WEB特集

“台湾危機” 米中のはざまで 日本は

アジアの海を舞台に、激しいつばぜり合いを繰り広げる、アメリカと中国。
その影響は、日本国内でも、じわじわと広がっている。

そして、万が一、台湾海峡で軍事衝突が起きれば、日本も決して無関係ではいられない。

「その時」への備えは、私たちが知らないところで、少しずつ始まっている。

(NHKスペシャル取材班/社会部記者 西牟田慧 南井遼太郎 沖縄局ディレクター 落合洋介)

忍び寄る“米中対立”の余波

「台湾にいちばん近い日本」、沖縄県与那国島。
日本最西端の島だ。

台湾までの距離はわずか100キロ。東京ー熱海間ほどしか離れていない。

この島の漁協には、水産庁から、ある文書が毎週のように届くという。
漁業安全情報
漁業安全情報というこの文書。軍事演習などによって操業に危険が及ぶ可能性がある海域を事前に漁業者に知らせ、近づかないよう注意を呼びかけるものだ。

演習を行っているのは自衛隊ではない。

台湾軍だ。

去年、演習が行われたのは、1年365日のうち、209日。演習の回数は、過去最多の263回に達した。
漁協組合長 嵩西茂則さん
与那国町漁業協同組合 嵩西茂則 組合長
「漁場がだんだん狭まってきている。緊張感をもって漁をしないといけないし、これまで通りの操業を続けていけなくなるんじゃないかという不安は抱えています。私たちの島は複雑な位置にあり、台湾、中国との関わりというのは、非常に大きな問題なんです」
米中対立の影響が出ているのは、沖縄だけにとどまらない。
これは去年、高知県本山町にある保育園から撮影された映像から切り出したものだ。隣の小学校との間の上空を縫うように、軍用機が低空飛行している。

保育士によれば、去年11月には、わずか40分ほどの間に8機が相次いで上空を通過したこともあったという。

これらはいずれも、アメリカ軍機とみられている。
高知県では、アメリカ軍機による低空飛行の目撃情報がこのところ急増している。去年1年間の目撃件数は、おととしに続いて200件を超えた。

調べてみると、高知県だけでなく、四国や中国地方の各地で、目撃や、基準を超える騒音の観測回数が増えていた。
アメリカ軍岩国基地
これらの軍用機、多くは、山口県にあるアメリカ軍岩国基地の所属機とみられている。アメリカ軍は、海洋進出の動きを強める中国を念頭に、このところ、岩国基地の機能強化を進めている。

日本国内で唯一、アメリカ海兵隊の戦闘機部隊が常駐している岩国基地。中国に「近すぎず、遠すぎない」という地理的な条件もあって、重要視されているとみられ、5年前には、アメリカ国外の基地としては初めて、最新鋭のF35B戦闘機が配備された。
F35B戦闘機
海兵隊は、この戦闘機を強襲揚陸艦に搭載して東シナ海や南シナ海に展開し、警戒・監視を行っている。

岩国基地は、所属する軍用機の数で沖縄の嘉手納基地を抜き、東アジア最大規模となった。ここを拠点に訓練を繰り返す軍用機が、西日本各地で日常的に目撃されるようになっているのだ。

米中対立の影響は、すでに私たちの身近なところにまで及び始めている。

“台湾有事” その時日本は…

台湾をめぐる問題について、日本政府は「対話による平和的な解決を希望する」という立場だ。

その一方で、台湾海峡で軍事衝突が起きたら日本はどう対応すべきか、政府とは異なる立場で、独自に検証しようという動きが始まっている。
去年8月、東京・市ヶ谷のホテルの1室に、安全保障の中枢を担った元政府高官や自衛隊の元最高幹部、そして元防衛大臣など安全保障政策に詳しい政治家ら約30人が集まった。

