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正社員のはずが… 不安定化する“中流”の働き方

「このままだと、正社員として残ることはできません」
50代の男性は、突然会社からこの言葉を告げられました。安定した正社員から、会社に雇われず仕事を請け負う「業務委託契約」への切り替えを迫られたのです。基本給が手に入らなくなり、収入は大きく落ち込むといいます。
「本当に生活していけないレベルですね」
これまで社会の“中流”を支えてきた正社員。
安泰だと思われていたその地位が、いま揺らいでいます。
(社会部記者 宮崎良太 吉田敬市/おはよう日本ディレクター 中村幸代)

業務委託契約への切り替えを迫られ…収入激減の不安

食品販売会社の正社員として働く50代男性
食品販売会社の正社員として、訪問営業を行っている50代男性です。

もともと20年以上、広告代理店の営業マンとして正社員で働いてきましたが、6年前に会社の業務縮小でリストラ。当時、既に50歳を過ぎていて、正社員への転職は厳しく、受かってもいわゆる「ブラック企業」ばかりでした。

10社ほどを転々とし、去年ようやく今の会社に就職が決まりました。現在の年収は300万円ほど。
男性は安定した正社員としてやりがいを感じながら働いてきたといいます。
50代男性
「商品を契約してくれたお客様から『体調が良くなったよ』と言われるのが好きで、喜びを感じている。体が続くかぎりはこの仕事をやろうと思っていました」
ところがこの冬、突然上司から電話があり「ノルマの達成状況が悪いから、このままだと正社員として残ることはできない。業務委託契約に変わるか、正社員として残りたければ配達業務に変わるか、どちらか選んで」と迫られたといいます。
1日に300軒近くの家庭を訪問し、商品の売り込みをしている男性。
ノルマを達成するため月5日ほどしか休まず営業していますが、コロナ禍で直接対面することを嫌がる客が多かったり、これまでの客からも、経済的に厳しいとして契約を解除されたりするなど、思うように契約件数が伸びなかったといいます。

広告代理店時代から、20年以上営業の仕事をしてきた男性。
正社員として営業を続けることを希望しています。
50代男性
「業務委託になってしまうと、社員ではない形なので、労働基準法でも守られないですし、不安を持ちながら働くのは、自分自身は絶対にいやです」
男性は業務委託契約に切り替わると、収入が大きく落ち込むことに不安を抱いていました。
男性の給与明細
現在の収入は、毎月の基本給17万円に加えて、契約件数に応じた歩合給が数万円入っています。

しかし業務委託契約になると安定した基本給がなくなり、歩合給と日当のみになります。
今の成績だと10万円程度まで落ち込む見通しです。
さらに業務委託契約の場合、雇用保険や労災保険にも入ることができなくなります。

男性は、訪問先でクレームを受けたり、時には脅しめいたことを言われることもあるといい、リスクが大きい仕事をする上で、労災保険に入ることができないのはとても不安だといいます。
労働組合に相談する男性
現在、男性は労働組合を通して、会社と交渉を続けています。
50代男性
「業務委託になれば、収入が極端に減り本当に生活していけないレベル。訪問営業先で何かトラブルがあっても会社は守ってくれない。基本給が安定して入り、安心して働ける正社員のままでいたい」

変わりゆく“中流”の働き方

業務委託契約を結んで働く人たちは、近年“中流”の中で増えつつあります。
これは、一世帯当たりの所得の分布を示した図です。
“中流”の範囲について明確な定義はありませんが、30年前のデータと比較しました。

2018年は1990年に比べ、400万円台から上が減った一方で、それより下の層が軒並み増えていることが分かります。
この30年間に分布の山が大きく下にずれて、いわば「沈む“中流”」ともいえる状況が起きています。

調査を行っている厚生労働省の幹部や専門家を取材すると、急速な高齢化や単身世帯の増加、そして賃金が上がらない人たちが増えたことなどが背景にあると指摘する意見が聞かれました。
さらに、背景の一つとして忘れてはいけないと指摘されるのが「働き方の変化」です。
これまで“中流”を担ってきた正社員の割合は、この30年間で減少しています。

現在、国内におよそ3500万人いる正社員ですが、就業者全体に占める割合はピーク時の60%から53%に低下。
その一方で、非正規雇用で働く人の割合は1994年の15%からピーク時には32%まで上昇しています。

こうした中、正規雇用でも非正規雇用でもない働き方としていま注目されているのが、企業に雇われるのではなく、「業務委託契約」を結び、仕事を請け負うフリーランスと呼ばれる人たちです。
およそ325万人いるという推計もあり、今後さらに増えていくと見られています。

場所や時間にとらわれず個人の裁量で自由に働くことができるなどとして、企業の中には、正社員の一部を業務委託契約に切り替える動きも出ています。
うまくスキルを活かすことができれば、正社員のときより年収が上がる人もいます。

相次ぐ正社員から業務委託契約への切り替え強要

一方で、本人が望んでいないにも関わらず、正社員から業務委託への切り替えを迫られる、冒頭の男性のようなケースも出ています。

労働問題を扱う弁護士のもとには、業務委託をめぐる相談がこの1年余りで相次いでいるといいます。
弁護士に寄せられた相談事例
その中には、企業から年収を大幅に下げるか、業務委託に切り替えるかの二者択一を迫られるケースや、一方的に業務委託に切り替えられた後、契約を解除されたケースもあるといいます。

雇用契約を結んでいる正社員に対して、企業が業務委託契約への切り替えを一方的に強要することは労働法で違法とされていて、まずは弁護士や労働組合、労働基準監督署などに相談することが大事だといいます。

