不要不急ってなんだろう

不要不急ってなんだろう
またか…

オミクロン株の感染急拡大。休業や廃業する店も相次いでいます。
新型コロナの影響で映画館に音楽店、いわば“聖地”というべき場所が姿を消そうとしています。

感染拡大期によく耳にするのが「不要不急」の4文字。
不要不急ってなんだろう。これまでの経緯を振り返りながら考えてみます。

(奈良放送局 及川佑子 ネットワーク報道部 清水阿喜子 杉本宙矢)

“聖地”が消えていく

「行かずにごめんなさい」
「あなたを失って知ったこの胸の痛み…」
「文化の終焉の象徴」

1月11日。こんな言葉がSNSに並びました。
東京・神保町の映画館「岩波ホール」が7月に閉館するという告知を受けてでした。

ミニシアターの先駆けの1つとして知られた名画座、岩波ホール。

1968年に多目的ホールとして開館すると、世界の埋もれた名作映画を発掘して上映する「エキプ・ド・シネマ」の活動を展開。大手の配給会社が扱わない作品を独自に選んで、65の国と地域の271作品を上映してきました。
しかし、新型コロナウイルスの影響で急激に経営環境が変化。運営が困難になったため、今年7月29日に54年の幕を下ろすことを決めたといいます。

ちょうど同じ日。今度は音楽ファンに激震が走りました。

営業終了を告げたのは、ギタリストやドラマーの“聖地”とも言われる「ロックイン新宿」。今年で130周年を迎える老舗音楽専門店の「山野楽器」が運営する大型店舗の1つです。
1997年にオープン。4つの専門フロアが広がり、常時1500本以上のギターやベースをそろえていて、多くの音楽好きから親しまれてきました。

度重なる緊急事態宣言などで人出が減ったこともあり、規模を次第に縮小しながら運営してきました。

しかし感染の流行が長引く中、山野楽器はことし3月13日に閉店することを決めました。今後、移転やリニューアルをする予定はないということです。
山野楽器 広報担当者
「部活動の制限やライブハウスの閉店などが相次ぎ、想像以上に長引く中、ドラムやエレキギターなどの需要は伸び悩んでいました。楽器は個体差が大きいため店頭まで弾きに訪れるお客様も多く愛されていた店舗なので、今回の決断は私たちとしてもつらく残念なものです」

音楽は“ライフライン”

「持ちこたえているものの陰には必死の努力があるのだろう。努力だけではどうしようもない災害がある。愛するものよ、生き延びておくれ」
2つの場所の閉鎖予定を知り、こうつぶやいたのは、シンガーソングライターとして50年にわたって活動してきた佐藤龍一さん(69)。

岩波ホールができた頃に足を運び、新宿ロックインで、ギターの弦やハーモニカをよく購入していたといいます。

佐藤さん自身、コロナ禍で大きく制約を受け、予定していたライブの半分が中止に。ライブハウスの廃業も目の当たりにしました。
佐藤龍一さん
「“不要不急”じゃないものとは“ライフライン“ということだと思います。じゃあ音楽は“ライフライン”じゃないのかと言えば、誰かにとっての生きる意味にかかわっている。少なくとも私にとってはそうですね」

不要不急 その歴史

「不要不急」

コロナ禍になり繰り返し聞いてきたこの言葉。

新型コロナウイルスの関連で政府の呼びかけとして「不要不急」という言葉が、NHKのニュースに最初に登場したのは、2020年1月23日です。
外務省が、中国に滞在したり、滞在を予定している日本人を対象に武漢への不要不急の渡航をやめるように呼びかけたものでした。

その後、感染は日本国内でも広がると、自治体トップが「不要不急」の外出自粛を呼びかけ始めます。

「不要不急」についてSNSへの投稿数を分析した結果がこちらのグラフです。
最も多く広がったのは、東京都の小池知事や大阪府の吉村知事らが不要不急の外出自粛を呼びかけた、3月最終週の週末。

「不要不急」についての投稿は一日4万件を超えました。

初めて緊急事態宣言が出された2020年4月7日。
「不要不急」の定義について国会でも議論されていました。
安倍総理大臣(当時)
「不要不急の意味でありますが、例えば仮にその活動をきょうやめたとしても何とかほかにやり方があるかもしれないというものについては、自粛をして頂きたいということになります」(衆議院・議院運営委員会)

不要不急は個人の判断?

