WEB特集

470グラムの新たな命 ちゃんと息しているかな…

体の大きさは手のひらと同じくらい。

470グラムで生まれてきた、華名(はな)ちゃん。

出産予定日より大幅に早く生まれました。

実は、今、国内で生まれる赤ちゃんの10人に1人は、2500グラム未満の「低出生体重児(ていしゅっしょうたいじゅうじ)」です。

母子ともに危険な状態に陥りながらの出産となることもある中で授かった大切な命。

でも、その「低出生体重児」を支えるための社会の仕組みはまだまだ整っていません。

中には、本来は育児を支えるはずの「母子手帳」が悩みの原因となって、「自分の子どもを国に否定されたような気持ちになる」と話す人もいます。

多くの親が孤独や不安を感じながら、育児に向き合っています。

(大阪拠点放送局 記者 北森ひかり)

妊娠22週まで持ちこたえなければ

大阪・岸和田市の澁谷珠名さん(31)。

おととし8月、次女の華名ちゃんを出産しました。

澁谷さんは妊娠20週だった8月3日、大量に出血し、緊急入院しました。

さらに状態が悪化したため、専門的な治療ができる大阪母子医療センターに転院。

輸血を繰り返し受けました。

現在の国の基準では22週未満の場合、母親の子宮外で生きるのが難しいとされています。

病院からはこれまでの実績をもとに「22週5日を越えないと救命措置はできない」と伝えられていました。

このとき考えたことはただひとつ。

“あと2週間、あと2週間、持ちこたえなければ”

さらに、22週5日以降間もない時期の早産となった場合、救命措置を希望するかどうかの選択も迫られました。

澁谷さんは夫とともに“生かして欲しい”と迷わず伝えました。

そして迎えた22週6日。

大量の出血とともに、強い腹痛を感じました。

母子ともに危険な状態とわかり、緊急の帝王切開になりました。
出産直後の澁谷さんと華名ちゃん
麻酔から目が覚めると人工呼吸器をつけた小さな華名ちゃんが隣にいました。
澁谷さん
「『おめでとうございます』って、周りから先生とか看護師さんたちが言ってくれたけど、その姿を見るとおめでとうって言えるのかって。肌も張り裂けそうで、でき上がってない状態。体も手のひらサイズ。全然おめでとうじゃないっていうのが正直な気持ちでした」

ちゃんと息しているかな?

入院中の華名ちゃん
澁谷さんが退院してからも、華名ちゃんだけは入院が続きます。

コロナ禍の影響で、面会は1日1時間に制限されました。

今の自分にできることは、母乳を病院に届けることだけ。

そばに華名ちゃんがいない状態で、3時間おきにタイマーをセットし、搾乳を続けました。

“看護師さんたちのほうが、母親らしいことを華名ちゃんにしてくれている”

