ビジネス特集

1兆円達成 日本は食の輸出大国になれるのか?

農林水産物や食品の年間輸出額が初めて1兆円を超えることになりました。政府が2006年から目指していた、長年の目標達成。これまでの取り組みが実を結んだことになります。しかし、取材を深めていくといろんな課題も見えてきました。
(経済部記者 川瀬直子)

めざせ海外!生産者の挑戦

肉汁があふれ出す和牛。

いわゆる「サシ」が入った霜降りが重要とされる和牛ですが、この和牛は赤身に特徴があります。

牛肉の加工・販売を行う群馬県渋川市の「鳥山畜産食品」では、うまみのある赤身になるよう肉質を徹底的にデータ化、人工交配で最適な牛を生産しています。

「Umami Wagyu」と名付けて、シンガポールやイタリア、アメリカなどに輸出され、特に健康志向が高まるアメリカで「ヘルシーな和牛」として販売が好調、ことしの輸出量は前年比50%増だといいます。
刺身に欠かせないわさびの海外での売れ行きも好調です。

長野県安曇野市のわさび農家、望月啓市さんはSNSで「インスタ映え」を意識した投稿を続けたところ、海外の飲食店からも注文が入るようになりました。

海外では生わさびは高級食材で、フランスでは日本の相場の5倍以上の価格で取り引きされ、輸出相手国は増加しています。

輸出1兆円超!その内訳は?

こうした生産者の努力が実って、ことし1月から11月までの農林水産物や食品の輸出額は、12月24日の発表で1兆779億円となり、年間の輸出額が初めて1兆円を超えることになりました。

コロナ禍で世界各地でも家庭で食事をすることが増え、巣ごもり需要から伸びたことや、逆にアメリカや中国などでは経済が正常化するなか外食需要が回復し、飲食店向けの輸出が伸びたことなどが要因です。

輸出金額の大きな主な品目は以下のとおりです。

次なる野心的な目標

輸出1兆円の達成、その次に政府が掲げているのは、輸出を2025年に2兆円、2030年に5兆円に伸ばすという目標です。

5兆円とは、いまの農林水産品や食品の生産額のおよそ10%にあたります。

日本は人口減少が進む中、農林水産業や食品産業を維持・発展させるためには成長が期待できる海外市場に打ってでなければ活路はないという危機感からです。

課題も…

香港のスーパーの様子
順調に伸びているように見える輸出。

しかし、取材を進めるといろんな課題も見えてきました。

海外店舗での陳列や販売の戦略が欠如していると指摘するのは香港に在住し、日本から農産物の輸出を手がける会社「世界市場」を経営する村田卓弥さんです。

香港のスーパーマーケットを見ると日本の複数の産地からの同じ農産物が並んでいるといいます。
村田卓弥さん
村田さん
「『商品を棚に置いてほしい』という日本からの熱心な働きかけの結果、こうなったのでしょうが、香港の人たちは、違いがよくわかっていません。
このため、見た目が変わらないのに、値段がちょっとずつ違う商品に戸惑っていて、一番高いものを買うか、一番安いものを買うか、それとも迷ったあげくに買うのをやめてしまうか、そのどれかです」

日本流ではダメ

さらに、品質のばらつきも見られるといいます。

日本国内では収穫されてすぐのものが小売店に並び、消費者も買ってからそう日を置かずに食べるため「日持ち」はあまり重視されてきませんでした。

しかし、コストを抑えて輸出するためには船で日数がかかります。
村田さん
「日本産として売られているものは、日本の市場で購入したものをそのまま持ってきたものがほとんどです。
これは『輸出向け』に流通されたものと比べ明らかに品質が悪くなってしまう」
このように日本流のまま、国内向けのまま輸出してしまうのは農林水産物そのものだけにとどまりません。

例えば段ボール。

国内向けのものをそのまま使うケースでは現地に到着したころにはしけってしまったり、潰れてしまったりして、せっかくの高品質の農産物が傷んでしまうと専門家も指摘します。

生産者や企業がそれぞれで輸出に取り組むため、輸送費などコスト圧縮が進まず、また、投資や具体的な行動の意思決定が遅く、国の支援も相対的にぜい弱という、日本のビジネス全般に通じる課題を指摘する声も耳にしました。

お手本は、あの“キウイ”

お手本となる取り組みがあります。

それはフルーツのキウイです。

国内の店頭でも見かける「ゼスプリ」ブランド。

ニュージーランドの会社の名前ですが、実は生産者がつくった会社なのです。

1980年代にキウイ輸出が増え、生産者どうしの価格競争に陥る中で、輸出の窓口を一本化しようと生産者が団結し、前身の組織が1988年に設立されました。

ニュージーランドでは政府との取り決めで、キウイの輸出はこの会社を通さないとできないことになっています。

日本向けは甘めなど輸出先の好みや競合の状況などを調査し、それにあわせた商品を出荷。

品質基準を満たしたものだけを販売していて、店に並ぶ時にちょうど求める熟度になるよう、逆算しながら調整しているといいます。

世界に追いつけ

輸出拡大に向けて日本政府も腰を上げました。

今、農林水産省が中心となって「品目団体」と呼ぶ組織を国が認定する制度を設立しようと動いています。

この「品目団体」という組織は、コメや果樹などの品目ごとに、生産から販売まで、輸出に関わる、あらゆる分野の事業者が参加。

お金を出し合うなどして、「オールジャパン」として現地のマーケティングを行うほか、輸出する商品の「規格」を定めたり、輸出向けに品質を保てる包材など使用する資材を統一したりして、「品質保持」に関わることも担うことをイメージしているといいます。

これまでも、品目によって、PRの団体というのは存在しましたが、商品を戦略的に売るための組織に生まれ変わらせようというのです。

また、他の輸出大国がしているように、2023年度までに主要な国の都市に、現地のニーズ調査や販路開拓を支援する専門組織を国が新たに立ちあげようとしています。

豊かな食を守るために

ホタテ貝の出荷作業
「いい物をつくるのは得意だが、戦略的に売ることは苦手」日本を評すときによく聞くことです。

しかし、農林水産品や食品の輸出大国を目指すいま、そうも言っていられません。

日本で評価されている「おいしい」をそのまま輸出するのではなく、品質管理体制を整え、現地のニーズをとらえ、取り引きの流れ全体を把握することが重要だといえます。

こうした輸出拡大への取り組みが生産者に利益をもたらし、それが生産者のやる気と資金力につながり、さらなる高品質の農林水産物をつくるエネルギーとなる。

そして日本で暮らす私たちにも豊かな食をもたらす、そんな好循環を実現できたらと願っています。
経済部記者
川瀬直子
2011年入局
新潟局、札幌局を経て現所属
農林水産行政を担当

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