“台湾有事”に対処することを想定したシミュレーションを行い、いざという時に備えた課題をあぶり出そうというのだ。

参加者は、いわば「疑似政府」の一員として、首相や官房長官、外務大臣や統合幕僚長などの役割を担い、刻々と変わる状況に対して、取るべき対応や政策を判断していく。

武力攻撃に至らない、いわゆる「グレーゾーン事態」から本格的な武力侵攻まで、4つのパターンのシナリオが用意され、別室にいるメンバーが、議論の進捗をモニターしながら、新たな状況を付与していく。

シナリオはいずれも、過去、実際に起きたことをベースにつくられた。
シミュレーションの想定は、こうだ。
・台湾で総統選挙が行われ、独立を主張する総統が誕生

・すると、台湾海峡の沿岸で、中国軍が、多数の兵士や装備を一気に上陸させる「強襲揚陸訓練」を繰り返していることが判明する

・そして、中国内陸部の基地からも、数千台の軍用車両が沿岸部に移動していることが明らかになる
さらに、台湾近海に向けたミサイルの発射実験なども確認。
アメリカと台湾がそろって、有事に備えた防衛態勢を1段階引き上げた、と仮定された。

突きつけられた「事態認定」の難しさ

日本は、どう対応するのか。

「疑似政府」の議論で最大の焦点となったのは、「事態認定」だった。

2016年に施行された安全保障関連法では、状況に応じてどのレベルの「事態」かを認定することになっている。
重要影響事態
放置すれば日本に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態など 日本の平和と安全に重要な影響を与える事態
→補給のほか、捜索救難活動など、米軍への幅広い後方支援が可能
存立危機事態
密接な関係にある外国に対する武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある事態
→日本が直接攻撃を受けていなくても、集団的自衛権を行使して 必要最小限度の武力行使が可能
武力攻撃事態
日本に対する武力攻撃が発生
→必要最小限度の武力行使が可能
事態の段階によって、取れる行動が変わる自衛隊側からは、いち早く、いずれかの事態と認定するよう求める意見が相次いだ。
航空幕僚長役 荒木淳一 元空将
航空幕僚長役
「この状況は、重要影響事態と認定する要件が満たされていると思う。最悪の事態にエスカレートすることを考えると、武力攻撃事態等、あるいは存立危機事態を認定する準備をすべきだ」
海上幕僚長役 渡邊剛次郎 元海将
海上幕僚長役
「アメリカ軍が武力行使を開始した時点で、存立危機事態以上の権限が付与されていないと、アメリカ軍との共同がまったくできないことを認識いただきたい」
一方、ほかにも考えるべきことがあると、指摘する意見も出た。
外務大臣役 石井正文 元外務省国際法局長
外務大臣役
「対話をもって解決するというのが、日本の一貫した立場だ」

経産大臣役
「経済界は(事態認定することに)相当不安を持っている。説得するには、サイバー攻撃への対応や現地邦人の保護などに関しアメリカの協力を約束する必要がある」
こうした中、根本的な課題を指摘する声が、官房長官役から出た。
官房長官役 細野豪志 衆議院議員
官房長官役
「国会で、この議論はほとんどやっていない。台湾有事が存立危機事態だと政府が答弁した記憶はないし、重要影響事態に直結するという議論もほとんどしていない」
台湾で起きうるケースを具体的に想定した、事態認定の明確な基準について、これまで国会などで十分に検討されてこなかったというのだ。

安全保障関連法の制定過程では、集団的自衛権の行使容認をめぐって、国会で激しい議論が交わされた。
しかし、この時、集団的自衛権を行使できる存立危機事態に当たるかどうか、具体的に議論されたのは、主に、中東のホルムズ海峡での機雷掃海や朝鮮半島での有事。

