ソ連崩壊から30年 ゴルバチョフ氏「対話中断してはいけない」

世界で最初の社会主義国、ソビエト連邦が崩壊して、25日で30年になります。その歴史に幕を閉じたミハイル・ゴルバチョフ氏は24日、ロシアの通信社への書面インタビューで「難しい局面でも対話を中断してはいけない」として、ソビエト崩壊がきっかけで続くウクライナをめぐるロシアとアメリカの対立を念頭に双方が対話を続けることの重要性を訴えました。

ソビエト連邦は、1922年に成立し、共産党の一党独裁支配を続けましたが、1991年12月25日、当時のゴルバチョフ大統領が辞任を表明し、69年の歴史に幕を閉じました。

ロシアのインターファクス通信は24日、90歳になるゴルバチョフ氏との書面インタビューを伝え、この中でゴルバチョフ氏は「欧米の指導者との個人的な関係を含めた新しい関係がなければ、冷戦や軍拡競争、世界各地の地域紛争に終止符を打つことはできなかった」とみずからが果たした意義をアピールしました。

そのうえで、今の国際情勢について「核兵器やヨーロッパの安全保障などについて、ようやく真剣な交渉が始まった。難しい局面でも対話を中断してはいけない」として、ソビエト崩壊がきっかけで続くウクライナをめぐるロシアとアメリカの対立を念頭に、双方が対話を続けることの重要性を訴えました。

独立系の世論調査会社が24日に発表した調査によりますと、ソビエト崩壊を「残念だ」と答えた人は63%に上り、ロシアでは、ゴルバチョフ氏にその責任があるとする人も多くいます。

こうした意見があることに関連して、ゴルバチョフ氏はみずから推進したペレストロイカ=立て直しなどの改革政策で、国民は、言論や集会の自由など、多くの権利と自由を享受したとしたうえで「ソビエト崩壊をペレストロイカのせいにすべきでない」と強調しました。

ソビエトとは…

ソビエトは、1917年のレーニンによる革命を経て、1922年に成立した世界初の社会主義国です。

現在のロシアやウクライナなど15の共和国で構成され、民族や宗教も多様で、日本の60倍の面積の国土は天然資源に恵まれていました。

社会主義国として格差のない社会をつくるという理想を掲げ、計画経済のもと、工業製品や農作物などの生産量や価格は統制され、教育や医療も広く普及していました。

政治体制は、ソビエト共産党の一党独裁で、体制維持のために厳しい検閲で批判を封じ、事実上、言論の自由はなく、主にヨーロッパの社会主義国を勢力圏として、アメリカを中心とする資本主義国の西側陣営と「東西冷戦」を繰り広げました。

「東西冷戦」のさなかで、1957年には、世界初となる人工衛星の打ち上げに成功。

1961年には、人類初の宇宙飛行をガガーリンが達成し「地球は青かった」ということばを残すなど、世界史にも残る出来事が続きました。

しかし、1960年代以降、政治体制は硬直化し、西側との軍拡競争は、日用品などの生活物資の不足を招き、原油価格の下落も不利に働き、1979年のアフガニスタン侵攻のかさむ戦費は国家財政を圧迫しました。

こうした中、1985年にソビエトの書記長に就任したゴルバチョフ氏は、若手の指導者として注目され、ペレストロイカ=立て直しと、グラスノスチ=情報公開を柱とする改革に着手しましたが、逆にソビエト崩壊への流れを加速させたとも指摘されています。

改革によって、アフガニスタン侵攻の悲惨な実態や、物質的に豊かな西側諸国の現状が伝わり、1986年のチェルノブイリ原発事故後の不十分な情報公開も、改革との矛盾を露呈。

各地での民族意識の高まりは、一部の共和国を独立へと向かわせました。

そして、1991年8月、ゴルバチョフ氏の国家運営に危機感を抱いた保守派がクーデターを試みましたが、市民の強い抗議で失敗に終わり、ソビエト共産党の権威は失墜。

12月8日には、ロシア、ウクライナ、ベラルーシの3共和国の首脳が、連邦の消滅と独立国家共同体の設立を宣言しました。

その結果、ソビエトの大統領となっていたゴルバチョフ氏は、12月25日になって辞任を表明。

ソビエトは69年の歴史に幕を閉じました。

ソ連崩壊から30年 市民は…

ソビエト連邦が崩壊して今月で30年となることについて、ロシアの首都モスクワでは、さまざまな声が聞かれました。

このうち61歳の男性は「ソビエトが崩壊したことは残念だった。ソビエト時代は、あしたのことを心配する必要もなく安定した生活をおくることができた。しかし、今は朝、目覚めても世界やロシアで何が起きるのか分からない」と述べ、社会主義だったソビエト時代を肯定的にとらえる一方、現在は、欧米との対立が激しさを増し、先行きが見えないと不安視していました。

また57歳の男性は「広大な領土を持つロシアは、その歴史を考えても強くなければならない。そして、ロシアが強くなるためにはすべてを求めなければならない」と述べ、ソビエト崩壊後の国内の混乱をおさめ、「強いロシア」の復活を掲げるプーチン大統領の強権的な外交姿勢を支持する考えを示しました。

一方、24歳の女性は「今のロシアには民主主義がなく言論の自由もない。選挙で選択肢もない」と述べるなど、今のロシアでは公平な選挙が行われず、民主主義が根づいていないと悲観する声も聞かれました。