自分を責める日々でした。

半年の入院を経た去年3月。

華名ちゃんは生後6か月で退院しました。
退院して初めて自宅に帰った日の家族写真
退院後も不安な日々が続きました。

低出生体重児は母親のおなかの中で十分に成長する前に生まれてくるため、医療的なケアが必要なケースがあります。

華名ちゃんも肺の機能が十分ではないため、退院後も自宅で酸素の投与が必要です。

育児の不安はつきません。

“ちゃんと息しているかな?”心配で夜中に華名ちゃんの手を何度も握りました。

悩ませたのは「母子手帳」

さらに、澁谷さんは予想していなかったことに悩まされていました。

それは育児には欠かせない母子手帳について。

長女のときに比べて記入できることがほとんどないのです。

たとえば、生後3か月から4か月の赤ちゃんができるようになったことを記録するページ。

「首がすわったか?」
「あやすとよく笑うか?」

出来るようになったことを尋ねる質問に、書けることがほとんどありません。

開くことすらいやになるときもありました。
国の様式をもとに作成された母子手帳
正式名称は「母子健康手帳」。

母子保健法で定められ、妊娠してから出産前後の健康状態や子どもの予防接種の記録などを残すものです。

国が定めた様式をもとに各自治体の判断で必要な情報を追加することができ、全国の自治体が交付しています。

小さく生まれた赤ちゃんは、妊娠40週前後で生まれてくる子に比べて、発育や発達が遅れる子が少なくありません。

身長・体重は手帳にある発育の目安から離れていきます。

月齢ごとにできるようになることも限られます。

「母子手帳を見るのがつらい」

母子手帳について悩みを抱えるのは澁谷さんだけではありません。

去年6月、澁谷さんが立ち上げた小さく生まれた赤ちゃんを育てる親たちのサークル。

オンラインで月に2度ほど、お話会を実施して悩みを共有しあっていますが、去年11月のお話会でテーマになったのは「母子手帳」でした。
「キラリベビーサークル」オンラインお話会の様子
お話し会ではこんな声が相次ぎました。
「これはできますか?できませんか?みたいな質問ばかり。どんどんかい離が大きくなっていく」
「見るのがつらい。母子手帳にコンプレックスを感じる」
まさに当事者にしかわからない悩みでした。

母子手帳は育児に欠かせないツールで、健康情報を一括して管理できる優れた面もあります。

ところが、医療の進歩で多様な子どもが生まれるこの時代に、一部の親たちを悩ませる原因にもなっているのです。

小さく生まれた赤ちゃん用に独自のハンドブックも

こうした悩みに配慮しようと独自に取り組みはじめた自治体があります。

静岡県では4年前、小さく生まれた赤ちゃん用の「リトルベビーハンドブック」を全国で初めて作成しました。

母子手帳と併用して使います。

通常の母子手帳では月齢ごとにできるようになったことを記載することがほとんどですが、このハンドブックではつかまり立ちやハイハイなど項目ごとに、できるようになった日付を記入する仕組みになっています。

このほか、同じように低出生体重児を育てる親たちからのメッセージや活動しているサークルの情報なども掲載されています。

7つの言語に翻訳され、静岡県のホームページからダウンロードできます。
しずおかリトルベビーハンドブック
澁谷さん親子もこのリトルベビーハンドブックを利用しています。

1歳3か月になった華名ちゃんは、寝返りや座ることができるようになりました。

自分のペースで着実に成長しています。

孤立させない 寄り添う支援を

厚生労働省によりますと、低出生体重児の育児を支えるハンドブックを導入している自治体は、現在、全国で6県5市。

全国にハンドブックを広げる活動を行っている国際母子手帳委員会は全国の自治体に対して導入を呼びかけるとともに、当事者への支援の強化を求めています。
国際母子手帳委員会 板東あけみ事務局長
「リトルベビーハンドブックは単なる育児の記録ではありません。孤立して思い悩む親のメンタルケアの役割を果たすものです。親たちは『小さく生んでしまった』と自責の念を抱えています。その後の発達についてもまた自分を責めてしまいがちです。ハンドブックの導入の過程で親たちの悩みに寄り添い、ほかの支援内容もあわせて検討していくことも重要です」
低出生体重児への理解はまだまだ不足していると言います。

板東事務局長のもとにはこんな悩みも寄せられています。
“入院中の子どものための搾乳がうまくいかないことを医療関係者に相談すると「赤ちゃんに直接飲んでもらえたら解決するのに」と言われた。それができないから苦労しているのに“

”子どもの将来に起こりうる病気などについての説明を病院で受けたが、とても冷たく機械的なものだった。もう少し温かみのある言い方をしてほしい”
国際母子手帳委員会 板東あけみ事務局長
「母子手帳に限らず、低出生体重児への理解不足をめぐる問題は多くあります。自治体や医療関係者は、出産前後の入院中からその後の育児まで切れ目ない支援をしていくことが重要です」
ハンドブックを導入した自治体のひとつ、岐阜県では、専門の医療機関に入院する母親のもとに、希望があれば、先輩ママが保健師とともに訪問する支援を始めました。

ハンドブックを作成する中で、当事者たちの意見を聞いて孤立させないためにスタートさせた取り組みだということです。

小さく生まれ、ゆっくりでもそれぞれのペースで成長する子どもたち。

思い悩む親子に寄り添い、孤立させない。

全国どこにいても支援が受けられる体制づくりが求められています。
大阪拠点放送局 記者
北森ひかり
平成27年入局
医療取材や大阪府警の事件取材を担当

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