100店舗のうち97の店舗で、400人以上の職員が不正融資に関与していたことがわかり、2度にわたって業務改善命令を受けた。

融資制度の実績が事実上のノルマとなっていたなどと指摘された、政府系金融機関として“前代未聞の不祥事”だった。

これにより、経済産業省元事務次官出身の社長が引責辞任に追い込まれた。

企業再生のプロ“解体的出直し”

関根氏は、1981年に第一勧業銀行に入行し、総会屋への利益供与事件後の行内改革に携わった後、みずほ銀行の広報室長などを務めた。

2005年に、有価証券報告書の虚偽記載問題で揺れた西武鉄道(現西武ホールディングス)に転じ、取締役総合企画本部長や傘下のプリンスホテルの取締役などを務めた。

こうした経歴から“企業再生のプロ”として、商工中金の再建を託された。

社長就任会見で、関根氏は解体的出直しを掲げた。
関根社長
「業務最優先の中で、法令順守が置き去りになっていた。中小企業を支援する国の融資制度を使って低金利で攻勢をかけたのは、民業圧迫だ。商工中金は事業再編など中小企業のニーズに応えながら、地域経済の活性化につなげられる新たなビジネスモデルを目指して、解体的な出直しを図る」

4年間の改革は?

それから、およそ4年。

関根社長は、これまでの改革の成果に手応えを感じていると答えた。
Q 商工中金の改革は進んだのか?
関根社長
「真に中小企業のお客様のお役に立つということで、▽新しいビジネスモデルの確立▽業務・経営の合理化▽ガバナンスの改革、この3本柱に4年間注力してきた。その成果は数字的にも現れてきて、職員の意識も変わってきた。そういう意味では確かな手応えがでてきているという実感がある」
Q 100店舗中97店舗で不正融資。本部や取締役会の機能も含めて組織全体の改革が必要と指摘を受けていたが、どのような改革を?
関根社長
「取締役7人のうち、4人は外部の有識者になってもらった。職員の人事制度を見直し、たとえば営業職員のノルマを完全に廃止した。各営業店の業務計画も本部から店舗に割りふるのではなく、地域の状況をよく知っている現場の職員にも参加してもらい、全員参加型で作るようにした」

因縁の“危機対応融資”は?

コロナ禍で商工中金が役割を果たすよう求められたのが、中小企業の資金繰り支援。

その手段は、くしくもかつて不正の温床となったのと同じ「危機対応融資」だ。
Q 過去に危機対応融資が不正の温床となった。コロナで膨大に融資案件が増えたが、不正につながる芽はないと言い切れるのか?
関根社長
「今回の危機対応融資においては、要件認定をしっかりやった。すべての案件を本部でチェックするということで、制度の要件に当てはまるか、入り口でしっかりと対応した。その前から二度とあのような不正事案を起こさないということで職員の意識改革にも取り組んできた。最終的にモニタリングの結果として、1件もそうした不正事案は起きていない」

完全民営化は?

商工中金は、法律にもとづく特殊会社で、いまは政府が筆頭株主で半分近い株式を持ち、残りは各地の商工組合などが保有しているが、政府が保有株を処分する「完全民営化」の方針が打ち出されている。
2021年度に業務改善計画の最終年度が終わり、今後完全民営化についての議論も活発になっていくとみられる。
関根社長
「政府系だから危機対応融資をやってくれているとの声があるが、政府系だからという理由ではなく、私たちの使命としてやっているので、民営化しても当然継続していく。ものすごく多様化する中小企業のニーズに応えて行くためにも、民営化によって経営の自由度が確保されることに意義がある。銀行は、地域商社を作るとか、人材派遣会社を作るとか、さまざまな形態でニーズに応えていくことができるようになった一方、商工中金法のもとではやれる業務が限られる。そういった制約がなく、お客様のニーズに応えられるような業務態勢を作っていきたい」
一方で、地方銀行をはじめとする地域金融機関からの「民業圧迫」との警戒感は依然として強い。
地方銀行幹部
「取引先のメインバンクになろうと低金利競争を再びしかけてこないか心配だ」
別の地方銀行幹部
「コロナ禍での地銀の経営支援をサポートする姿勢など、地銀と一緒に地元企業の活性化を手伝うという姿勢が継続・強化してくれればありがたい」
コロナ禍のように、商工中金による「危機対応融資」が活用される局面が続いているため、完全民営化は方針こそ示されてはいるが、具体的な時期は決められていない。

今後、コロナの影響から立ち直りが難しい中小企業の過剰債務への対応も課題になってくる。

それだけに、商工中金の行く末は日本の中小企業の経営支援の在り方を占う試金石となる。

参考:数字で見る商工中金の改革

経済部記者
白石 明大
2015年入局
松江局を経て現所属
鉄鋼業界や金融庁の担当を経て
去年11月から日銀・大手銀行などを取材