ロシア人の専門家は…

ソビエト崩壊から30年が経過した今のロシアについて、ロシアを代表する国際政治学者の1人、カーネギー国際平和財団モスクワセンター長のドミトリー・トレーニン氏は「ロシアは、ソビエトのような超大国ではないしみずからを超大国だと思ってもいない」と述べました。

そのうえで、プーチン大統領が目指す国の姿として「大国として世界から認識され、アメリカや中国などと対等に渡り合えることだ」と指摘しました。

また隣国ウクライナをめぐって、ロシアとアメリカなどNATO=北大西洋条約機構との間で緊張が高まっていることについてトレーニン氏は「ロシアにとっての問題は、ウクライナが事実上、アメリカの同盟国で、モスクワの玄関先に停泊するアメリカの『不沈空母』となっていることだ。これは1962年の『キューバ危機』を呼び起こさせる」と指摘しました。

冷戦時代にソビエトが、キューバにミサイル基地を建設しようとしたことから、アメリカとの対立が激化し、世界が核戦争の危機に直面した「キューバ危機」を挙げて、ロシアにとっては隣国が欧米の軍事的な拠点になることが安全保障上の脅威とされていると説明しました。

またロシアが、ウクライナに軍事攻勢をかけるのではないかと欧米が警戒を強めていることについては、軍事攻勢の可能性は「非常に低い」としたうえで、「外交手段による抗議より、むしろ軍隊の移動によって対処しようとしている。プーチン大統領がことばだけでは望む成果が得られないと判断した結果だと思う」と話し、ウクライナのNATO加盟などNATOがこれ以上拡大しないようロシアは強く要求し続けるという見通しを示しました。

日本人の専門家は…

またロシア政治に詳しい法政大学の下斗米伸夫名誉教授は「崩壊後、残念なことは、あまりにも激しい中産階級の没落だ。どう見てもいかがわしい人たちが経済を牛耳っている」と述べて、ロシアや旧ソビエト諸国では市場経済への移行で課題を残したと指摘しました。

また旧ソビエトのウクライナをめぐって、ロシアと欧米との間で緊張が高まっていることについては「アメリカが兵士を派遣しないというカードを切っているので、プーチン大統領の方が今は強く出ている局面ではないか」という見方を示しました。

そのうえで「緊張を緩和して、ウクライナ東部に高度な自治を与えるなどの対応を引き出し、NATOの東への拡大を断念させるというのがプーチン大統領の戦略ではないか」と分析しています。

一方、政治や経済に加え軍事面でも連携を強める中国との関係については「中国とは同盟国のように見えて、実はそうではない。ベトナム、インド、モンゴル、朝鮮半島、日本、あるいはイランといった中国周辺に一種のクッションのようなものをつくっている」と指摘して、ロシアは中国との関係を強化する一方で、周辺国との関係も構築し、中国とのバランスをとろうとしているという見方を示しています。

プーチンのロシア

ロシアのプーチン大統領は、1999年、当時のエリツィン大統領から後継者として首相に任命され、翌2000年に行われた大統領選挙を経て、2代目の大統領に就任しました。

それ以降、首相の時期をはさんで、20年以上にわたってロシアを主導しています。

就任当初から「強いロシアの復活」を掲げ、内政では、プーチン大統領と対立していた石油財閥の社長を逮捕するなど、政敵の新興財閥の解体やメディアの統制を行い、強権的な手法で政権基盤の強化を進めました。

またテロ対策として、ロシア南部のチェチェン共和国を拠点としたイスラム武装勢力に対して徹底した強硬姿勢で大規模な掃討作戦を行い、国民からの支持を集めました。

さらに経済では、国際的な原油高を背景に、エネルギー輸出を拡大して著しい経済成長を実現し、前のエリツィン政権時代には、破たんした状態だった国内経済を立て直しました。

外交面では、2001年9月、アメリカで起きた同時多発テロ事件の後、国際的なテロとの戦いでアメリカと協調する姿勢を見せていました。

しかし、アメリカがイラクによる大量破壊兵器の開発を主張して武力行使に踏み切ったことや、NATO=北大西洋条約機構に東欧諸国や旧ソビエトのバルト3国も加盟したことにプーチン大統領は強い不信感をつのらせ、2007年、ドイツで行った演説で、アメリカの「単独主義」を痛烈に批判し、再び対立路線に戻ります。

また欧米と接近する旧ソビエト諸国に対しては強硬な姿勢を貫き、2008年には、NATO加盟を目指したジョージアに軍事侵攻。

2014年には、ウクライナ南部のクリミア半島を一方的に併合し、ロシアはG8からも排除され、欧米とロシアの関係も冷戦後最悪と言われるまで冷え込んでいます。

一方、近年、対アメリカを念頭に、中国との間で、政治や経済だけでなく軍事面での連携も強化する姿勢を示しています。

プーチン大統領は、2018年からは4期目をつとめていますが、ウクライナ情勢などをめぐる欧米側の経済制裁の影響で国内経済は停滞し、長期政権に対して、若者を中心に変化を求める声が高まり、各地で反政府デモも起こるなどかつての絶大の人気はかげりをみせています。

これに対して、プーチン大統領は反体制派を拘束したり、メディアを規制したりしていっそう圧力を強めています。

去年7月には全国投票によって憲法を改正し、プーチン大統領は、2036年まで続投することが可能となり、今後も政権を担うのか注目されています。