水原通訳が明かす 大谷翔平、衝撃シーズンの舞台裏

水原通訳が明かす 大谷翔平、衝撃シーズンの舞台裏
エンジェルスの大谷翔平選手(27)。大リーグ4年目のことし、現代野球では例のない投打の二刀流をやり遂げ、アメリカンリーグのMVPに輝いた。その活躍をいちばん近くで支えた通訳の水原一平さん(36)に、私たちが見ることができなかった衝撃の1年の舞台裏を聞いた。(NHKスペシャル取材班 アメリカ総局 山本脩太)

2人はいつも一緒

水原さんは、大谷選手が大リーグに来てからいつも一緒にいる。

本業の通訳業務はもちろん、試合前には大谷選手のキャッチボールの相手役を務め、車の運転もする。
7月のオールスターゲームでは大谷選手が出場したホームラン競争にキャッチャーとして登場し、話題になった。
大谷選手もシーズン後に日本で行った会見でいちばん世話になった人を問われ「やっぱり一平さん」と真っ先に答えるなど、文字どおり「なくてはならない存在」だった。

球団はそんな水原さんの功績をたたえ、大谷選手のシーズンMVP受賞後に、水原さんにも球団オリジナルの賞として「最優秀通訳賞」を贈った。
「本当に毎日見ているだけですごく楽しく過ごせましたし、『すごい』のひと言です。今シーズンの翔平からは『絶対にやってやる』という気持ちをすごく感じていました。去年が個人的にいいシーズンではなくて悔しい思いがあったし、ことしはリハビリの制限がない中で、やる気はすごく感じられました」

実は背水の陣だった今季

大谷選手は去年、右ひじ手術からピッチャーとして復帰を目指したが、今度はひじ近くの筋肉を痛めてわずか2試合の登板で離脱。
バッターとしても打率1割台と振るわなかった。

アメリカのメディアからは二刀流に懐疑的な見方も出る中、ことしは例年になく早い調整を進め、2月のキャンプ前からマイナーリーグや大学生の選手とも実戦練習をともにしていた。
その真意はなんだったのか。
水原一平さん
「ことし二刀流で成功できなかったら今後、二刀流の道が減っていくっていうのは本人もわかっていたと思うので、そういうプレッシャーもあったと思います。周りの声で左右されるタイプではないですが、本人は例年以上に『やってやるぞ』という気持ちがあったんだと」
覚悟を持って迎えたキャンプ初日。
エンジェルスのマッドン監督はいきなり、大谷選手を登板前後の日は休ませる、いわゆる「翔平ルール」を撤廃すると宣言した。

現代野球では前例のない二刀流だけにけがのリスクを極力下げようと日本ハム時代から8シーズンにわたって続けてきたルールを、けが明けのシーズンに撤廃したのだ。

水原さんは、大谷選手がこの提案を受け入れた時のことを今も鮮明に覚えている。
水原一平さん
「たぶんマッドン監督くらいじゃないですかね、こういう起用法を思いつくというか、させてくれたのは。今までだと、特に登板の前日は絶対NGみたいな感じだったんですけど、そういうのも全部取っ払って翔平に任せてくれた。最初は、すごく大胆なことを言うなと思いました。ただ、翔平本人もおもしろそうというか全然やる気だったので、本人がやる気ならこちらも全力でサポートしようと思いましたね」
その後の活躍は言わずもがな。
今シーズン162試合で大谷選手が欠場したのはわずか4試合だけ。
先発登板した23回のうち20回で投打同時出場し、二刀流で見事に1年間をフルに戦い抜いた。
どちらか一方だけでも、世界最高峰のリーグでシーズンを通してパフォーマンスを維持するのは難しいのにだ。

疲れをためないよう日々の練習量を抑えていたが、それでもどこかで休みたくなる日はなかったのか。
「無理して出てたとか、休んだ方がいいけど強行で出たとかはなかったです。出続けられた要因は、楽しみながらやっていたのはかなり大きいと思います。去年と比べても明らかに笑顔が多かったし、本当に楽しそうにやっていたので。それと睡眠にはかなり気を使っていました。今シーズンから睡眠の質や時間を測って管理していたんですが、とにかくできるだけ多く寝るというのがカギだったと思います。平均、最低でも8時間半とか9時間は寝るようにはしていたと思います」
開幕直後から快進撃を続ける大谷選手に、ファンやメディアだけでなく、同じ場で競い合っている大リーガーたちの見る目も変わった。
水谷一平さん
「4月の中盤か終盤くらいから他球団からのサインの要望がめちゃくちゃ増えてきた記憶があります。特にビジターに行くと、すごい量で大変でした。本当、見たことない量だって(チームメートに)よく言われてました」
大谷選手は、そうした要望にも一つ一つ丁寧に応じていたそうだ。

大谷選手は「謙虚」で「過小評価」

今シーズンはプレーだけでなく、グラウンドでゴミを拾うなどその人柄も改めて注目されたが、水原さんは人間・大谷をどう見ているのか。
水原一平さん
「これはみんな言うんですけど、すごく謙虚ですよね。これだけ注目されて、スターじゃないですか。なのに、そういうそぶりをまったく見せないというか。もう本当に、触れ合ったらただの27歳の青年だっていう。ほかの人が翔平と同じ立場にいたら絶対もっと遊んだり金遣いが荒くなったりするというのを、よくアメリカ人は言いますね」
そして、意外な一面も明かしてくれた。
水原一平さん
「たぶん翔平は自分のことを過小評価していると思うんです。8月の終わりか9月のけっこう調子が悪かった時にMVPの話になったことがあって。翔平が『もう無理だわ』『絶対無理だ』みたいなことを言ったんです。『え、それ本気で言ってるの?』って僕が聞いて。『いや、本気』って言うから『もしきょうシーズン終わったら、ほぼ間違いなくMVPとれるよ』という会話をしたんですけど、本人は『俺なんかじゃ無理』みたいなことを言っていて。野球に関しては、自分をどこか過小評価しがちだと思いますね」

調子が悪いときも「精神修行」

それは、見据える先があまりに高いところにあるが故なのか。

大谷選手がこれだけの成績を残しながら「ことしが最低ライン」と言った理由が少しわかった気がした。
水原さんも、大谷選手はまだまだ「伸びしろだらけ」だと言う。
「翔平はどんなマイナスの状況でも常に何かしらのプラスを生み出すというか、探している人なので。調子が悪い時もありましたが、それも本当に何か精神修行のような。実際にシーズンの最後のほうは選球眼もすごくよくなったように見えましたし、結果は出ていなかったかもしれないですが、本人も『ことし一番ぐらいにいいかも』と言っていたので、この経験は来シーズン以降に必ず生きてくると思います。今シーズンが基準になるのはプレッシャー的に厳しいところはあると思うんですが、本人もそのプレッシャーも楽しみながらやってくれるんじゃないかというのはありますね。ピッチャーとしてもさらにもう1段階か2段階ぐらい、全然(上に)いけると思いますし、けがなくいけば間違いなくよくなると思います」
大谷選手が現役の間に満足する瞬間は訪れるのだろうか。
ふと疑問に思い、インタビューの最後に水原さんに尋ねてみた。
「どうでしょうね。プレーオフを経験していないので、やっぱりプレーオフに出たいっていう気持ちは年々強くなっていると思います。個人成績というより、ワールドシリーズで優勝して本人が納得できるぐらいチームに貢献していたら、たぶん満足するとは思うんですけどね」
アメリカ総局
山本脩太
2010年入局
スポーツニュース部で
スキー、ラグビー、
陸上などを担当
去年8月から現所属