企業支える“命綱”のいま

企業支える“命綱”のいま
「売り上げが戻る前に、借入金の返済が始まっているのが、一番の不安です」

取材した会社の社長が語った言葉です。
新型コロナウイルスの影響を受けた企業を支援するため、実質的に無利子・無担保で借り入れができる、いわゆる「ゼロゼロ融資」
コロナ禍で、多くの企業の資金繰りを支え、その融資額は40兆円にも上ります。
しかし、いくら好条件とはいえ、借金は借金。
いま、その返済が企業に重くのしかかろうとしています。
(広島放送局記者 榎嶋愛理)

売り上げが一気に消えた

「売り上げをたてるために何をしたらいいのか分からなかった。
こんな危機は経験したことがなく本当に不安でした」
こう話すのは、広島市中区にある創業66年の菓子専門店の3代目社長、大淵馨さんです。

大淵さんの店では、濃厚な抹茶の味わいを楽しむことができるスイーツを販売しています。
外国人観光客を中心にお土産として人気を獲得。

売り上げを順調に伸ばし、広島県をはじめ、東京や山口などに7店舗を展開しています。
しかし、新型コロナの感染拡大の影響で、売り上げは一気に落ち込みました。

感染が広がった2020年5月の売り上げは、前の年のおよそ3200万円から75%ほど落ち込み、800万円を下回りました。

何としてでも雇用は守る

店を継ぐ前は地方銀行で働いていた大淵さん。

経営者として、銀行を退職するときに上司からもらった言葉を大切にしています。

「経営者の使命は、雇用を守ること、会社を継続すること」

売り上げが激減しても、19人の従業員の雇用は守り続けたい。

頼ったのが、いわゆる「ゼロゼロ融資」でした。

企業の“命綱” 融資総額は40兆円以上

大淵さんが活用した「ゼロゼロ融資」。

国が去年(2020年)から始めた経済政策の1つで、新型コロナの影響で売り上げが一定程度減少した企業が、金融機関から実質的に無利子・無担保で借り入れできるため、こう呼ばれています。

資金繰りが厳しくなった企業にとっては、まさに“命綱”といえる存在です。

これまでに「ゼロゼロ融資」を使った融資額は、40兆円を超えています。(2021年11月末時点)
「売り上げの見通しが立たない中、お金が借りられる時に借りようと思いました。無利子・無担保はありがたく、お金を借りるという心理的負担は下がりました」
こう語る大淵さん。

この1年あまりの間に、「ゼロゼロ融資」によって、3つの金融機関から合わせて5000万円を超える資金を借り入れました。

「売り上げ回復まだなのに…」直面する厳しい現実

人件費や仕入れ先への支払いなど、当面の経営に必要な資金を確保した大淵さん。

この間、繁華街にあった家賃の高い店舗から移転して、月々の家賃を50万円ほど削減するなど、経営の改善にも取り組んできました。

しかしいま、新たな不安を抱えています。

ゼロゼロ融資は、無利子・無担保といえども、借金は借金。

返済する必要があります。

しかし、コロナ禍の影響は想定以上に長引き、売り上げはまだ、感染拡大前の6割ほどしか回復していません。

そうした中で、借入金の返済が始まっているのです。
大淵 社長
「新型コロナの見通しが依然として不透明で、売り上げが戻る前に、借入金の返済が始まっているのが、一番の不安です。
コロナの影響がこのまま2年続くようなことがあれば、借りたお金もすべて底を尽きることになります」
今、大淵さんが取り組んでいるのは、経営の新たな柱づくりです。

それまで全体の3割近くを占めていた外国人観光客の売り上げは依然として見込めないため、海外向けの販売に乗り出すことにしたのです。

ことし11月からは、シンガポールや中国向けの通信販売に挑戦しています。
大淵 社長
「このままコロナ前に戻るとは考えていないので、事業転換の必要性を感じています。
売り上げがすぐにたつわけではありませんが、なんとか販路は広げていき、きちんと借りたお金を返済していきたいです」

「返済できない」企業の悲鳴に金融機関は?

こうした状況に直面している企業は、大淵さんの会社だけではありません。

政府系の金融機関・日本政策金融公庫広島支店では、ゼロゼロ融資を受けた企業の多くが2年以内に元本の返済が始まります。
融資を受けた時、多くの企業が描いていたシナリオ。

それは、「借りたお金でコロナ禍の危機を乗り切り、感染状況が落ち着き、売り上げが回復したときに返済していく」というものです。

しかし今、返済が始まったり、間近に控えたりしている企業からの相談が相次いでいるといいます。
飲食店
「緊急事態宣言が解除されて通常営業しているものの、客足は戻っていない。
借入金が増えていて、返済が難しい」
建設業
「新しい受注先を探して県外に出たりしているが、資金繰りに苦戦している」
相談内容のほとんどが、売り上げが感染拡大前の水準まで戻っていないため、当初見込んでいた返済計画では難しいという声です。

この金融機関では、返済が始まる時期を遅らせたり、月々の返済額を減らしたりするなど、企業からの相談に応じ、柔軟に対応したいと考えています。
小倉 中国地区統轄
「当初思っていた以上にコロナの影響が長引き、借入金を増やしている経営者は多いです。
先行きが見通せない中で、返済までに業況を回復させなければならず、そこを心配しています。
お客様の事情に応じて柔軟に対応していきたいと思っています」

“求められるのは成長を後押しする支援”

ことし1月から11月までに、全国で倒産した企業の件数はおよそ5500件。(帝国データバンク調べ)

ことしの倒産件数は55年ぶりに歴史的な低水準となる見込みです。

倒産件数がこれだけ少ないことを見ても、“ゼロゼロ融資”は、コロナ禍の資金繰りを支え、一定の成果を上げたと言えると思います。

とはいえ、この制度の申請も2022年3月に終了する見込みです。

今後について帝国データバンク広島支店の藤井俊情報部長は、金融機関などには、企業の成長を後押しする取り組みが求められると指摘しています。
藤井 情報部長
「今後、業績が回復せず、資金繰りが厳しくなれば、倒産が増えることが懸念されます。
新型コロナの影響を受けた企業は経営改善に取り組む必要があります。
そして金融機関には、返済に向けた柔軟な対応だけでなく、販路拡大や事業転換など企業の成長を後押しする支援が求められます」
ゼロゼロ融資を巡っては、通常より融資を受けやすい分、企業の規模に対し、借入金が大きく膨らんでいるという指摘もあります。

一方、金融機関の融資の現場からは、「危機対応として、融資できる額の上限いっぱいまで貸している企業もある。売り上げが回復しないなか、こうした企業にこれ以上貸すことは難しい」といった声も聞かれます。

新たな変異ウイルス、オミクロン株が発生するなど、新型コロナの影響は依然として先が見通せず、描いていた返済へのシナリオが崩れている企業も少なくないと感じました。

売り上げの回復と返済の両立をどうはかっていくのか。

多くの企業にとって、返済が本格化するこれからが正念場と言えます。
広島放送局 記者
榎嶋愛理
平成29年入局
呉支局を経て11月から経済担当