枯れ葉剤の原料 漏れ出す懸念も 負の遺産をどうする?

枯れ葉剤の原料 漏れ出す懸念も 負の遺産をどうする?
「2,4,5-T」を知っていますか。

猛毒のダイオキシンを含む化学物質で、ベトナム戦争でアメリカ軍が散布して多くの被害を生んだ 枯れ葉剤の原料になりました。

実は、日本各地の森林に今も埋められています。
近年相次ぐ豪雨災害などによって、漏れ出すリスクが懸念され始めています。
(おはよう日本ディレクター 渡邊覚人)

人里離れた国有林の中に猛毒の化学物質が

熊本県中央部にある宇土市の山奥に広がる国有林。

普段はほとんど人が立ち入らない森の中に、フェンスで厳重に囲われた場所があります。
この一角の地下1メートルほどの場所に、「2,4,5-T」がコンクリートに固められた状態で埋められています。

「2,4,5-T」の正式名称は「2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸」。

「最も毒性の強い人工物」とも言われる、猛毒のダイオキシンを含む化学物質で、発がん性や胎児への影響などが指摘されています。

日本の山林になぜ「2,4,5-T」が埋まっているのか。
「2,4,5-T」は、アメリカ軍がベトナム戦争中に使用した枯れ葉剤の原料の一つとして知られています。

製造時に高濃度のダイオキシンが不純物として混入していましたが、当初はその毒性が認識されておらず、アメリカ軍は1961年から10年間使用し続け、散布されたベトナムは多くの被害を受けました。
一方、日本では、まだ人体への影響が確認されていなかった1964年、一般の「除草剤」として農薬登録されます。

そして、1968年からは各地の営林署(林野庁の地方組織)が国有林で散布するようになりました。

当時、営林署はスギやヒノキの植林を活発に行っており、その成育を妨げる雑草の駆除に「2,4,5-T」を使用したのです。

しかし、ベトナムでの被害が確認された1969年ごろから、現場の職員たちは散布に強く反対するようになりました。

今回、九州地方の営林署に勤めていた男性がNHKの取材に応じ、当時の状況を語りました。
九州地方の営林署 元職員
「営林署の上層部からは「2,4,5-T」が害になるという説明はありませんでした。しかし、ベトナムでこの物質が原因とされる障害のある子どもが生まれたりしたため、こんな危険なものは絶対に散布してはいけないと、強く反対しました」
現場の反発を受け、林野庁は1971年4月に使用中止を決定。その後すぐに農薬登録も抹消されます。
問題はすでに作られ、保管されていた「2,4,5-T」の存在でした。

当時の技術では無害化処理をすることができず、地下に埋設して厳重に管理するしか方法がなかったと言います。
九州地方の営林署 元職員
「埋める場所の下流に住む人たちに害を与える可能性もゼロではないと思ったので、本当は埋設しない方がいいという思いはありました。ただ技術的にほかに方法がなく、やむなく後世に残す形になってしまったのです」
林野庁は、検討の末、人の目に触れることがないという理由で国有林の中に適地を選定。

使用中止から半年後に、1か所300キログラムを上限にコンクリートの塊にして埋め込むなどの規定を示し、周辺への流出を防ぐ対策を取った上で管理していくことにしました。

今も全国46か所に埋設されている

こうして、日本の地中に埋められることになった「2,4,5-T」。

今も15道県、46か所に埋められたままの状態が続いており、その総量は薬剤として約26トンにのぼっています。
「2,4,5-T」が埋設されている自治体
北海道:夕張市、遠軽町、音更町、清水町、標茶町、本別町
青森県:中泊町
岩手県:久慈市、野田村、雫石町、岩泉町、宮古市、西和賀町
福島県:会津坂下町
群馬県:東吾妻町、昭和村
愛知県:設楽町
岐阜県:下呂市(2か所)
広島県:庄原市
愛媛県:久万高原町、宇和島市、松野町
高知県:四万十町、いの町、大豊町、土佐清水市
佐賀県:吉野ヶ里町
熊本県:熊本市、宇土市、芦北町
大分県:別府市
宮崎県:日之影町、西都市、宮崎市(2か所)、小林市(2か所)、都城市、串間市
鹿児島県:肝付町、湧水町、伊佐市(2か所)、南九州市、屋久島町

