「旅立つときはこれを着ていきます。だから――」
高齢の夫婦は、華やかなドレスで着飾った1枚の写真を撮った。
少しずつ記憶を失っていく夫と、隣でそれを見続けてきた妻。
いつ、どんな形でその時が来たとしても。
妻は満面の笑顔で、こんな願いを伝えた。
「私のこと、ちゃんと覚えていてくださいね」
(取材:宮崎放送局 小林亨輔 編集:ネットワーク報道部 國仲真一郎)
News Up
ラストドレス 人生最後の衣装
ようやく迎えた2人での日々は
願いの主は木津眞紀子さん、69歳。
10歳年上の夫・忠義さん(79)、それにトイプードルのコロちゃんと暮らしている。2人は再婚どうし、23年前に知人の紹介で出会ったことがきっかけだった。
眞紀子さんは看護師として昼夜問わず働き、忠義さんは日本全国を飛び回るサラリーマン。結婚式も挙げられず、着飾って写真を撮る機会もなかった。2人で一緒の時間を過ごすことも、なかなか叶わなかった。
10歳年上の夫・忠義さん(79)、それにトイプードルのコロちゃんと暮らしている。2人は再婚どうし、23年前に知人の紹介で出会ったことがきっかけだった。
眞紀子さんは看護師として昼夜問わず働き、忠義さんは日本全国を飛び回るサラリーマン。結婚式も挙げられず、着飾って写真を撮る機会もなかった。2人で一緒の時間を過ごすことも、なかなか叶わなかった。
19年前、忠義さんが無事に定年を迎えたのに合わせて、眞紀子さんも仕事の量を減らした。これでやっと、2人でゆっくり過ごす時間ができると思っていた。
ところが…
ところが…
眞紀子さん
「バッグがない、ない」って家から電話をかけてくるんです。でも私が家に帰ると、「おかえり」って言う夫のすぐそばにそのバッグがあるんです。財布がない、カギがない…一日に何回も、同じような電話がかかってきたこともありました
「バッグがない、ない」って家から電話をかけてくるんです。でも私が家に帰ると、「おかえり」って言う夫のすぐそばにそのバッグがあるんです。財布がない、カギがない…一日に何回も、同じような電話がかかってきたこともありました
認知症の症状だった。
診断結果は「アルツハイマー型認知症」。食事や排せつなどは1人でこなせるが、入浴やトイレなどで介護が必要で「要介護1」と認定された。
それからの眞紀子さんは仕事の合間を縫って自宅に戻り、忠義さんの面倒をみる日々が続いた。朝と夕方には一緒に散歩をするようになった。忠義さんの体調がいい日には好物の宮崎県産ワイン片手に食事をすることもあった。
診断結果は「アルツハイマー型認知症」。食事や排せつなどは1人でこなせるが、入浴やトイレなどで介護が必要で「要介護1」と認定された。
それからの眞紀子さんは仕事の合間を縫って自宅に戻り、忠義さんの面倒をみる日々が続いた。朝と夕方には一緒に散歩をするようになった。忠義さんの体調がいい日には好物の宮崎県産ワイン片手に食事をすることもあった。
ようやく迎えた2人での日々。
ただ、着実に、忠義さんの症状は進んでいった。
少し汗ばむくらいのとある日、こんな事もあった。
ただ、着実に、忠義さんの症状は進んでいった。
少し汗ばむくらいのとある日、こんな事もあった。
眞紀子さん 忠義さん、暑くない?
忠義さん (窓を閉める)よし。
眞紀子さん 暑いと思うけど…
忠義さん 暑い?(笑)
眞紀子さん 開けておこうよ、暑い…
忠義さん それじゃあ開けておこう
眞紀子さん うん
忠義さん (窓を開ける)
眞紀子さん 開けておこう、開けておこう
忠義さん (窓を閉める)
忠義さん (窓を閉める)よし。
眞紀子さん 暑いと思うけど…
忠義さん 暑い?(笑)
眞紀子さん 開けておこうよ、暑い…
忠義さん それじゃあ開けておこう
眞紀子さん うん
忠義さん (窓を開ける)
眞紀子さん 開けておこう、開けておこう
忠義さん (窓を閉める)
眞紀子さん
後悔するよりも、もう進行形でしか考えていかないようにはしてます。だってもう、昔の通りにはなれないわけだから
後悔するよりも、もう進行形でしか考えていかないようにはしてます。だってもう、昔の通りにはなれないわけだから
門出を きれいなドレスで
もう昔の通りにはなれない。それどころか、忠義さんが自分のこともすべて忘れてしまうかもしれないーー眞紀子さんは不安を募らせていた。
いつか迎える自分たちの人生の終わりを前に、2人でやり残したことはないか。そんな時に出会ったのが「ラストドレス」だった。
いつか迎える自分たちの人生の終わりを前に、2人でやり残したことはないか。そんな時に出会ったのが「ラストドレス」だった。
死後、棺の中で着るドレスやタキシード。宮崎県中部の木城町にある婦人服店では、10年ほど前からこのドレスの製作を続けてきた。
死後の硬くなった体でも着せやすいように、服の側面から体が入るように作られている。留め具に金属ではなくプラスチックを使っているのは、火葬の際に“燃えやすいように”。まさに人生最後に着るドレスだ。