台湾での有事は、大きな論点にはなっていなかった。

事態認定について結論が出ない中、シミュレーションに新たな状況が加えられた。
・台湾海峡、バシー海峡、そして、与那国島との間の海域が軍事的に封鎖

・台湾に対し、武力が行使される

・中国が「日本がアメリカ軍を支援すれば、軍事目標とみなす」と表明
台湾が武力攻撃を受けた、明らかな「台湾有事」だ。

ただ、日本が直接の攻撃を受けたわけではない。

この状況を、どう評価し、どう行動すべきか。

陸上幕僚長役は、「対応が間に合わなくなるおそれがある」と、改めて早く事態認定するよう要求した。
陸上幕僚長役 本松敬史 元陸将
陸上幕僚長役
「陸軍種というのは非常に鈍重で、作戦準備に時間がかかる。状況を見ながら、どんどん先行的に命令をかけていただくことが重要だ」
ただ、何らかの事態と認定し、自衛隊が行動すれば、紛争の当事国と見なされて、かえって日本への攻撃を招くリスクが高まるおそれがある。

さらに、経済や外交への影響、国民への説明責任など、軍事面以外の要素も考慮しなければならない。
事態認定について明確な結論が出ないまま、議論は終わった。
武居智久 元海上幕僚長
シナリオを作成した 武居智久 元海上幕僚長
「自衛隊などの実力組織を動かすことがいかに政府として重い判断なのか、分かっていたことではあるが、改めて認識させられた。実際にこうした事態が起きれば、政府内の議論はもっと激しくなるんだと思う。シミュレーションでもこれだけ難しいということは、実際の事態認定の判断は、もっと難しいんだろう」

“平時”にどう動く 自衛隊の模索

浮き彫りになった、事態認定の判断の難しさ。

“鈍重”とも表現された陸上自衛隊は、事態認定がない「平時」にどれだけ迅速に動けるか、独自の検証作業を始めている。
北海道旭川市の陸上自衛隊「第2師団」。

全国最大規模となる8000人の隊員が所属し、北方の防衛を担う要の部隊のため、「北鎮師団」の異名も持つ。
この第2師団が去年秋に参加したのが、部隊のほぼすべてを九州まで移動させるという演習だ。

移動距離は約2000キロ。

戦車やトラックなどおよそ2000台の車両、そして、弾薬や銃などあらゆる装備を持ち出し、宿舎はほぼ空っぽになった。

隊員の1人は、「こんなことは初めて」と少し戸惑った表情を見せた。

当然と言えば当然だが、「平時」には、自衛隊にも一般の法律が適用される。
トレーラーに搭載する大型車両は、タイヤの空気を抜いて車高を低くして運んだ。

戦車などは、法律の規定で夜間にしか運べないものもあった。
日中は、市民生活への影響が懸念されるためだ。

そして自衛隊は、民間にも協力を求めた。
移動には、一般客も乗り合わせる定期便のフェリーを使い、戦車や大型の重機は民間の貨物船で運んだ。弾薬の一部は、運送業者が運んだという。

今回の演習で協力を得た民間企業は、輸送関連だけで20社以上にのぼる。

武器や弾薬を運んでいた企業からは、「事態がより切迫すれば、なし崩し的に協力の幅が広がり、巻き込まれるのではないか」といった戸惑いの声が聞かれたのも事実だ。

海洋進出を強める中国を念頭に、新たな部隊を配置するなど、南西諸島の防衛体制の強化を図ってきた自衛隊。

次の段階として、実際に部隊を動かす「実動」にかじを切り、実践的な備えを進めている現実が見えてきた。
陸上自衛隊第2師団 冨樫勇一師団長
陸上自衛隊第2師団 冨樫勇一師団長
「ルールに従い、手続きを踏みながら速やかに移動するという現実の中で訓練することで、いろいろな教訓や課題が得ることができる。いま、自衛隊の実効性の向上が、真に求められていると思う」

