育児の始まりは創作の終わり?

育児の始まりは創作の終わり?
私は42歳、2児の母。
アーティストを名乗っているが、ほかの仕事も掛け持ちしている。
子育てに追われ、時間的制約があっても作品づくりは続けているが、これから先のことはわからない。
“創作なんて趣味のようなもの”
“好きなことをする時間があるなら、子どもを優先するべきだ”
こんな見方もあって、多くの女性アーティストが出産を機に創作をやめている。
育児の始まりは、創作の終わりの始まりなんだろうか。

朝4時からの創作活動

私の創作活動は毎朝4時に始まる。

小学3年生の息子と保育園の年長になった娘はとても早起きで、目を覚ますまでの1時間ほどが、1日の中で唯一、創作に没頭できる時間だ。
つくっているのは紙や布に刺繍をしたり、絵を描いたりして仕上げる「刺繍日記」。

娘がまだお腹の中にいた6年前から毎日続けていて、日々の何気ない家族のエピソードをつづり、インスタグラムでも発信している。

美術館で日記の展示を見たという外国の出版社からオファーをもらい、作品集を出したこともある。

子どもたちがいつ起きてくるんじゃないかとドキドキしながらも、制作時間が限られる今の私には、取り組みやすい作品だ。

アーティストの肩書を書けない?

『なにも午前4時に起きなくたって創作はできるでしょう?』と感じると思う。

しかし、それは私にとって簡単なことではない。

私の1日の時間配分を表した「脳内イメージ」。

昼間は大学の非常勤職員として働いていて、子どもが2人に増えてからは、制作にかける比重が格段に減った。
7つ年上の夫は石彫作家で、子どもの面倒はよく見てくれるが、毎日の炊事、洗濯など家事全般は基本的に私が担っている。

ではなぜ私が創作以外の仕事の掛け持ちをしているかといえば、もちろん経済的な事情もあるが、他にも『わけ』がある。
子どもを保育園に預けるため金沢市に提出する就労証明書の職業欄。

そこに私は『アーティスト』ではなく、『大学の事務職員』と記載している。

子どもを預け始めた当時、私が住んでいる金沢市では自営業の「点数」が低く設定され、勤務の実績も表しにくい『アーティスト』という肩書だけでは希望の保育園に預けることが難しかった。

ほかに仕事を持たなくてはならない事情があったのだ。

創作をやめていく仲間たち

1浪して金沢の美大に入った私。

大学院にも進み、当時は大きな金属彫刻などをつくっていた。

以前のように大きな作品をつくってみたいと時々思うけれど、今はそれは難しい。

まとまった時間はとれないし、子どもの面倒を頼むとなると、結局、誰かに迷惑をかけてしまう。

卒業し、結婚して名字が変わり、子どもが生まれてからも、創作に打ち込んでいる時だけは、『モンデンエミコ』という1人の個人でいられた。

“この感覚だけは失いたくない”

そんな気持ちもあって、作品をつくり続けてきた。

一方、大学の仲間には、創作をやめてしまったメンバーもいる。

すごく優秀で、才能をうらやましく感じていた仲間だったが、子どもを産んだあと、徐々に創作から遠ざかっていった。

彼女は「1回やめてしまうと、どう再開したらいいかわからない」とも話していた。
創作をしていると、アトリエにも子どもたちが入ってくる。

集中できなくて困るときもたくさんあるけれど、それはそれでにぎやかで楽しい。

子どもの存在は私に新たなアイデアを与えてくれているし、“お母さんが疲れているときは、ボクたちが代わりに縫ってあげるよ”と言って作業に参加してくれた『共同作品』もある。
子どもがいたからこそ生まれた作品もたくさんあるのだ。

ただ、作品づくりにはやっぱり「時間」は大切だ。

ひとりで考える時間。

本を読んだりしてインプットする時間。

そういういろんな時間があって作品は生まれると思う。

“好きなことをしていてうらやましい”
“遊びみたいなことをしている”
“今は子どもといる時間を大切にした方がいい”

周囲から言われることもあるが、私にとって創作は確かに「好きなこと」ではあるけれど、「遊び」や「趣味」とは違う。

子どもを育てていても、ときには全力を傾けたい。

時間が制約され、お金を稼ぐことには必ずしも直結していなくても、私は、アーティストでありたい。

自分がふわふわした存在に感じてしまうこの不安を、誰と共有すればよいだろう。

答えは見つからないけれど、手を動かして、作り続けることで、今を乗り切っていこうと思う。

母親アーティストの調査

“今の日本では、アーティストの仕事が職業としてまだまだ認知されていない”

こう指摘するのは、金沢市内の美術館のキュレーター、高橋律子さんです。

長年アーティストと接する中で、出産を機に創作活動をやめてしまう女性が多い状況が気がかりでした。
高橋さんは3年前、53人の母親アーティストを対象にアンケート調査を行いました。

調査では、母親の85%が「出産後、制作環境に何らかの変化があった」と回答。

自由な時間、仕事に割ける時間が大幅に削られるというワーキングマザー共通の悩みに加え、アーティストならではの課題や不安に直面する女性たちの切実な声が寄せられました。
30代 1児の母
「子育て期間中に発表が滞ることで、数年後に果たして活動を行うことができるのかという不安も大きい」
20代 1児の母
「美術制作や活動は遊びと思われる事が多く(実際に言われる)
アーティストが自信を持って時間をつくり、活動しづらいという事がある」
高橋さん
「日本には“収入のある仕事が職業である”という社会通念がある。
金沢の美大の卒業生名簿の調査も実施しましたが、びっくりするくらい職業欄が空欄なんです。
今の日本は、アーティストという職業を、自分の職業として認識することがとてもしづらい社会なんだと感じました」

育児の始まりが、創作の終わりにならない社会へ…

現状に危機感を感じた高橋さんは、子育て中の女性アーティストを支援するNPOを立ち上げました。

そしてことし6月、金沢市の商店街の一角に小さなギャラリーを開きました。
ギャラリーのコンセプトは、
“育児の始まりが創作の終わりにならない社会へ”

行動が制約され、発表の機会が減りがちな母親アーティストの作品を継続的に紹介するとともに、同じ悩みを抱える女性たちどうしが交流し、情報交換できる機会も作っています。

高橋さんは、彼女たちの創作活動を支え、表現の場を確保していくことが、芸術の多様性を守るためにも大切だといいます。
高橋さん
「芸術は私たちの人生や社会をより豊かにしてくれます。
その人がいなければ出会えなかった作品があり、その人が感じなければ、触れられなかった感情がある。
芸術にとって大事なのは、いろんな価値観の人が関わることだと思うんです。
いろんな社会的立場の人が芸術を生み出す活動に関わっているということが、それだけ豊かな社会をつくることにつながると思います」

取材後記

モンデンエミコさんのアトリエにはたくさんのおもちゃや、子どもたちが描いた絵、工作が並んでいました。
“創作活動を続ける自分の姿を、子どもたちがそばで見てくれていることはうれしい”と彼女は話していました。

私たちの生活に彩りを添え、豊かにしてくれる芸術。

その土台は、誰もがその名を知るような著名作家たちだけが支えているわけでは決してありません。

育児の始まりが、創作の終わりにならない社会。

それは、芸術に携わる女性だけでなく、私たち1人1人が自分らしく生きていける社会にもきっとつながっていると感じました。
金沢放送局 記者
堀祐里奈
2014年入局 宮崎局を経て2019年から金沢局で行政・医療、ジェンダー問題などを取材
趣味は宝塚観劇