どうなる?フランス大統領選挙 マクロン大統領再選に強敵現る

どうなる?フランス大統領選挙 マクロン大統領再選に強敵現る
ことし4月にフランスで大統領選挙が行われます。

前回(2017年)「右でも左でもない」と超党派を掲げて旋風を巻き起こしたマクロン大統領。「右派共和党VS左派社会党」という伝統的な構図に大きな変革をもたらしました。

次の選挙でもマクロン氏は立候補が有力視されていますが、「フランス初の女性大統領」を目指す強力なライバルが現れ、予測がつかなくなってきています。

ヨーロッパでは去年、ドイツで16年にわたって首相をつとめ、強力なリーダーシップを発揮してきたメルケル氏が退任。そのドイツとともにEUをけん引するフランスの大統領が誰になるのか、世界が注目しています。

(欧州総局記者・藤井俊宏)

マクロン氏 最大のライバル現る

実は去年(2021年)の夏ごろまで、マクロン大統領の再選は確実という見方が大勢でした。しかし今、情勢は激しく動き出し、結果の予測は難しくなってきています。

その最大の理由は、バレリー・ペクレス氏の存在です。去年12月初め、最大野党の右派、共和党の党員投票で公認候補に決定。

共和党は、相撲好きで知られたシラク元大統領(在任1995年~2007年)やサルコジ元大統領(2007年~2012年)を輩出した伝統的な右派で、フランスでは地方を中心に根強い支持があります。

ペクレス氏は、シラク政権で大統領府のスタッフを務めたほか、サルコジ政権では閣僚を歴任。現在はパリを含む広域の行政単位である「イルドフランス地域圏」のトップで、政治経験も豊富です。

日本への留学経験もあり、2016年に来日した際には日本語でスピーチを行いました。

「みずからの3分の1はイギリスのサッチャー元首相で、3分の2はドイツのメルケル前首相だ」と表現するとともに、フランスで女性初の大統領を目指すと訴え、急速に支持を伸ばしているのです。
世論調査をみると、マクロン氏が25%前後で首位を維持しています。

前回、決選投票まで進んだ極右政党のルペン氏が長く2位を維持してきましたが、去年10月ごろ、極右の論客、ゼムール氏が注目を集め、ルペン氏に迫りました。

そこに割って入ったのがペクレス氏です。共和党の公認決定をきっかけに一気に2位に浮上。

決選投票でマクロン氏と争うことを想定した場合でも、ほぼきっ抗するという結果が、さまざまな世論調査で明らかになってきています。

ペクレス氏が勝つ可能性は?

専門家の中にはペクレス氏が勝利する可能性を指摘する見方もあります。その理由は右傾化です。
政治学者でパリ政治学院のドミニク・レニエ教授によりますと、これまでの大統領選挙では、1回目の投票で極右を含む右派が全体の60%ほどの票を獲得していて、もともとフランスでは右派の支持者が全体の過半数を占めているということです。

そして、今の傾向は、極右の支持者が増え、右派の中で多数派を占めるようになっているというのです。前回、ルペン氏が決選投票に進んだことや、今の世論調査でも極右のルペン氏とゼムール氏の2人が上位に食い込んでいることがこれを象徴しています。

ところが、極右の大統領の誕生には国内で強い拒否感があり、たとえ決選投票に進んでも極右の候補者が勝つのは難しいとみられています。前回の選挙でも決選投票では、ルペン氏が大差でマクロン氏に敗れました。
そこで注目されるのがペクレス氏。国政を担った共和党の候補であり、幅広い支持が望めます。今の勢いをより確かなものにし、決選投票に進めば、極右も含めて支持をまとめられる可能性があると、レニエ教授は指摘します。

実際に世論調査では、マクロン氏とペクレス氏の決選となった場合、5年前の選挙でルペン氏に投票した人の66%が、ペクレス氏に投票するという結果も出ています。

レニエ教授は、ペクレス氏が右派の中でも右寄りの層や、極右の支持者を取り込むことができるかが、今後のカギになるとみています。

フランス大統領選挙の仕組みは?

