“推し”こそ我が人生

“推し”こそ我が人生
何かを好きになり、応援する“推し活”。

コロナ禍で仕事や暮らしへの不安や気苦労が絶えない今だからこそ、“推し活”のポジティブシンキングで、あなたも元気をもらってみませんか。

(あさイチ“教えて推しライフ!” 取材班)

数ある推し世界の中でも…

推しの対象は、歌手やスポーツ選手からアニメやマンガ、小説のキャラクター、さらには仏像、戦艦までもはや森羅万象に広がっています。

去年“推し”の世界を描いた宇佐美りんさんの小説『推し、燃ゆ』が芥川賞を受賞。

“推し活”が新語・流行語大賞にノミネートされるなど、社会にも浸透しています。
コロナ禍で“推し活”のあり方を大きく変えられたのが、演劇にミュージカル、歌舞伎や能楽などの“舞台俳優推し”の人々です。

セリフや歌声だけでなく、俳優が全身を使って繰り出すメッセージを同じ空間で受け止めるのが舞台の醍醐味(だいごみ)。
相次ぐ上演の中止や延期で、その楽しみの多くが奪われることになりました。

そこであさイチ取材班が“舞台俳優推し”さんにアンケートを行ったところ、協力してくれた人は1万2000人以上にのぼりました。
コロナでよほどの覚悟がないと劇場に行けなくなりました。
行けたときは、たった一回を全神経を傾け全力で観るようになりました。
あとは円盤化されているものを繰り返し見ています。
 (古川雄大さん推しの「たかこ4157(ヨイコナ)」さん)
(取材班注:円盤化=DVD化)
公式からの供給が無いので コロナ禍で公演中止の間はただひたすら仕事を頑張り、お金を稼いでじっと耐えてました。
 (劇団四季の光田健一さん推しの「ぽし」さん)
アンケートに寄せられた声を見ると、これまで通りの推し活ができずさみしい思いをしている人、オンライン配信や録画などで楽しんでいる人などさまざまでした。

共通しているのは、変わることのない思いの強さ。むしろ「こんな時だからこそ、もっと推しを応援したい!」という人が多いのが印象的でした。

知らなかった魅惑の世界 2.5次元が生きる活力

コロナ禍で観客を劇場に入れての公演は減りましたが、逆に「コロナ禍になってからのほうが多くの舞台を見た」という人も。

舞台俳優の鈴木拡樹さんを熱心に推す泉山三加子さん(59)もその1人です。

泉山さんが愛するのは「2.5次元」と呼ばれるジャンルで、アニメやゲーム、マンガなどを舞台化したものです。

この分野は、コロナ禍でオンライン公演に力を入れました。

劇場に行くよりも価格が手ごろだったこともあり、ふだんよりも多くの舞台を鑑賞できたと言います。
オンラインで応援し続けた泉山さんですが、もともと2.5次元には興味がなかったと言います。
泉山三加子さん
「イケメンばっかりそろえて…、申し訳ないけどそういうイメージだったんですよ。演技とかいまいちじゃないの?歌もいまいちじゃないの?と、見てもいないのに勝手に思い込んでいたんですけど」
ところが舞台を実際に鑑賞して泉山さんの気持ちは、180度転換します。
心を打たれたのは、出演者、スタッフ全員が帯びる「ひたむきさ」だったと言います。
泉山三加子さん
「びっくりしましたね、見て。皆さん本当にすごく作品を理解してやってらっしゃるんで、その全体のパワーみたいなものを最初に感じました。鈴木さんだけよかったというわけでなく、作品全体が、うわっていう感じでした。みんなが一生懸命頑張ってつくってないとそういう雰囲気にならないじゃないですか。1人だけスターがいてもだめだと思うので。それを最初に感じたことが、はまるきっかけになりました」
原作ありきの2.5次元。

アニメにしろ、マンガにしろ、原作のファンにはそれぞれのキャラクターへのイメージや思いがあるはずです。

舞台化にあたり、原作の世界観を損なわず、新たな価値を加えようとする、出演者とスタッフ全員の気持ちがひしひしと伝わってきたと言います。

取材中、泉山さんは鈴木拡樹さんやほかの俳優のことを語るとき、常に「努力されている」「一生懸命やっていらっしゃる」と敬意がこもっていたのが印象的でした。

「2.5次元の人たちは真面目だから、いつ舞台に行っても裏切られることは決してない」

泉山さんは力強く言い切ります。

その信頼感は、“推し活”が泉山さんの人生の危機を救ってくれたことと関係があるのかもしれません。

職場の人間関係からの不調 “推し”のおかげで復活

泉山さんが、鈴木拡樹さん推しになったのは、6年前。

当時28歳だった娘に勧められたことがきっかけでした。

医療関係の仕事についていましたが、人間関係のストレスから体調に異変が生じるまで追い詰められていました。
泉山三加子さん
「自分でいいと思ってやっていることが、否定されたりすることで、できていたことができなくなってしまったんですね。どんどん落ち込むから、よけい悪いループに入ってまた失敗、みたいなことが繰り返されてしまって。人と接する仕事が好きだからずっとやってきたんですけど、もうちょっと人と接するのが怖くなるぐらいまでになってしまって。仕事に行こうとすると鼻血が出るんです。結局、病院に行ったらストレスで。下手したら脳の血管が切れてたよって言われました」
仕事にも人生にも自信をなくした泉山さんを見かねて、娘さんが勧めてくれたのが鈴木さんが主演の舞台でした。
泉山三加子さん
「自分の好きなものってやっぱり幸せになれるし、気持ちが豊かになれるのって、好きなことやっているときじゃないですか。だから、たぶんそれを忘れていたのを『あ、そっか、ここに来ればいいんだ』みたいな感覚を取り戻せたというのが大きかったかもしれないです。引っ張り上げてもらった、みたいな感じですかね」
その後、どんどん推し活の深みにはまっていった泉山さん。