相談に応じてきた笠置裕亮弁護士は、業務委託契約が新たな“雇用の調整弁”として使われることが今後、増えていくおそれがあると指摘しています。
日本労働弁護団 笠置裕亮 弁護士
日本労働弁護団 笠置裕亮 弁護士
「労働者の場合、解雇や雇止めについては、法律上の規制があります。一方で業務委託契約であれば、ほぼ自由に契約解除が可能になってしまう。業務委託契約が“雇用の調整弁”的に扱われるケースが非常に多いと感じている。さらに、雇われて働いているうちは雇用保険や労災保険の中で守られているが、業務委託の場合、個人事業主という事になりすべて自己責任になってしまう。体を壊したり、契約解除をされたりしてしまうと一気に収入が落ち込み、暮らしが成り立たなくなってしまう」

業務委託で突然の“契約打ち切り” 一変した生活

実際に、業務委託であることを理由に契約を打ち切られ、生活が一変したという女性がいます。
契約を解除された30代女性
都内の飲食店で広報を担当していた30代の女性。
当時の年収は360万円ほどでした。

女性は去年、会社が募集していた正社員の求人に応募しました。
内定の際に受け取った書類には「雇用契約書」と記され、定年制であることや、働く時間も定められていました。
当時、会社からは「3か月の試用期間は業務委託契約で、その後正社員にする」と言われていたといいます。


しかし1年近くたったことしの春、会社から突然、契約を打ち切ると告げられました。

「正社員ではなく、業務委託契約のままだった」というのです。
女性のもとに突然送られてきた契約解除の通知書
30代女性
「急に電話がかかってきて『業務委託だからいつでも好きな時に切れるんだよ』と言われ、正直意味が分からなくて、いきなりはしごを外されたような、聞いていた話と違うと思って混乱しました。どうやって家賃を支払い、どうやって生活していけばいいのか、とにかく不安でした」
突然仕事を失った女性。
ハローワークに駆け込みましたが、業務委託契約のままとされていたことで、雇用保険に入れておらず、失業手当を受け取ることができませんでした。

国から当面の生活費を借りる制度を利用し、貯金も取り崩して生活しています。
コロナ禍で次の仕事が見つからない中、職業訓練を受け、一からWEBの勉強をしています。
30代女性
30代女性
「おしゃれも全くしなくなりましたし、飲み物も全部水道水に変えるなど、とにかく生活費を削っています。専門的なスキルを身につけないと、もし就職が決まっても、能力不足を理由にまた同じような目に遭うかもしれないと、怖い気持ちがあります」

業務委託契約 なぜ企業は広げる?その影響は?

なぜ企業は正社員から業務委託契約への切り替えを進めるのでしょうか?経済の専門家は大きく2つの要因があるといいます。
第一生命経済研究所 星野卓也 主任エコノミスト  
一つは、スキルを持つ人材の獲得です。

企業にとってデジタルなど専門性の高い仕事がこれまで以上に必要になってきており、そうした仕事に対応できる人材を、業務委託によって効率よく集めるのがねらいだと言います。

そしてもう一つのねらいが、コストの削減の手段としての業務委託です。
第一生命経済研究所 星野卓也 主任エコノミスト
「雇用契約は長期間を前提とされ解雇が難しく、コストが固定化される。一方、業務委託であれば短い契約で働いてもらう形になるので融通が効く。現在、原油高や円安で企業にとってコストが上がってきている一方で価格転嫁しにくい状況もあり、社会保険料の負担などもない業務委託契約は、人件費を抑える意味でメリットがある」
企業が正社員から業務委託に切り替えを進めてコストカットを図る一因には、長年のデフレにともない、消費者の間で「価格の安さ」を重視する傾向が強まっていることが挙げられると専門家は指摘しています。

事態を打開するには、コストの上昇をモノやサービスの価格に転嫁しても受け入れられるような経済環境を作っていくことも重要だとしています。

では、今後業務委託化の動きがさらに広がっていくと、何が起こるのでしょうか。
専門家は、日本社会にマイナスの影響を及ぼす可能性があると指摘します。
星野卓也 主任エコノミスト
「経済の不安定化につながるおそれがある。雇用や収入が安定しない人が増えてしまうという事なので、消費が増えにくいなど、経済環境にもマイナスの側面が出てくる可能性がある。専門性の高い“業務委託”の人と比較的単純作業をするような労働者性の高い“業務委託”の人は違う。後者については、ヨーロッパでは保護が進められているが、日本でも、雇用保険など既存の制度に組み込むことや生活保護のほかにもセーフティーネットを設けるなどの検討が必要」
国も、業務委託契約を結んで働く人たちを保護するためのガイドラインを、ことし3月に公表し、法整備に向けた検討を進めています。

日本社会で多様な働き方が広がること自体は望ましいことですが、その運用次第では、沈む“中流”の流れを加速させかねないことが見えてきました。
シリーズ「沈む中流」では、現場の声をさらに取材し、伝えていきます。
NHKでは、みなさまの暮らしに関するアンケートを募集しています。
あなたは今の暮らしをどう感じていますか?ぜひ、こちらのアンケートフォームから情報をお寄せください。
社会部記者
宮崎良太
2012年入局
山形局を経て現職
厚生労働省担当として、雇用や働き方を中心に取材
社会部記者
吉田敬市
2011年入局
名古屋局などを経て2019年から社会部で環境や雇用問題などを担当
おはよう日本ディレクター
中村幸代
2015年入局
北九州局、福岡局を経て現職
格差社会をテーマに貧困・労働問題などを取材

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