・2回投票制。
・1回目で過半数の票を獲得する候補者がいなければ上位2人の間で決選投票。

ただ、今の制度になった1965年以降、1回目の投票で決着したことはありません。

マクロン大統領 激動の1期目

史上最年少の39歳で大統領に就任したマクロン氏。内政では、テロ対策や気候変動対策の強化など、さまざまな制度改革を意欲的に進めました。

しかし、痛みを伴う改革は国民の強い反発を受けることもあり、多くの困難にも直面しました。

最大の危機 黄色いベスト運動

2018年11月、SNSの呼びかけに応じて全国で始まったデモは、参加者が作業用のベストを着用したことから「黄色いベスト運動」と呼ばれ、全国で数十万人が参加しました。

発端は燃料価格の高騰に加えて、政権が気候変動対策として予定していた、燃料税の引き上げ。日常生活で車が欠かせない地方の人々は、これ以上は家計がもたないと、不満を爆発させました。

パリでは、高級ブティックが立ち並ぶシャンゼリゼ通りで治安部隊とデモ隊の小競り合いが毎週のように起き、参加者の一部が暴徒化して車や店舗に火をつけるなど混乱が拡大。ホテルでは宿泊客のキャンセルが相次ぎ、経済的にも大きな影響が出ました。
就任直後に64%あったマクロン氏の支持率は23%まで低下しました。

政権は燃料税の引き上げを断念するとともにデモの最大の要因だった、地方の不満に耳を傾けるとして、マクロン氏本人や政権幹部が各地に出向き、人々と対話を重ねました。

こうした取り組みの結果、支持率は9か月ぶり(2019年5月)に30%台を回復しました。

改革には強い反発も

その後、少しずつ支持率は上昇しますが、同じ年の12月、再び危機が訪れます。今度は財政再建のために進めていた年金制度の改革に対する反発です。

受給額が減る可能性があるとして、国鉄など公共交通機関の労働組合が大規模なストライキに突入。列車や地下鉄、バスの運行本数が極端に減り、通勤通学に大きな影響が出たほか、混乱を嫌って、観光客も減少しました。

上昇傾向にあった支持率は再び下落しました。

新型コロナ対策で指導力を発揮

中国に続き、新型コロナウイルスの感染が急拡大したヨーロッパ。マクロン大統領は強い指導力を発揮します。
厳しい外出制限とともに、食料品や薬品を販売する店をのぞき、飲食店などの営業を禁止。在宅勤務が原則となり、企業活動は大幅に制限されました。

一方で、休業を余儀なくされる飲食店や商店の従業員の賃金を政府が補償するといった対策を矢継ぎ早に打ち出しました。

個人の権利を大幅に制限する一方で、雇用を守り、経済の再生につなげようという対策が奏功し、支持率は再び上昇。43%にまで回復しました。
その後、支持率は40%前後で推移し、直近の去年12月は41%です。

以前の大統領の同じ時期を見てみると、右派のサルコジ元大統領(2007年~2012年)は34%、左派のオランド前大統領(2012年~2017年)は19%でした。2人に比べると、マクロン大統領の支持率は上回っています。

「EUを強く」

マクロン大統領は「EUを強くすることがフランスを強くする」と考えています。このためアメリカに追随するのではなく、中国とも独自の関係を築くなど、国際社会で確固たる存在感を示すことができるEUを追求してきました。
ことしは1月から半年間、フランスがEUの議長国を務めます。マクロン氏は移民問題や、加盟国の防衛においても、EUとして迅速な対応をとるための仕組み作りに向けた議論を進めたい考えです。

また、南太平洋に領土があるフランスはヨーロッパではいち早くインド太平洋戦略を打ち出していて、マクロン氏は、この地域でのEUのプレゼンスも高めたいねらいです。ヨーロッパのリーダーとしてのみずからの指導力をアピールすることで選挙戦につなげたい思惑もかいま見えます。

フランス大統領の権限とは?

