飯塚繁雄さん死去 「一生の心残り」拉致被害者家族会が会見

北朝鮮による拉致被害者の家族会代表を長く務めた飯塚繁雄さんが亡くなったことについて、家族会が記者会見を開き、実の子として育てられた飯塚耕一郎さんは、「生きて被害者と会えない家族がこれ以上増えることは許容できない」と述べ、すべての被害者の一刻も早い帰国に向けた政府の具体的な取り組みを強く求めました。

都内で開かれた会見には、田口八重子さんの長男で、母親が拉致されたあと飯塚さんに実の子として育てられた飯塚耕一郎さんや、飯塚さんから代表を引き継いだ横田拓也さんらが出席しました。

この中で、飯塚耕一郎さんは「ほかのきょうだいと同じように何不自由なく育てていただいたことに感謝しかない。だからこそ、八重子さんと会わせられなかったことは無念で、一生の心残りになる。おやじも、私と八重子さんを会わせられず悔しい思いだっただろう」と述べました。

そして、去年以降、有本恵子さんの母親の嘉代子さん、横田めぐみさんの父親の滋さん、そして、飯塚繁雄さんが相次いで亡くなったことに触れ「悔しく、悲しく、怒りにまみれている。生きて被害者と会えない家族がこれ以上増えることは許容できない」と述べ、すべての被害者の一刻も早い帰国に向けた政府の具体的な取り組みを強く求めました。

また、横田拓也さんは「何十年も最前線で闘い、きょうだいや家族に会えないことなどあってはならない。悲しい涙、悔しい涙、重い涙を何度流せばいいのかと政府に問いたい。この問題は政治が解決すべき問題だ」と述べ、政府に対し、日朝首脳会談を実現して問題の解決を図るよう改めて求めました。

棺には救出活動の予定や記録を書き込んだ手帳や好きだったお酒

25日の会見で飯塚耕一郎さんは繁雄さんとの病床でのやり取りや最期の見送りの様子について話しました。

先月18日に入院した繁雄さん。

その3日後に耕一郎さんが病院を訪れた際、繁雄さんは2枚の紙にメモを残していたということです。

そこには「気がかりなこと」として、自分の家族や職場のことについて記されていたほか、「家族会」と書かれたそばには「横田拓也」「八重子」と書き添えられていたということです。

耕一郎さんは「『拓也さんに代表を任せたいということでいいの?』と聞いたら『うん』と答えました。『八重子さんは心残りだよね』と言うと、『そこはなんとかな』と言っていて、気がかりで悔やまれている様子が伝わってきました。ただ、酸素マスクをつけ、苦しい状態が続いていて、父が生きているうちに八重子さんを救うのは難しいなと感じました」と話していました。

また耕一郎さんは、24日の告別式で、繁雄さんを棺に納めた際、救出活動の時によく着ていたスーツとネクタイ姿にしたことを明かしました。

家族会の代表として先頭に立って活動してきた繁雄さんを思い、妻の栄子さんが希望したということで、棺には病気になってからは飲むことができなくなった好きなお酒やおつまみも入れたということです。

繁雄さんはいつも手帳を持ち歩き、救出活動の予定や記録をびっしりと書き込んでいたということで、最後に使っていた手帳も棺に入れ見送ったということです。