元気をとりもどし、新たな仕事に就くこともできました。

ことし60歳になりますが「自分の稼いだお金で推し活をいつまでも続けたいから、ずっと健康で働き続ける」と力強く話しています。

推しの対象は劇団 39年の推し人生

推しの対象は、特定の俳優とはかぎりません。

あさイチのアンケートで「あなたの推しは?」という質問に「宝塚歌劇団」「スーパーエキセントリックシアター」「劇団俳優座」など、劇団名でこたえてくれた人がたくさんいました。
永井恭子さん(51)は、劇団四季を39年間推し続けています。

建設関係の事務の仕事をしていますが、休日の予定は公演のスケジュールを優先して、数か月先まで決めています。

「キャッツ」は15回、「オペラ座の怪人」は20回以上見ています。

毎回違う席に座って見る角度を変えたり、キャストの違いを味わったりしていると、全く飽きることがないんだそうです。
永井さんにとって推しとは?
永井恭子さん
「力の源ですね。見ることで元気をもらい、頑張ろうという気力をもらい、感動をもらい、わんわん泣き、本当ににいろんな力をもらえていると思います。何か月かに1回は見ないと、禁断症状ですね」
これだけの回数を見てくると、鑑賞法にもワザが生まれてきます。

「推し俳優」ならぬ「推し席」が永井さんにはあります。

たとえば「ライオンキング」を見るときは1階席上手の前方がお気に入り。

このミュージカルにはパーカッションの生演奏が入りますが、この席だとパーカッショニストの熱の入った演奏がより楽しめるといいます。

「オペラ座の怪人」なら1階席中央やや前。
大きなシャンデリアが落ちてくるシーンがありますが、この時、まるで自分が劇中の「オペラ座」にいるような臨場感が味わえると言います。

楽しい時もつらい時も 推しと一緒

永井さんと推しとの出会いは小学生の時。

学校行事としてミュージカルを鑑賞して、その魅力にとりつかれました。

テレビ放送された時は、まだ家にビデオレコーダーがありませんでした。
カセットデッキをテレビの前に置き、音だけを録って、何度も何度も聞いたそうです。

高校では迷わず演劇部に入部。

友だちと一緒に、当時話題になった「キャッツ」も見に行きました。

今のようにスマートフォンもない時代です。
当日、劇場に貼りだされた配役を、ノートに丁寧に書き写しました。
今も大切に保管しているパンフレットやメモの数々は、永井さんの青春の軌跡です。

就職してからも劇場通いは続きました。
何度も何度も劇場に通っていると、最初は軽い役だった若手俳優が、経験を積み、どんどん重要な役柄を担うようになっていく成長ぶりを目の当たりにします。

見続けているからこそ、わがことのように喜ぶがことができました。
永井恭子さん
「キャストさんの頑張りが好きなので。親でも、友達でもないんですけど、とにかく、頑張っているのが認められていく姿を見るのがうれしい。
そうやって、一段ずつ上がって、“この人、この役やることになってるのか”と発見すると、全然、関係者じゃないのにすごくうれしいんです」
人生がもっともつらかったという47歳の時。
劇団の公演を見ても、以前ほど心に響かなくなった時期がありました。

感情に変化が起きたのは、パリの大聖堂の鐘つき塔を舞台にした切なく悲しい愛の物語、「ノートルダムの鐘」を見たとき。

家族のように成長を喜んできた劇団四季のメンバーの熱演が、かつてないほど永井さんの心に響いたと言います。
永井恭子さん
「いわゆる普通のハッピーエンド作品とかを見ても、気持ちが追いつかないくらい落ち込んでいる時期があったんですが、そんなときにちょうど“ノートルダムの鐘”を見て。見るたびに号泣していたんですけど、泣いているうちにだんだん浄化されたというか。ストーリー、結果は分かっていても、応援する気持ちとか、自分も一歩出てみようとか、ほんとに力をもらったので。今までになく作品そのもの、ひとりひとりの役柄そのもの、本当にすべてに引かれました」
コロナ禍で劇団が休演中、永井さんはCDでミュージカルを聞き続けていたそうです。

これからもキャストたちのがんばりを見守っていきたいと話していました。

推しのいる生活のススメ

職場でも家庭でもない、非日常の世界で力いっぱい応援したら、そのエネルギーは自分に還元されるのかもしれません。

不安多き時代だからこそ、心の安全弁として“夢中になれるもの”を持つことの大切さを実感しました。