台湾危機は2027年までに起きるのか?

台湾危機は2027年までに起きるのか?
「台湾を巡る危機が2027年までに顕在化するおそれがある」
こう警告するのは、去年まで現役だったアメリカのインド太平洋軍の前司令官です。この発言がきっかけとなり、いま、中国が軍事力を背景に台湾統一に乗り出す日が近づいているのではないかという懸念が広がっています。

実際に起きてしまったら、アメリカの同盟国、日本にも影響がある台湾有事。危機は本当に近づいているのか?そして、中国は何を考えているのか?取材しました。
(NHKスペシャル取材班/国際部記者・濱本こずえ、沖縄局記者・高田和加子、中国総局記者・渡辺壮太郎)

台湾危機は2027年までに?“デービッドソン・ウィンドー”とは

「中国が野望を加速させるのを懸念する。台湾は野望の一つであり、今後6年以内に脅威が顕在化する」
これは、アメリカ、インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン前司令官(去年4月まで現役。海軍大将として退役)が、去年3月、アメリカの議会上院軍事委員会の公聴会で発した警告です。

中国と対じするインド太平洋軍の現役司令官が、具体的な期限を示して中国による台湾侵攻の可能性を指摘したこの発言は、大きなニュースとなり、台湾有事が近づいているのではないかという懸念が広がりました。

デービッドソン氏の「今後6年以内」という発言をもとにすると、5年後の2027年までということになります。

どのような根拠に基づいて具体的な期限を示したのでしょうか?デービッドソン氏本人に尋ねました。
デービッドソン前インド太平洋軍司令官
「(中国共産党の)人民解放軍は、米情報機関の分析よりも速いペースで兵器を開発している。これに習近平氏の任期をあわせて考えると、この時期が特に重要となる」
なぜ、デービッドソン氏は、中国共産党の習近平国家主席の任期に言及したのでしょうか?習主席は、ことし、党トップとして2期目の任期が終わり、異例の3期目を目指しているとされています。

それが実現すれば、3期目の任期の終わりは2027年になります。
デービッドソン氏は、この時期までに習主席が歴史に残るような「政治的な成果」をあげようとするとみていて、それが中国共産党にとっての悲願である台湾統一だろうというのです。
デービッドソン氏は、習主席が仮に侵攻の意図を持った場合、アメリカ軍のいまの戦力ではそれを抑止できないのではないかという危機感を抱いています。

その危機感が示されているのが、デービッドソン氏がアメリカ議会に提出した米中の戦力の比較などをまとめた資料です。

戦力という点で、台湾海峡を含む東アジアにおけるアメリカ軍の優位性が急速に崩れていると主張しています。
資料には、この20年あまりのアメリカ軍と中国の人民解放軍の戦力バランスの変化がわかりやすくまとめられています。

いまから23年前の1999年にさかのぼると、アメリカ軍はこの地域で1隻の空母のほか、強襲揚陸艦を4隻配備していました。

これに対して、中国にそうした艦艇はありません。

中国の影響力がおよぶ範囲は、沖縄や台湾を結ぶ第1列島線と呼ばれるラインにとどまっていました。
実際に、1996年に起きた「台湾海峡危機」ではその差がものをいいました。
当時、台湾では、独立姿勢を強めていると中国が警戒した李登輝総統が初の民主的な選挙で選ばれる可能性が高まり、中国は台湾海峡のふたつの海域を封鎖して、演習としてミサイルを発射。

軍事力を誇示して、選挙を控える台湾に圧力をかけたのです。
これに対して、アメリカは台湾周辺に2隻の空母を派遣、中国は力で押さえ込まれるかたちとなりました。
それから20年あまりがたった去年、2021年時点では、米中の戦力のバランスは中国側に傾いています。

アメリカの戦力は大きく変わらないのに対して、中国は空母を2隻保有するようになりました。
そのほか、強襲揚陸艦や潜水艦、それに戦闘機の数でもアメリカを上回るまでに増強されています。

それに伴い、中国の影響力は、第1列島線を越え、グアムなどを結ぶ第2列島線と呼ばれるラインにまでに到達。日本もその範囲のなかに入っています。
そして、さらに、いまから3年後の2025年の戦力比の予測では、その影響力は西太平洋全域に広がると指摘しています。

中国が、この戦力の差を背景に、力で台湾統一を押し進めようとしたとき、アメリカはそれを思いとどまらせることができないおそれがある。

それがデービッドソン氏が伝えたかった懸念です。

デービッドソン氏が指摘した2027年までの期間は、いまでは軍事関係者などの間で“デービッドソン・ウインドー”とも呼ばれ、危機までの残された時間、という捉え方をされるようにもなっています。
デービッドソン前司令官
「この地域でのアメリカと同盟国の能力の低下を懸念している。台湾での危機は地域全体の危機にもなる」

台湾で懸念が高まる中国の脅威

では、台湾では中国の侵攻の可能性への懸念は高まっているのでしょうか?台湾で取材すると、中国の軍事的な圧力が強まっている一端が見えてきました。

取材をしたのは、台湾南部にある台南空軍基地。

日本のメディアが取材を認められるのは初めてです。
基地は、台湾の南西空域を管轄していて、スクランブル=緊急発進で戦闘機が飛び立つ回数は、台湾の基地のなかで最も多くなっています。

基地でミサイルの装填作業を撮影している間にも、スクランブルが行われていました。
台湾国防部の発表によれば、台湾が設定している防空識別圏の南西空域に中国軍機が進入したのは、2019年は10機ほどだったのが、2020年には380機ほど、2021年は1000機近くに急増しています。

