大阪 ビル火災 なぜ多くの犠牲者 短時間に一酸化炭素が充満か

大阪 ビル火災 なぜ多くの犠牲者 短時間に一酸化炭素が充満か
大阪の繁華街のビルで起きた放火事件。

消火まではおよそ30分でしたが、25人が亡くなる大惨事となりました。

なぜ短時間にこれだけ多くの犠牲者が出てしまったのか?

専門家が注目するのは、今回の火災でたくさんの人が目撃した「黒い煙」です。

複数の専門家は、この「黒い煙」とともに発生する、体に重大な症状をもたらす「一酸化炭素」が、わずかな時間でクリニック全体に充満したのではないかと指摘しています。

(大阪 ビル放火事件 クローズアップ現代+取材班)

突然、男がガソリンを

これまでに分かってきた事件の状況です。

クリニックは鉄筋コンクリート8階建てのビルの4階にありました。

広さは93平方メートル。

この日は休職中の人などが職場復帰を目指すための「リワークプログラム」が行われることになっていて、クリニックには少なくとも28人がいました。

クリニックに通っていた患者は、通路は1人が歩けるくらいで、すれ違うには譲らないと歩けなかったといいます。
そこに突然男が現れ、手にしていた紙袋からガソリンをまき、ライターで火をつけたとみられています。

そして出入り口近くで逃げる人を阻むように、前に向かって進んできたといいます。

外につながる階段は1か所だけ。

患者やスタッフの多くはクリニックの奥に逃げるしかありませんでした。

殺人と放火の疑い 谷本盛雄容疑者

警察は殺人と放火の疑いで捜査している男について、谷本盛雄容疑者(61)だと公表しています。
現場から3キロのところに住んでいて、クリニックにも通院していました。

警察の調べでは、先月下旬にガソリン約10リットルを購入。

関係先の住宅からは容器に入った1.5リットルの液体も見つかっています。

「京都アニメーション」の事件に関する新聞記事も見つかりました。

計画的に準備を進めていた疑いがもたれていますが、この事件で重篤状態となっていて、話を聞くことはできません。

警察は周辺捜査を通じて、動機の解明を進める方針です。

検証 火や煙はどう広がった?

多くの命が奪われた事件。

火や煙はどうやって広がっていったのでしょうか。

火災からの避難に詳しい専門家の協力を得て検証しました。

ガソリンと性質が似た液体を使った実験では、火をつけると数秒で人の背丈ほどに達するといいます。
東京理科大学 理工学研究科 水野雅之 准教授
「本当に怖いと思います。入り口付近で放火されてしまったら、そこから遠ざかる方向に人が移動したんじゃないか。炎の中を突っ切っても逃げるしか唯一助かる方法はなかったような火災ですよ、これは。でも人間の心理的にはとてもそんなところに突っ込んでいくのは無理だと思いますよ」

「黒い煙」が命を…

さらに水野さんが注目するのは、今回の火災でたくさんの人が目撃した「黒い煙」です。
密閉された空間でガソリンが燃えると、急激に酸素が不足し、不完全燃焼が起きます。この時、大量の黒い煙とともに、一酸化炭素が発生します。
水野准教授
「今回の火災は燃えている場所は限定的だけれども、燃焼に必要な酸素がうまく供給されていない状況で、部屋の中の全体の酸素濃度が低下していて、そういった状況でガソリンが激しく燃焼しようとしたら、一酸化炭素が出る状況ですね」

体に重大な症状をもたらす一酸化炭素

一酸化炭素は体に重大な症状をもたらします。

人の体内で酸素を運ぶのはヘモグロビンという物質。

一酸化炭素はヘモグロビンと結びつく力が酸素の200倍。
このため、酸素を体内に取り込めなくなり、一酸化炭素中毒となるのです。

一酸化炭素はわずかな時間で全体に

一酸化炭素はクリニックにいた人たちをどのように襲ったのか。

防災工学の専門家によるシミュレーションです。

窓は閉まっていて、ガソリンに似た液体がまかれたと想定。

クリニックの大きさを想定して、煙の動きを計算します。
出火から20秒後。煙が広がり、クリニックはほとんど視界がきかない状態になりました。

そして、30秒後には、すべての部屋に煙が侵入することが分かりました。

急激に上昇する一酸化炭素の濃度

このとき、煙とともに一酸化炭素の濃度も急激に上昇します。

出火直後は、比重の軽い一酸化炭素は、天井付近にたまります。

しかし18秒後には待合室全体の濃度が上昇、廊下にも広がっていきます。

1分後にはクリニック全体に500ppmの一酸化炭素が充満することが分かりました。
500ppmは激しい頭痛や嘔吐を感じ始める数値です。

そして、複数の専門家の見立てでは、10分程度で濃度が5000ppmに達し、命の危険にさらされていたとみています。
元消防庁消防研究センター所長 山田常圭さん
「窓などの開口部がなく、煙が外に抜けていかないので、これくらい速く煙で埋まってしまう。狭いからこういうことになってる。われわれよくトラップと言うんですが、トラップされる。そういうかたちで逃げられなくなり、そこで多くの方が亡くなってしまった。これ自身が特異というより、昔起きていたことがまた起きてしまった、そういう無念さがあります」

「2方向避難」の重要性 改めて浮き彫りに

火災のメカニズムや防火対策に詳しい専門家は、今回の放火事件を次のように受け止めています。
東京理科大学 教授 関沢愛さん
「今回の火災では2つ以上の避難経路を確保するという『2方向避難』の確保の重要性が改めて浮き彫りになったと感じた。今回の火災でいえば、診察室の敷地に余裕はなかったかもしれないが、壁にドアがあって外に鉄製の非常階段があるとか、あるいは窓からつり下げの非常はしごをかけれるようになっているとか、そういう手段が確保されていれば助かる人も多かったのではないかと思う」

火災のたびに対策強化も… 社会全体で改めて議論を

1972年に起きた大阪千日デパートの火災を受けて、1974年、原則6階建て以上のビルは階段を2つ設置するよう定められました。

しかし、今回放火事件が起きたビルは、1970年に建設されたため、該当しません。

過去にさかのぼって適用されることはないため、階段が一つでも法的には問題ないとされています。

また2019年の京都アニメーションの放火事件を受けて、2020年2月からガソリンスタンドに対し、購入者の本人確認や使用目的確認などが義務付けられました。

今回、谷本容疑者はガソリンを購入する際、「バイクに使う」と店に伝えていたことが捜査関係者への取材で分かりました。しかし、バイクの所有は確認されておらず、警察は、ガソリンを購入するためにうその説明をしたとみて調べています。

甚大な被害が出た今回の放火事件。
古い建物も含めて、火災に備える建物の対策はどうあるべきなのか。
また、ガソリンなどが悪用されないためにはさらにどのような対策が必要なのか。
今一度、社会全体で検討することが求められています。