・国家元首。
・閣議の議長。
・首相や閣僚の任命や罷免。
・議会の解散権。
・非常事態の宣言。
・軍の統帥。

・1期5年、2期まで。

※青、白、赤からなる、フランス国旗の色を微妙に変える権限も!ジスカールデスタン元大統領(1974年~1981年)が明るくした青の色をマクロン氏が元の濃い色に戻しました。

そのほかの主な候補者

極右政党「国民連合」
マリーヌ・ルペン氏(53)1968年8月5日生
かつて、シラク大統領と決選投票まで争った父親から極右政党を引き継ぎました。本人も前々回2012年、前回2017年と立候補し、前回は決選投票に進んで、マクロン大統領と争いました。

かつては「反移民」「反イスラム」をたかだかと掲げていましたが、前回、決選投票でマクロン大統領に大きく負けたことを教訓に、過激な言動を控え、「脱悪魔化」とも言われる穏健化路線を進めて、支持の拡大を図っています。
極右
エリック・ゼムール氏(63) 1958年8月31日生
フランスの有力紙フィガロの元記者で、テレビコメンテーターとしても高い知名度がある極右の論客です。

「中東やアフリカからの多くの移民のせいで、フランスの伝統や文化が脅かされ、治安も悪化している。このままだと移民によってフランス人が隅に追いやられる」などと「反移民」「反イスラム」を強く打ち出しています。

ルペン氏がソフト路線に転換したことで、その支持者が流れているとみられ、去年の秋ごろから急速に支持を広げました。
急進左派
ジャンリュック・メランション氏(70)1951年8月19日生
1986年、当時としては最も若くして上院議員となりました。社会党の内閣で閣僚経験もあり、その後、社会党を離れて、急進左派の政党を立ち上げました。大統領選挙への立候補は前々回、前回に続いて3回目となります。

「労働者の権利を守る急進左派の重鎮」として根強い人気があります。前回は若い世代を中心に急速に支持を広げ、最終盤には上位をうかがう勢いで注目を集めました。
環境
ヤニク・ジャド氏(54)1967年7月27日生
ヨーロッパエコロジー・緑の党のヨーロッパ議会の議員で、前回も公認候補となりましたが最終的に社会党の候補の支持に回り、立候補を取り下げました。

緑の党は、気候変動に対する市民の関心の高まりとともにヨーロッパ各国で勢力を伸ばしていて、フランスでも存在感を増しています。
左派「社会党」
アンヌ・イダルゴ氏(62)1959年6月19日生
ミッテラン元大統領やオランド前大統領を輩出した、左派社会党の公認候補です。2014年に首都パリの市長に、女性として初めて当選しました。

大気汚染対策として、自動車の削減を目指し、車線を減らして自転車専用レーンを整備するなど、環境政策を強力に進めてきました。

重要な争点は「移民」

極右の論客、ゼムール氏が反移民を強く訴えて支持を伸ばし、メディアの注目を集めたこともあって、移民問題は重要なテーマになっています。

ヨーロッパでは、シリアの内戦などを背景に、大勢の移民や難民が押し寄せ、「難民危機」とも言われる事態になりました。
さらに同じ時期にパリで130人が犠牲になる同時テロが起きるなど、難民に紛れて入国した過激派組織IS=イスラミックステートのメンバーによるテロが相次いだことは、フランス国民の間で生々しい記憶として残っています。

移民や難民の流入をどうコントロールするのか。受け入れの停止や、受け入れ基準の厳格化など、強化する方向で論戦が進みそうですが、原則として移動が自由なEU各国との調整が欠かせない難しいテーマです。

このほか、新型コロナ対策や、燃料価格の高騰などで家計が厳しいなか、市民の購買力をどう向上させるか、さらに気候変動対策など、争点となるテーマは数多くあります。

その時々の社会状況で、一つのテーマが大きく注目され、それを追い風に上位に躍り出る候補が出てくることも考えられ、4月の投票まで目が離せない状況が続きそうです。

フランス大統領になるには?

・フランス国籍で18歳以上。
・議会議員や市町村長など500人以上の推薦など。
ヨーロッパ総局記者
藤井 俊宏
1997年入局
カイロ支局、水戸放送局などを経て
2018年から現職