大阪 クリニック放火から1か月 通院患者に症状再発などの影響

大阪 北区のビルに入るクリニックが放火され、25人が犠牲になった事件から17日で1か月です。NHKがクリニックに通っていた患者19人に事件後の生活の状況などについて取材したところ、ショックなどから症状が再発したり、不眠に悩まされたりといった影響が出ていることが分かりました。

先月17日、大阪 北区のビルの4階にある心療内科のクリニックが放火された事件では、少なくとも800人いた患者が治療を受けられなくなり、転院などの対応を余儀なくされました。

事件から1か月となるのを前に、NHKはクリニックに通っていた患者のうち、連絡が取れた19人に事件後の生活の状況などについて取材しました。

その結果、事件のショックや、よりどころを失った不安から、このうち少なくとも12人は症状が再発したり、不眠に悩まされたりといった影響が出ていることが分かりました。

うつ病などで6年前から通院していたという30代の男性は、事件のあと、転院先で再びうつ病の症状が出ていると診断され、1週間にわたって仕事を休まざるをえなくなったといいます。

今も不眠に悩まされているほか、ビルに入ることが怖くなるなど深刻な影響が続いているということです。

また、希望する転院先が見つからないとか、見つかっても新しい医師と相性が合うかどうか分からず、不安を抱えているという人が8人いました。

さらに、事件をきっかけに、精神科や心療内科に通う人に対する偏見が強まったのではないかという不安の声も多く聞かれました。

このうち30代の自営業の男性は、外見では分からない障害などがあり、援助や配慮が必要であることを周囲に知らせる「ヘルプマーク」と呼ばれるものを身に着けていましたが、事件のあとは偏見を恐れて着けられなくなったということです。

こうした状況について「日本うつ病リワーク協会」の理事長で精神科医の五十嵐良雄さんは「影響の度合いなどは患者によってさまざまだが、症状が長期化したり、時間がたってから新たな症状が出たりすることもある。医療機関だけでなく、行政も積極的に関わって支援していくことが必要だ」と指摘しています。

54歳 女性「精神的支柱失い仕事を続けられるか不安」

2年余り前からクリニックに通っていたという54歳の女性は、事件のあと、院長が亡くなったことを知ると頭が真っ白になり、ショックのため翌日、仕事に行けなくなりました。

薬を処方してもらうため、事件の5日後には転院先で診察を受けましたが、院長のことが話に出たとたん悲しさが一気に込み上げ、医師の前で涙が止まらなくなってしまったといいます。

その後も事件の話になると気持ちが落ち込んだり、仕事をしている日中を中心に突然、強い不安に襲われたりするようになり、転院先で処方してもらった症状を抑える薬をのむことが増えたということです。

女性はクリニックが入るビルに何度も献花に訪れ手を合わせていますが、同じような雑居ビルに入ることに恐怖を感じ、体が震えるようになりました。

さらに、日がたつにつれて火災の映像が突然頭に浮かぶことが増え、そのたびにみぞおちを殴られているような感覚に陥るということです。

女性は「精神的な支柱を失ったことで頭痛などにも悩まされ、このまま生きていけるのだろうかと思うこともありました。薬をのむ頻度も増え、あっという間に減ってしまう状況です。仕事は今のところ楽しくできていますが、今後も続けていけるのかどうか不安です」と話していました。

30代 男性「院長はセーフティーネットそのもの 不安大きい」

うつ病などで6年前から現場のクリニックに通っていたという30代の男性は、物流会社で働きながら、休職している人などの職場復帰を支援する「リワークプログラム」に参加し、仕事を長く続けられるよう取り組んでいました。

その後、周囲の理解がより得られやすい職場のほうがいいという院長の提案で、ことしの秋に障害者雇用の枠で公務員試験を受けることになっていたということです。

事件が起きたのは、その準備を始めたやさきのことで、当日も今後の方針について院長と話し合う予定でした。

リワークプログラムへの参加を続けながら受験しようと考えていた男性は、この先どうすればいいのか分からなくなり、事件のショックもあって不眠などに悩まされるようになったといいます。

事件のあと、近くの別のクリニックに転院し薬を処方してもらいましたが、そこで再びうつ病の症状が出ていると診断され、1週間余りにわたって仕事を休まざるをえなくなったということです。