その後、感染者数の推移と重なるように、「不要不急」という言葉が話題になります。

去年の大きな山は8月9日。東京オリンピックの閉会式の翌日でした。
IOCのバッハ会長が銀座を散策していたことについて、「不要不急だ」と批判する投稿が目立ちました。

これについて問われた担当大臣は…
丸川オリンピック・パラリンピック担当大臣(当時)
「まず14日間しっかりと防疫措置の中で過ごして頂いているかということは重要なポイントだと思います。加えて不要不急であるかということは、これもしっかりご本人が判断すべきものであります」(8月10日閣議後記者会見)
「不要不急は個人の判断でいいんだ」

ネットではそういう意見が目立ちました。

不要か必要か 判断は「政策」の場でも

しかし実際は、すべて個人の判断というわけではありません。
感染拡大期でも必要なものと、そうでないもの。
その内容が行政によって線引きされるケースもあります。

例えば、国は、緊急事態宣言下でも事業を継続することが求められる事業者を「基本的対処方針」のなかで言及しています。

医療関係者はもちろん「必要最低限の生活を送るために不可欠なサービスを提供する関係事業者」として、インフラ関係やごみの収集や処分、冠婚葬祭の事業者などが「事業を続けるべきだ」としています。

その一方で、感染のまん延を防ぐために、各都道府県知事は「複数の人が利用する施設などについて使用の制限が行える」と法律で定められています。

コロナ禍で仕事を続けられるかどうか、行政によって線引きさせられるという現実があります。

休業要請の対象も変化

制限される対象も、時間の経過とともに変わっています。

例えば、東京都の場合。
2年前、全国で初めて緊急事態宣言が出された際に実施した対策では様々なところに「休業要請」が出されました。

対象は、百貨店などの大型商業施設(生活必需品売り場以外)や、劇場、大学など・・・。

居酒屋などの飲食店には、午後8時までの営業時間の短縮要請でした。

およそ1年後。
「休業要請」の対象に、お酒を提供する居酒屋などの飲食店が加わっています。

大学や劇場などは対象から外れましたが、その緩和もスムーズだったわけではありません。

都が2週間あまり前に発表した対策では、劇場を「無観客開催の要請」の対象にしていました。しかし「無観客では実質、休業状態だ」などという声があがったこともあり、一定の客を入れることを認め、措置を緩和しました。

「必要か、不要か」

判断する側の行政も手探りのように感じます。

”オミクロン”拡大 再び制限が

今年に入り、オミクロン株の感染急拡大により「まん延防止等重点措置」が適用される自治体が増えています。

しかし、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置そのものへの評価も、自治体によって分かれてきています。

緊急事態宣言などの推移をまとめた動画がこちら。
例えば、私(及川)が現在住んでいる奈良県は、飲食店への制限は、経済への打撃が大きい一方で感染対策としての効果は判然としないとして、一貫して否定的な立場です。

奈良県では2年前に全国47都道府県に出された緊急事態宣言を最後に、国の措置は適用されていません。

自治体ごとに異なる対応を、全国の事業者たちはこの2年間、受け止めてきました。

「なくてもいいと言われるものと」

そんななか、ことし、ある広告が話題となりました。

「なくてもいいと言われるものと、私の心は生きていく」

百貨店の「西武・そごう」が元日に出した企業メッセージです。
「気持ちが満たされる時間が不要不急と呼ばれ、必要最小限の生活に取り組んだ2年間。去年、百貨店が通常営業できたのは数日でしたが、それでもまた一人ひとりが人生を思い切り楽しめる日常がやってくると信じてきました」
コロナ禍の生活が2年におよぶなか、ことしもお客さんを迎えたいという思いをつづっています。

これに対しネットでは…
「生活することに不必要でも、生きる活力に必要なものはたくさんある」
「買い物をすることで微力ながら応援している」
共感の声があがっていました。
西武・そごう担当者
「百貨店がご提供するものは生きていく上では必要不可欠ではないかもしれませんが、お客さまの心や人生を豊かにするものをご提案しているという誇りをもって、私たちらしく一歩ずつ前進しながら追求していきたいという思いをコピーに表しました。コロナ以前と全く同じ日常は戻っては来ないかもしれませんが、自分にとって必要なこと、心を満たすものや、体験を携えて、新たな明るい未来に向かって進んでいこうという前向きなメッセージを込めて」

誰かにとっての「必要急務」かもしれない

いま、オミクロン株の感染急拡大も続いています。

感染対策はもちろん大切で、手洗いや手指消毒をする、マスクを正しく着用する、人混みに行かない、換気を行うなど、リスクを避けることが一番です。

でも自分にとっては「不要不急」なことは、誰かにとっての「必要急務」なことかもしれない。

コロナが収束したあとに、何も残っていないということにならないように、様々な要請を受けている事業者の方への感謝と配慮を忘れずにいたいと思います。