衝撃のソニー・カー 4つのキーワードで斬る

衝撃のソニー・カー 4つのキーワードで斬る
「SONYのEVの市場投入を検討していきます」

ソニーが驚きの発表をしたのは年が明けて間もない1月4日でした。
ウォークマン、犬型ロボットのaibo、プレイステーション、そして最近は「鬼滅の刃」などのエンターテインメント。さまざまな市場で新風を起こしてきたソニー。
高いブランド力を持つ名門企業はどんなクルマつくるのか。10分という限られた時間のトップインタビューから、読み解きます。(経済部記者 嶋井健太)

やっぱり!!のSONY

「EVに関することを何か発表する」ー。

こんな噂や見立てはありました。
1月5日から3日間開催された世界最大のテクノロジーの見本市「CES」。
IT、電機、自動車…世界の名だたる企業が毎年、新事業や新製品を披露し、関係者を驚かせるサプライズは、年明けの産業界にとって恒例行事となっています。

ソニーのプレゼンテーションは開幕の前日。
舞台にSUV=多目的スポーツ車タイプのEVの試作車が滑り込むように登場した直後、吉田憲一郎社長から驚きの発言が飛び出しました。
「この春、新しい会社『Sony Mobility Inc.』を設立し、EVの市場投入を検討していきます」

どこが驚きなのか。

実はソニーの開発したEVは、これが初めてのお披露目ではありません。
2020年、すでに「VISION-S」という名称の試作車を公開しています。
しかし、EV開発の目的は、あくまで『車用のセンサーの技術を高めるため』。
車そのものの販売は予定していないと繰り返し説明していたのです。

さらに去年はオーストリアの公道を疾走するVISION-Sの様子も公開。
このときもセンサーを開発するための走行実験だと説明し、「いよいよ自動車市場に参入では?」と色めきたつメディアを絶妙にかわしていました。

そして今回の発表。
自動車業界などからは「やはりそうだったか」という受け止めも多いようですが、世界でEVの普及が加速するさなかの参入宣言は大きなインパクトとなりました。

吉田社長が明かした4つのキーワード

さて、ソニーが開発するEVはいったいどういう車なのか…。
吉田社長のプレゼンテーションと公開された試作車=「VISION-S」と「VISION-S 02」の車体以外、情報は少なく、多くがベールに包まれたままです。
ただ、吉田社長は発表のあとNHKなどの取材に応じました。
その時間は10分ほど。

限られた時間のインタビューでしたが、気になるキーワードが次々と出てきました。
1.センサーの強みを生かす
2.移動空間をエンターテインメント空間に
3.進化する車
4.パートナーと協業
これらを手がかりにSONY・カーの姿を探ってみたいと思います。

1.自社の強み センサーを車に搭載

真っ先に吉田社長が挙げたのは『センサー』です。
吉田社長
「我々は長年CMOSイメージセンサーという半導体をずっと自社で設計、開発、製造しいるので、その強みは生かしたいですし、そこの領域では広く貢献していきたいと思っています」
スマートフォンに使われる画像センサー=CMOSイメージセンサーを手がけるソニー。世界シェアの半分近くを占め、高い競争力を持っています。

実はスマホだけではなく、車用センサーでもこれまで実績を積み重ねてきました。

例えばトヨタ自動車のカローラ。
危険を探知したら自動でブレーキをかける機能にソニーのセンサーが使われています。
今回、披露された試作車には、センサーが実に40も搭載されています。
1年前の試作車は30あまりでしたので数が増えています。
例えばサイドミラーにあたるモニター部分に搭載された高感度センサーは、暗闇や豪雨の中でも周囲を検知し、運転席の横のディスプレーに映し出します。

ほかにも、数百メートル離れ、目視できないところにある障害物などをセンサーが検知し、危険を知らせるという技術もあるそうです。

セーフティコクーン(安全な繭)
これはソニーがEVの開発で掲げている考え方です。
まるで繭で車を守るようなイメージでセンサーを張り巡らせ、ドライバーに危険を知らせたり、ソフトウエア技術で運転操作をアシストしたりするー。

得意分野を武器にした安全性に注目が集まっています。

2.車内をエンターテインメント空間に変える

ところでみなさんはソニーという会社にどのようなイメージを持っていますか。
ウォークマン、薄型テレビなどの家電、音響機器、カメラ、犬型ロボットのaibo、プレイステーション、人気漫画「鬼滅の刃」を原作としたアニメ映画の企画制作など…。

テレビやパソコンでは中国、韓国勢に追い上げられエレクトロニクス分野では厳しい時期もありましたが、斬新な製品やアイデアは市場に新風を送り込んできました。

そんなソニーがEV開発でグループの力を“総動員”しようとしているところがあります。
吉田社長
「コロナ禍で人々はやっぱりエンターテインメントを求めているということは実感しましたし、もうひとつ言えるかなと思うのは、我々社員も世界中の人にエンターテインメントと届けるということを実感したいと強く思っています。最終的にモビリティー空間をエンターテインメント空間にしていきたい」
そう、車内の空間です。
その一端を垣間見ることができるのが運転席や助手席前にあるディスプレーです。

