経団連 “賃上げに前向き” 春闘の基本方針 正式に発表

ことしの春闘に向けて、政府が経済界に対して3%を超える賃上げへの協力を呼びかける中、経営側の指針となる経団連の基本方針が正式に発表され、賃上げに前向きな方針を打ち出すことになりました。

今月末に事実上スタートすることしの春闘に向けて、岸田総理大臣は「新しい資本主義」の実現のため業績がコロナ前の水準に回復した企業は3%を超える賃上げを実現するよう、経済界に協力を求めています。

こうした中で経団連は18日、経営側の指針となる春闘の基本方針を発表しました。

それによりますと、コロナ禍が長期化し業績のばらつきが拡大する中、各社の実情に適した賃金決定を行うことが重要だとしたうえで、社会的な期待なども考慮に入れた検討が望まれるとしています。

収益が拡大している企業の基本給については「基本給を引き上げるベースアップの実施を含めた新しい資本主義の起動にふさわしい賃金引き上げが望まれる」としたほか、収益が回復していない企業も「複数年度にわたる方向性を含めた検討を行うことも考えられる」などとしています。

さらに中小企業の賃金引き上げも重要だとして、大企業は取り引き価格の適正化を進めることで賃上げを後押しするよう呼びかけています。

経団連の去年の春闘の方針では、感染拡大を受けて、ベースアップについては「選択肢だ」という表現にとどまっていましたが、賃上げに前向きな方針を打ち出すことになりました。

経団連副会長 “社会的期待に考慮すべき”

ことしの春闘の方針について経団連で労働政策を担当する大橋徹二副会長は、18日の会見で「前回の春闘の時期はワクチンの接種はまだで、経済全体がどうなるか様子見だった。その後、欧米では経済が動いてきてそれにひっぱられる形で日本企業も輸出が可能になっている。経済の見え方は違っていると思う」と述べました。

そのうえで「経営者の間でも全体として賃金水準を改善しなければいけないという危機感は強い。『持続可能な資本主義』ということを考えたときには、社会性の視座に立つことも大事だ」として、業績が好調な企業は賃上げへの社会的な期待に考慮すべきとの考えを示しました。

経済同友会 櫻田代表幹事 “経営者は踏み込んだ判断も”

経済同友会の櫻田代表幹事は18日の定例会見で「原材料や資源価格の上昇によるインフレは好ましくなく、経営者は単年度ではなく中長期的な視野で賃金について意思決定する姿勢が大事だ。自社の事業がどうなっているか見通したうえで少し強気な、踏み込んだ判断をしてもいいのではないか」と述べ、物価の上昇による経済への影響を和らげるためにも、経営側は賃上げに前向きな姿勢を示すべきと強調しました。

去年は各社一律での賃上げに慎重な方針

経団連はデフレからの脱却を目指す安倍政権が賃金の引き上げを迫り、いわゆる「官製春闘」とも呼ばれた中で、2014年以降7年連続で賃上げに前向きな方針を打ち出してきました。

2018年には「3%の賃上げ」の実現を求める安倍総理大臣の考えに沿う形で、3%の賃上げの検討を企業に呼びかける異例の数値目標を盛り込んだ方針をまとめています。

2014年からおととしまでの7年間は、大企業の月例賃金の引き上げ率は毎年2%を超える水準を維持してきました。

しかし新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、去年の春闘では業績が悪化している企業は事業と雇用の維持を最優先とし、「基本給を引き上げるベースアップの実施は困難だ」と明記するなど、各社一律での賃上げに慎重な方針を示しました。

去年の月例賃金の引き上げ率も1.84%にとどまり、8年ぶりに2%を下回りました。

コロナ禍で大きく落ち込んだ世界経済ですが、ワクチン接種の進展などによって経済活動の正常化が進み、日本の上場企業の業績も輸出や生産の持ち直しに支えられる形で、製造業を中心に回復が見られています。

ただ、需要の急速な増加や物流網の混乱、天候不順などによる原材料やエネルギー価格の上昇で製品やサービス価格を値上げする動きが相次ぎ、感染の再拡大とあわせて景気の回復に向けた懸念材料となっています。

そうした中で去年10月には岸田総理大臣が就任。みずからが掲げる「新しい資本主義」の実現に向けて「成長と分配の好循環」の具体化をはかるため、3%を超える賃上げで経済界に協力を求めました。

従業員1人当たりの労働生産性や実質賃金の伸び率が他の欧米の先進国より低い水準にとどまる中、ことしの春闘に向けて経済界としての賃上げに向けてどのような姿勢を打ち出すか焦点となっていました。

売り上げ減でも賃上げ模索する企業も

新型コロナウイルスの影響で売り上げが落ち込んだ状態が続く中でもなんとかして賃上げをしたいと模索する企業もあります。

東京 品川区にあるおよそ20人の正社員が働く印刷会社ではコンサートやイベントに関連するチケットなどの印刷を行っています。しかし、新型コロナウイルスの影響で仕事が減り、昨年度の売り上げは前の年よりおよそ10%減少し、今年度は2年前よりも15%ほど落ち込む見込みです。

一方で原油価格の高騰でインク代や紙代などのコストがこれまでに5%ほど増えていて今後は10%程度負担が増える見通しで経営は厳しくなっています。

この会社では印刷をする際に試し刷りをする紙を何度も使用してコストを抑えるなどの努力を行ってきました。社員の賃上げを毎年、春に行っていておととしまではすべての社員について基本給を引き上げる「ベースアップ」を実施してきました。しかし去年は売り上げの減少で一部の社員しか賃上げを行うことができませんでした。

ことしに入ってから新型コロナウイルスの感染は急拡大していて売り上げがさらに減ってしまう可能性があると感じています。会社では賃上げに使うことができる原資は限られているため20代と30代の若手社員を中心になんとかして定期昇給と「ベースアップ」を行いたいとしていますが先行きは不透明だといいます。

入社6年目の女性社員は「奨学金の返済や趣味、それに将来への貯蓄などなにかとお金がかかるので賃金を上げてもらえるとうれしいです。仕事へのモチベーションもあがります」と話していました。

印刷会社「文典堂」の池田大社長は「新型コロナウイルスの感染の急拡大で先行きが見通せないところがあるがとくに、若手の社員は奨学金の返済などもあるので生活の安心のためにも何とかして賃金を上げたい」と話していました。

「コロナで止まった賃上げの動きの復活が焦点」専門家

ことしの春闘について、労働分野に詳しい日本総合研究所の山田久主席研究員は「いわゆる『官製春闘』と言われるなかで広がった賃上げの動きは新型コロナでいったん止まった形になったが、再び、その勢いが復活していくかどうかが最大の焦点だ。日本の人口が減少する中で消費を拡大させるには、1人あたりの所得を増やすことが大事で、特に原材料価格が上昇する時には、賃金をできるだけ上げて、消費者が値段が上がっても買える余裕を作ることが回り回って企業にプラスになる。去年と同じように立ち止まっているだけでは、日本経済全体、ひいては企業や個人が貧しくなる。ことしは非常に大事な年だ」と述べました。

また中小企業の賃上げが重要だとしたうえで「中小企業がしっかり利益を確保し、賃上げの原資を生み出す循環を作るためには大手が買いたたきをやめて、中小企業との取り引き価格を適正な価格にすることが大事だ」と述べ、大企業は取引先などにも賃上げの動きが広がるよう配慮する必要があるという認識を示しました。