これについて、中国は、主権と領土を守ることが目的だとしています。

基地では、急増するスクランブルへの対応で業務がこれまでになくひっ迫しています。

そうしたなかで、防衛の最前線に立ちたいと、戦闘機のパイロットへの配置転換を希望する人も出ています。
軍で事務の仕事をしていた女性。

厳しい訓練を続けています。

突然、基地内にとどろく「スクランブル!」のかけ声。

それから5分以内に戦闘機で飛び立たなければなりません。
女性パイロット
「私の目標は台湾海峡の安全を守ることです。(家族は)反対していましたが、今は応援してくれています」
台湾の世論調査でも、中国による武力行使が現実味を帯びてきていると捉える人が増えています。

去年10月に行われた世論調査では、中国による台湾攻撃がありうると考える人は28.1%で、前回(3年前、2019年)の調査からおよそ12ポイント増えました。
蔡英文総統は、軍事的な圧力を強める中国に対し、台湾との立場の違いを平和的に解決するよう強く求めていて、今月1日に発表した新年の談話でも、中国当局に向けて、「情勢判断を誤ってはならず、内部で軍事的冒険主義が広がるのを防ぐべきだ。台湾海峡両岸の立場の違いを解決させる選択肢として軍事は絶対にない」と述べています。

中国は台湾に侵攻するつもりなのか?

それでは、中国の意図はどこにあるのでしょうか?台湾をめぐり、習近平国家主席は、去年10月の演説でこう述べています。
習近平国家主席
「台湾問題は中国の内政であり、外部からのいかなる干渉も許さない。祖国の完全な統一という歴史的な任務は必ず実現しなければならないし、実現できる」
習主席の考えを知るとされるキーマンに取材を試みました。
中国国防大学の劉明福教授。

習主席が掲げる「中華民族の偉大な復興を実現する」というスローガン、「中国の夢」に影響を与えたとされています。
劉教授がおととし記した「強軍の夢」と題する著書は、中国が海軍力を高めることで世界一の軍隊となり、アメリカの覇権を崩すことができると唱えています。

著書を出版したのは、中国共産党の幹部養成機関、中央党校の出版社。

つまり、その内容は、党のお墨付きを得ているともいえます。

「強軍の夢」の中に記されている一文です。
中国が国家の主権を堅く守り 国家の統一をはかり 民族の復興を実現する主戦場は海洋である。「海洋を制する者が世界を制する」
劉教授は、中国がアメリカに軍事力で押さえ込まれた1996年の「台湾海峡危機」を踏まえ、これまで軍備を増強し、それが習主席の時代にさらに加速していると指摘します。
劉明福教授
「中国の国力がアメリカを超え、アメリカが西太平洋から東太平洋に後退するまでそれほど時間はかからないだろう。中国の海洋戦略では、まず自国の海洋権益を守らねばならず、最優先事項は、台湾海峡だ。アメリカが台湾問題に干渉し、軍事的に中国の統一を妨害しているが、習近平の新時代に必ずやりとげなければならない」
その上で、2027年までに中国が台湾に侵攻するのか。

その可能性を問うとー
劉明福教授
「これは最高軍事機密であって、絶えず変化しているものだ。『台湾独立勢力』の変化、アメリカの軍事力の変化、とくに中国の軍事力の発展と進歩に伴うもので、(デービッドソン氏のような)一種の具体的な意見にはまり込んではいけない。日本は、日米同盟である以上、アメリカの行動に協力し、ともに行動する必要があるが、アメリカとともに、中国の海洋権益を犯す動機があるのかどうかは、日本の国民が考えるべきだ」
劉教授は、中国はこれから軍事的にアメリカに「追いつき」「並び立ち」、そして「追い越す」段階を踏んでいくとしています。

それに対してアメリカがみずからの覇権を守ろうと躍起になり中国への攻勢を強めれば、緊張がさらに高まる可能性もあると考えています。

それでも「台湾の統一は必ず実現する」と断言し、どんな状況に陥っても国家の悲願は譲らないという、強い決意と自信をにじませました。

高まる米中の緊張に出口は?

中国による台湾侵攻の可能性が近づいているというアメリカの前司令官の警告。

その警告を入り口に関係者に取材して見えてきたのは、米中の軍事バランスの変化で不安定さが増す台湾海峡のいまです。
台湾有事が2027年までに起きるのかは確信が持てませんでしたが、現実味が増しているのではないかという印象を持ちました。

その疑問を米中関係に生涯をささげてきたある人物にぶつけました。
50年以上前にアメリカと中国の国交樹立に向けキッシンジャー大統領補佐官(当時)とともに訪中した経験もある元外交官のウィンストン・ロード氏です。

ロード氏は、中国の軍事力の増強は、台湾の独立を防ぐことが目的で、侵攻する可能性は低いという見方を示しながらも、先を見通すことは困難だと語りますー。
ウィンストン・ロード 元アメリカ駐中国大使
「中国が今後どうなるかは50年関わってきた私のような者ですら予測するのは難しい。問題は事故や誤算が起きる可能性があることだ。台湾、東シナ海、南シナ海、どこでも起こりうる。そうならないための“ガードレール”が必要だ。今後も厳しい競争は続くだろうが衝突は避けなければならないし、避けられることを願う」
ひとたび起きてしまえばアメリカの同盟国である日本への影響は必至な台湾有事。

ロード氏が語るように、いまほどアメリカと中国の衝突を防ぐ「ガードレール」の存在が必要になっている時はないと感じました。
国際部記者
濱本 こずえ
2009年入局。函館局、大阪局などを経て現所属。
関心分野は、アメリカ、中国、ITテクノロジー。
沖縄放送局記者
高田 和加子
2008年入局。2020年秋まで3年余、台湾で中台関係や日米台関係を取材。
中国総局記者
渡辺 壮太郎
2010年入局。
徳島・沖縄・国際・政治などを経て、2020年8月から現所属。