左端から右端まで整然と並んだディスプレー。
運転席と助手席の間のコンソールと呼ばれる部分、そして後部座席もタブレット端末ほどの大きさのディスプレーが取り付けられています。

発表会では、このディスプレーにソニーが企画制作した映画「スパイダーマン」の映像が映し出されていました。

通信技術、AI技術、ロボット技術を使い、さらにオーディオの技術とアニメ映画などのコンテンツなどを「足し算」「かけ算」すると、いったいどんな空間になるのでしょう。

詳細は明らかになっていませんが、自動車メーカーのつくり方とはひと味違う、ソニーらしさが最も発揮されそうな領域かもしれません。

3.売った後もアップデートで進化

3つ目は車の売り方。
ここにも特徴がありそうです。
吉田社長
「私が思う環境車の前提というのは、ひとつはEV、もうひとつはやはり『進化する車』というのが大事かなと思っています。買い替えるというよりも、進化する車ということが求められるのではないかと思っています。われわれは通信・ネットワーク技術を手がけてきましたが、それが生かせるのではないかと思います」
吉田社長が引き合いに出したのは犬型ロボットの“aibo”です。

アイボは1999年に市販開始。
7年後に生産中止となりますが、2018年に復活しました。
搭載されたAIが利用者の表情などを読み取りながらしぐさなどを学習するほか、ネットワークと常時つながり機能をアップデートしています。

吉田社長はこのアップデートの機能をEVにも応用しようと考えていると言います。

利用者からみれば、車を購入したあとも、これまで紹介したセンサーをつかった安全機能や車内空間に関するサービスがどんどんアップデートされる。
つまり長く使っても、スマホのように機能はどんどん“進化”するという仕組みです。

メーカー側からみれば、アップデートを有料にすれば車を売ったあとも継続して収益を得ることができます。
売って終わりの“売り切りではないのです。
こうした仕組みは“リカーリング型”と呼ばれ、トヨタ自動車もアップデートのサービスを一部の車種で始めました。

クルマ選びは、デザインや燃費などさまざまな要素が決め手になりますが、最近のクルマは運転支援システムに代表されるように機能が高度化し、ソフトウエアが性能のカギを握るようになっています。

自動車メーカーもソフトウエア開発に多くの資源を投入するようになりました。

ソニーのaiboでは去年1年間だけで十数回のアップデート(連動するスマホアプリも含めて)が提供されました。

さて、売ったあとに車をどう進化させようとしているのでしょうか。

4.車作りはパートナー企業と

ソニーのEVを自動車業界はどう見ているのでしょうか。
ちょうど発表があった当日、NHKの取材に応じたのがホンダの三部敏宏社長です。
ホンダ 三部社長
「トータルで見れば自動車産業の活性化につながると考えている。私としては当然、ウエルカムなものとしてとらえている」
また、別のメーカーの関係者は「競争環境はさらに厳しくなるが新たな知見が入ることで自動車業界の活性化につながるため、広い意味では歓迎している」と話していました。
その上で自動車業界の関係者が目を光らせているのは“どこと手を組むのか”です。

「走る、曲がる、止まる」といった車の基本的な制御は、長年、技術を磨き上げてきた自動車メーカーに強みがあります。
自動車は事故を起こすと人命に直結するだけに自動車そのものをつくることについては、どこかと手を組むほうが現実的だと見られています。

吉田社長も今後の事業の進め方については次のように述べています。
SONY 吉田社長
「我々自身は、一貫した自動車メーカーではないので、いろんなパートナーと協業しながらやるということになると思う」
また、あるメーカーの関係者は「すでに水面下で話を進めているメーカーもあるかもしれない。他のメーカーと先に組まれるとちょっとショッキングだ」と話していました。

ソニーと組むのはどこか。

自動車メーカーの探り合いも活発になりそうです。

ソニーグループの集大成

東京・日本橋でラジオを修理・改造する小さな工場として産声を上げたソニー。それから75年あまり。
いま手がけている事業は大きく6つです。

エレクトロニクス、半導体、ゲーム、音楽、映画、金融(保険)

こうしてみると、バラバラに見える事業のいずれもが自動車と関わりを持っていることがわかります。

保険の分野でも、AIで運転の安全性をスコア化し、点数に応じて保険料を還元するサービスを始めるなど、自動車との関りが深まっていて、ソニーにとってグループの総力を結集できる分野が自動車なのかもしれません。

自動運転システムなど次世代の技術が次々と開発され、自動車業界は100年に1度の変革期を迎えていると言われています。アメリカのグーグル、中国のアリババや配車大手のディディ(滴滴)、台湾のホンハイ精密工業など異業種からの参入も相次いでいます。
ソニーはいつ、どの市場で、どのような機能のついた車を、いくらで売り出すのか…。
そしてパートナーにどの会社を選ぶのか。

高いブランド力を持つ名門企業の挑戦、そしてEV業界の変化を今後も追いかけたいと思います。
経済部記者
嶋井 健太
平成24年入局
宮崎局、盛岡局を経て現所属