相次ぐ豪雨災害 漏れ出す懸念も

埋設から半世紀経った今、相次ぐ豪雨災害の影響で、「2,4,5-T」が漏れ出すのではないかという不安の声が、地元自治体や住民からあがっています。

およそ180キログラムが埋設されている熊本県芦北町では、2020年7月の記録的な大雨によって、埋設地からおよそ1キロメートルしか離れていない場所が崩落しました。

町の職員は、大雨によって土砂崩れなどが頻発すれば、埋設地も大きな影響を受けるのではないかと考えています。
芦北町 環境対策係 前川明宏さん
「埋設地の近くでこういうことが起きている。土砂崩れなどに巻き込まれれば被害が拡大してしまうのではないか。直接の被害は出ていないけれども、本当に今のままで安全なのか、再確認する時期に来ている」
かつて1980年代には、林野庁の規定と異なるずさんな方法で埋設処理をしていた愛媛県、高知県などで「2,4,5-T」が実際に漏れ出していたことが判明しています。

中には、ダイオキシンの環境基準の100倍を超える土壌汚染が確認された箇所もありました。

国はその後、検討会を開きましたが、「周囲に拡散しておらず住民生活への影響はない」と結論づけ、埋設の継続を決定しています。
「2,4,5-T」の問題を調査してきた明星大学の田中修三教授は、今後、漏れ出すリスクがさらに高まると指摘します。
明星大学理工学部 田中修三教授
「埋設から50年がたちますので、コンクリートの劣化が非常に心配されます。同時に近年の異常気象に伴う豪雨ですね。「2,4,5-T」に含まれるダイオキシンは非常に毒性が高いので、やはりそれは環境への影響、地下水の汚染等への影響も十分考えられるかと思います」

水源の近くにも…危機感強める自治体

「2,4,5-T」の埋設地が水源に近い地域では、今後、生活への影響が出るのではないかと危惧しています。

その一つが福岡県那珂川市です。

地域の水源である五ケ山ダムのおよそ1キロ上流に「2,4,5-T」の埋設地があります。
「2,4,5-T」が漏れ出し、ダムの水が汚染されるのではないか。

この地域では2年前から、ダムの下流で水質検査を定期的に行うようになりました。

今のところ基準値を超えるダイオキシンは検出されていないものの、万が一の事態が起きないよう、那珂川市は国に撤去を求める要望書を提出しています。
那珂川市都市整備部 結城直哉さん
「ここが汚染されるということは、那珂川市の飲料水とか、田んぼの水とか、そういったところの汚染につながる。我々の命に直結するところがありますので、撤去をしていただきたいと思います」

林野庁 新たな対策を検討

こうした声に対して、林野庁は“「2,4,5-T」はコンクリートの塊で埋設されているため、掘り出すには砕く必要があり、中身が飛散するおそれがある”として撤去を見送ってきました。

そして、年に2回 各地で目視による定期点検を行って安全な状態を確認していることから、問題はないとしてきました。
しかし、自治体からの要望が相次ぐなか、去年11月から、掘り出して撤去することを想定した新たな対策に乗り出しています。

現場の土壌を安全に採取して現在の「2,4,5-T」の成分・濃度を分析することや、周囲に飛散させずに掘削処理することなどの技術的な検討を始めることにしています。
林野庁 国有林野部業務課 長崎屋圭太課長
「災害リスクも大きく変わっている中で、周辺住民の方のご心配もよくわかります。周辺に飛散しないように掘削・撤去して最終的に無害化処理をする。そういった技術的な手法について、調査・検討をこれからやっていくと考えています」
日本の地中に埋まる「負の遺産」を今後どうしていくのか。

半世紀前には想定されていなかった災害の実態を踏まえた早急な対策が求められています。
おはよう日本ディレクター
渡邊 覚人
2015年入局
福岡局などを経て
2021年から現所属