住民をどう避難させるのか

台湾での軍事衝突を想定したシミュレーションでもう一つ、大きな論点となったのが、「住民をどう避難させるか」という問題だ。

台湾での紛争によって、日本が軍事目標とみなされるリスクを考えれば、できるだけ早く住民を避難させなければならない。

防衛大臣役から、こんな質問が出た。
防衛大臣役 長島昭久 衆議院議員
防衛大臣役
「国民保護と事態認定というのは、どの程度リンクしているものなのか。事態認定がなくても、住民の避難というのは前広に始めていくものだと思っていたが、重要影響事態であれば、国民保護の発動もしやすくなるのか」
統合幕僚長役
「『武力攻撃事態等』で認定、ですね」
日本が直接、武力攻撃を受けたか、攻撃を受けることが予測される事態でなければ、自衛隊は法律に基づく国民保護はできない、という答えだった。

これに対して出されたのが、地震や豪雨など、自然災害への対応を定めた災害対策基本法に基づく避難の呼びかけで対応できるのではないかという意見。

しかし、強い異論が出た。
官房長官役
「国民保護法による避難は戦時を想定した避難であり、災害対策基本法による避難とはベース的にまったく違う。災害対策基本法というエクスキューズはせず、法的にも、有事を想定した避難だと説明できるようにしたほうがいい」
国民保護法による避難には、ほかにも課題がある。

台湾からわずか100キロにある沖縄県の与那国島。
与那国町役場では、総務課の田島政之係長が1人で町民の避難計画作りを担っている。

島で暮らす住民は約1700人。

町が避難の手段として検討しているのが、週に2便の民間フェリーだ。
しかし、1度に乗れるのは約120人。

もしものとき、どう輸送手段を確保し、どのタイミングで避難を呼びかけるべきか。

田島さんは頭を悩ませている。
与那国町 田島政之係長
与那国町総務課 田島政之係長
「1回で全員が避難できればいいんですけど、それは無理なので、優先順位をどうつけるのかが難しい。高齢の人や障害がある人などいろいろな要素があると思うんですが…」
安全保障関連法によって、新たに定められた「存立危機事態」や「重要影響事態」。

しかし、これらの事態と、国民保護法との関係は、十分に整理されていない。

そして、「台湾に一番近い島」では、どうやって住民を避難させればいいのか、その計画づくりも、道半ばだった。

台湾をめぐって、せめぎあう米中。

そのはざまに置かれた日本の、いまの現実だ。

“勝者のいない戦争”を起こさないために

2日間にわたって行われた“台湾有事”のシミュレーションを終え、参加者たちが感想を述べ合った。

「事態認定の難しさを痛感した」
「総理に判断してもらう事項を絞り込んでおかないと、本番では通用しない」

実務的な課題を挙げる声が続く中、外務省の元幹部、石井正文氏が語ったことばが、私たちの頭から離れない。
石井正文氏
元外務省国際法局長 石井正文氏
「シミュレーションをやって思ったのは、『こんなシナリオに入ったら、勝者は誰もいない』ということです。だからこそ、平時から、いかにこういうシナリオに入らないような対応をとるかが大切になる。
抑止を強めながら、同時に、中国に対して『ここまで入ったら大変なことになる』ということを、繰り返し話をする。そうした『平時の抑止』が、やはり一番大事なことではないか」
米中・2つの超大国が覇権争いにしのぎを削る、軍事のリアル。

もし、衝突が現実のものになれば、多くの国を巻き込み、地球規模での甚大な被害につながりかねない。

「勝者は誰もいない」という石井氏のことばは、今回のシミュレーションを通し、衝突そのものを絶対に避けなければならないと痛感したからこそ、出たのだろう。

米中の対立は、いったい日本に、何をもたらすのか。

衝突を避けるために、日本が果たすべき役割とは何なのか。

シミュレーションを現実のものとしないための、不断の努力が求められている。
社会部記者
西牟田 慧
2011年入局
4年前から防衛・安全保障を専門的に取材
社会部記者
南井 遼太郎
2011年入局
おととしから防衛省・自衛隊の取材を担当
沖縄局ディレクター
落合 洋介
2018年入局
初任地の沖縄で
米軍基地や自衛隊の動きを継続取材

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