事件から1か月となる今も夜眠れなくなったり、ビルに入ることが怖くなったりと、深刻な影響が続いているとしています。

男性は「院長は、私にとってセーフティーネットそのものでした。また、リワークプログラムに一緒に参加していた仲間も心の支えになっていたので、今後についての不安が大きいです」と話していました。

50代 男性「転院先と関係を築けるか心配」

現場のクリニックに通っていた患者の中には、転院先での治療がなかなか受けられず、不安を募らせる人もいます。

4年前からクリニックに通っていたという50代の男性は、事件のあと気分が大きく落ち込み、夜眠れなかったり、のむ薬の量が増えたりといった影響が続いているといいます。

服用している薬は処方できる医療機関が限られているということで、男性は転院先を探そうとソーシャルワーカーなどに相談しましたが、なかなか見つからなかったということです。

このため、インターネットなどでみずから探した結果、去年の年末になって、職場の近くで服用している薬を処方してもらえるクリニックが見つかりました。

しかし、すでに現場のクリニックからほかの多くの患者を受け入れていたため予約が取れず、14日、ようやく診察を受けることができたということです。

男性は「治療を再開するまでに薬が切れてしまうのではないかと、とても不安でした。何とか間に合いましたが、今後、転院先とうまく関係を築いていけるかどうかも心配です」と話していました。

医師「患者さんの味方になって治療を続けていきたい」

現場のクリニックに通っていた患者を受け入れている大阪市のクリニックの医師が、NHKの取材に応じました。

ほとんどの患者は事件について語ろうとしないということで、医師は今はショックを心の中にしまっている状態で、今後、症状が悪化するおそれもあるとして、慎重に治療に当たりたいと話しています。

大阪 中央区にある心療内科のクリニックでは、事件のあと、20人の患者を受け入れました。

現場のクリニックと同じように「リワークプログラム」を実施しているほか、夜間も診療していることなどから、多くの患者から問い合わせがあったということです。

このクリニックでは、過去にどのような治療や薬の処方を受けてきたかを患者から聞き取ったうえで治療の方針を立てていますが、ほとんどの患者は今回の事件について語ろうとせず、表向きは大きな影響は受けていないように見えるといいます。

しかし、院長の西井重超医師は、今はショックを心の中にしまっている状態で、今後、何かのきっかけで事件のことを思い出した際にうつ病などの症状が悪化したり、PTSD=心的外傷後ストレス障害を発症したりするおそれもあるとしています。

このため、事件のことを無理に聞き出したりはせず、慎重に治療に当たりたいとしています。

西井医師は「ほかの患者さんも含め、今回の事件は大きな衝撃だったと思う。とにかく患者さんの味方になって治療を続けていきたい」と話していました。

日本うつ病リワーク協会「行政も幅広い支援を」

「日本うつ病リワーク協会」の理事長で精神科医の五十嵐良雄さんは、事件の影響による症状の悪化などが今後、長期化するおそれもあると指摘しています。

特に、現場のクリニックが行っていた、休職している人などの職場復帰を支援する「リワークプログラム」は、グループで取り組むため、参加していた患者は仲間を亡くした喪失感からより大きな影響が出るおそれがあるということです。

五十嵐さんは「影響の度合いなどは患者によってさまざまだが、時間がたってから新たな症状が出て、それがどんどん強くなることもある。医療機関だけでなく行政も積極的に関わり、クリニックに蓄積されていた医療情報を有意義に使えるようにするなど、患者の支援を幅広く行っていくことが必要だ」と話していました。

大阪府 大阪市が相談受け付け専用の電話窓口

今回の事件を受けて、大阪府はクリニックに通っていた人を中心に相談を受け付ける専用の電話窓口を開設しています。

府によりますと、クリニックには少なくとも800人の患者が通っていたということで、電話窓口ではケースワーカーなどが悩みや相談に応じ、治療を受けられる医療機関や手続きを紹介したり、心のケアに当たったりしています。

これまでに寄せられた相談は350件以上に上っているということです。

窓口では、今回の事件で不安を感じている人などからも広く相談を受け付けています。

電話番号は06-6697-0877で、受付時間は平日の午前9時30分から午後5時までです。

また、大阪市も平日の同じ時間帯に専用の電話窓口を設けていて、電話番号は06-6922-3474です。