特に最近は全国各地からの問い合わせも増えているという。
死後の硬くなった体でも着せやすいように、服の側面から体が入るように作られている。留め具に金属ではなくプラスチックを使っているのは、火葬の際に“燃えやすいように”。まさに人生最後に着るドレスだ。
特に最近は全国各地からの問い合わせも増えているという。
製作者 三隅裕子さん
このコロナ禍で家に長い時間いる中で、自分のことを考えた…という方が多くいらっしゃいます。ニュースを見て、自分たちも明日どうなるかわからないよね、ひと事じゃないよねと
このコロナ禍で家に長い時間いる中で、自分のことを考えた…という方が多くいらっしゃいます。ニュースを見て、自分たちも明日どうなるかわからないよね、ひと事じゃないよねと
眞紀子さんはこれを着て、2人で写真を撮ることにした。
眞紀子さん
私たち、結婚してから写真撮りも何もしていないんです。夫は短期記憶が衰えてるかもしれないけど、いま撮っておけば、なんかあの服見たことがあるなあって、あっちに行っても迎えてくれるんじゃないかと思うんです。最後の時まで夫といっしょに、すてきでありたいかな、って
私たち、結婚してから写真撮りも何もしていないんです。夫は短期記憶が衰えてるかもしれないけど、いま撮っておけば、なんかあの服見たことがあるなあって、あっちに行っても迎えてくれるんじゃないかと思うんです。最後の時まで夫といっしょに、すてきでありたいかな、って
ラストドレスはオーダーメイドだ。生地選び、型、採寸…忙しく働き、着飾る機会もほとんどなかった眞紀子さんは、忠義さんのことを思いながら、ひとつひとつを選んでいく。
明るい色のタキシードに決めた。
「忠義さんは仕事で黒っぽいスーツばかり着て頑張ってくれてたから、これまで着たことがない色を着せてあげたい」という思いだった。
明るい色のタキシードに決めた。
「忠義さんは仕事で黒っぽいスーツばかり着て頑張ってくれてたから、これまで着たことがない色を着せてあげたい」という思いだった。
似合ってますか?
1か月後。
ドレスが完成し、眞紀子さんは忠義さんを連れて婦人服店を訪れた。
ドレスが完成し、眞紀子さんは忠義さんを連れて婦人服店を訪れた。
忠義さんは、眞紀子さんが選んだ真っ白なタキシードに身を包んで試着室から現れた。胸元には好物のワイン色のブートニア、これも眞紀子さんのチョイスだ。
そして眞紀子さん。
そして眞紀子さん。
ラストドレスは、これまで一度も着たことのない、華やかなピンク色だった。
忠義さん どこの人かな?(笑)
眞紀子さん いかがですか?
忠義さん いいね。この色といい、これはいいよ
眞紀子さん 私に似合ってる?
忠義さん そりゃそうだよ
眞紀子さん いかがですか?
忠義さん いいね。この色といい、これはいいよ
眞紀子さん 私に似合ってる?
忠義さん そりゃそうだよ
眞紀子さん
どっちが先に行くかわからんけど、あなたが先に行ったらちゃんと覚えておいて迎えに来るんだよ。他の人を連れて行ったらだめよ。私も旅立つ時にはこれを着て行きますので。ちゃんと覚えておいてくださいね
どっちが先に行くかわからんけど、あなたが先に行ったらちゃんと覚えておいて迎えに来るんだよ。他の人を連れて行ったらだめよ。私も旅立つ時にはこれを着て行きますので。ちゃんと覚えておいてくださいね
はい、はいとうなずく忠義さんの表情は、どこか照れくさそうな、けれど、笑顔を隠しきれない様子だった。
その時が来たとしても きっと
その後も忠義さんの症状は続いている。ラストドレスで着飾った姿を写真で留めたとしても、それは動かしようのない現実だ。いつかこれまでのことも、忘れてしまうかもしれない。
それでも、眞紀子さんに悲壮感はない。
それでも、眞紀子さんに悲壮感はない。
眞紀子さん
次の世界でどんな世界があるんだろうとか思ってたけど、そういうのがストンとなくなったんです。「あーあのドレスだなぁ」「あのタキシードだなぁ」って、お互いに迎えられるから。天国から「こっちこっち」とか言ってね。
天国はたくさん人数がいるかもしれないけど、そこで見つけてくれるかもしれないって…そんなの考えると、楽しくなりません?
次の世界でどんな世界があるんだろうとか思ってたけど、そういうのがストンとなくなったんです。「あーあのドレスだなぁ」「あのタキシードだなぁ」って、お互いに迎えられるから。天国から「こっちこっち」とか言ってね。
天国はたくさん人数がいるかもしれないけど、そこで見つけてくれるかもしれないって…そんなの考えると、楽しくなりません?
その時は、間違いなく来る。
当たり前だったことが当たり前にできなくなった時代。
それでも2人は楽しく、残された日々を過ごしていくだろう。
当たり前だったことが当たり前にできなくなった時代。
それでも2人は楽しく、残された日々を過ごしていくだろう。
だって、向こうに行っても、きっともう一度会えるから。