避妊って男性にお願いするもの?

避妊って男性にお願いするもの?
「コンドームとピルだけじゃないんだ」
ある女性が訪れた海外のクリニックで目にした、数多くの避妊方法。「なんで、生まれた場所が違うだけで、こんなにも違うんだろう?」 欧米を中心に普及しているコンドームとピル以外の避妊方法。しかも海外ではそれらが簡単に入手、選択できる環境がありました。それを知らずにいたことは、彼女にとって大きなショックでした。(社会部記者 松田伸子/ロンドン支局記者 松崎浩子)

視界が開けたような感覚

「『自分の体に合うものを選んでね』って言われて、いろんな方法を示してくれたんです。女性が避妊を考えるのは、日本だと恥ずかしいことだとされているけれど、とっても大事なことなんだと急に視界が開けたような感覚でした」
現在、避妊についての啓発プロジェクトを進めている福田和子さん(26)は、大学生の時の留学先スウェーデンで経験したことについて、こう話します。

福田さんが立ち寄ったのは、若者が性の悩みなどを気軽に相談できる「ユースクリニック」という場所。

スタッフは、避妊リング、避妊パッチ、避妊注射など、女性が選択できる避妊方法を示してくれたといいます。

コンドーム以外で、女性が選べる避妊方法はピル(※)くらいしかないと思っていた福田さん。
しかも、ピルは1か月数千円かかる上に、避妊目的でピルを飲んでいると“性に奔放”と思われるかもしれないと感じ、使用するのはハードルが高かったといいます。
(※毎日1錠飲むことで避妊の効果がある経口避妊薬)

避妊は自分の体や健康を考えること

福田さんが驚いたのは、それだけではありませんでした。

スウェーデンでは当時、15歳から18歳までの若者は、さまざまな避妊方法を無料で手に入れることができ(※)、何よりも、女性が避妊のことを考えることが社会全体で受け入れられていたといいます。
(※2017年に、21歳までに引き上げられた。25歳までは自己負担の上限が年間1200円程度)

一方の日本では、スウェーデンに比べると、女性の避妊について社会全体で考えることへの理解が十分に広がっておらず、コンドームやピル以外の避妊方法も限られています。

妊娠するのは女性なのに、その選択肢が少ないことに、福田さんは疑問を感じるようになったといいます。
福田和子さん
「女性にも避妊方法の選択肢があるということは、本当は認められていいはずですよね。シンプルに“自分の体のことや、健康を考えること”だと思いました。生まれた場所が違うだけで、なんでこんなに違うんだろうと思いました」

女性の選択肢が少ない日本

避妊方法の選択肢が数多くあるのは、スウェーデンだけではないことを表すデータは、国連の発表の中にありました。

それは、避妊している人がどの避妊方法を使っているかを国や地域別に示したものです。
▼日本
 コンドーム … 75%
 ピル … 6%
 子宮内に装着する避妊具 … 1%
▼欧米
 ピル … 31%
 コンドーム … 25%
 子宮内に装着する避妊具 … 14%
 女性の避妊手術 … 11%
 男性の避妊手術 … 4%
 注射・インプラント … 4%
(国連発表「Contraceptive Use by Method 2019」)

この中では、主にコンドームは男性主体の避妊方法、ピルや子宮内に付ける避妊具などは女性主体の方法だとされていました。

こうして見ると、日本では欧米に比べ、女性主体の避妊方法の選択肢が少ないことがわかります。

コンドーム以外の選択肢はあるものの

欧米では、女性主体の避妊方法として普及しているピルですが、日本では費用面や副作用への懸念から、多くの女性がハードルの高さを感じているとみられます。

実際に費用をみると、避妊目的でピルを利用した場合、月数千円かかります。
副作用については、生殖医学が専門の慶應義塾大学の吉村泰典名誉教授は「ピルには副作用があるのは事実ですが、女性がみずから避妊することができるなど、メリットの大きい薬です」と説明します。

吉村名誉教授によると、副作用の1つは「血栓症」だということです。
ピルを飲むとリスクが2倍から3倍高くなるそうです。

ただ、ピルを飲まなくても女性は妊娠すると、血栓症のリスクが5倍から20倍、出産直後は40倍から65倍高くなるということです。

またピルを飲み始めてから1か月ほどは、吐き気や頭痛などの副作用の出る人が1割から2割いますが、ほとんどの人は、ピルを飲み続けると副作用を感じなくなるということです。

そして吉村名誉教授は、ピルのメリットについて、生理痛の緩和、生理の回数の抑制などを挙げた上で、飲み忘れがなければほぼ100%確実に避妊の効果が得られると話しました。

「避妊してほしい」と言えない

ただ、日本では避妊目的でピルを利用する女性は数%程度にとどまっていて、実際には利用は進んでいません。

こうした日本の現状を懸念する人もいます。

千葉県内で10代の女性を中心に支援する団体には、避妊無しの性行為で妊娠したり、中絶したりする女性が相談に訪れるといいます。

その中には「避妊してほしいと言えない」という声がとても多いそうです。

その理由について団体の担当者は次のように話しています。
支援団体の担当者
「若い子たちの多くが、避妊の選択肢としてコンドームしかないと思っています。また、パートナーと対等な関係を築いていても、性行為の際には、避妊について相手に意見を言えない子が多いんです」
その上で、避妊目的でのピルの利用が進まない状況について、次のように指摘しています。
支援団体の担当者
「ピルを知っている子もいますが、1か月に数千円かかる上に、親に気付かれずに病院で処方してもらうのは難しく、なかなか手を出すことができません。数多くの避妊方法があり、アクセスしやすければ、不安を感じたり、意図しない妊娠をしたりすることは、もっと避けられると思います」

制度や支援策が進むイギリスは

それでは欧米の避妊の状況は実際、どうなっているのでしょうか。

女性主体の避妊方法の1つピルが、日本よりおよそ40年早い、1961年に医薬品として承認されたイギリスの状況を調べてみると、女性が主体的に避妊方法を選べるよう、国などの制度や支援策も充実していました。

日本と比較すると次のような違いがありました。
▼ピル 
 イギリス 病院に行けば無料
 日本   数千円/月 ※避妊目的の場合
▼子宮内避妊具 
 イギリス 病院に行けば無料
 日本   3~8万円 ※避妊目的の場合
▼避妊インプラント、避妊注射、避妊パッチ
 イギリス 病院に行けば無料
 日本   未承認

イギリスも当初は“タブー”

イギリスで性の健康に関する啓発などを行う家族計画協会「FPA」などに話を聞くと、イギリスでも以前は、女性みずから避妊方法を選ぶことへの反発が大きく、避妊について話すことは「恥ずかしいこと」とされていたといいます。

また、ピルが承認された当初も、利用ができるのは「既婚女性」に限られていたそうです。

こうした状況に対し、女性の支援団体が中心となって様々なキャンペーンを行いました。
FPAも1969年に、おなかが膨らんだ男性を大きく載せた広告を公開。

そこには、次のような文章が書かれていました。
『もし自分が妊娠したら、もっと気をつけようと思いますか?』

望まない妊娠への男性の関心を高めることを狙った広告は、避妊の話題が公共の場で“タブー視”されていた当時、大きな反発を招きました。

しかし、男性も巻き込んで議論するきっかけになったということです。

そして「妊娠のタイミングを女性が主体的に決められないのは、自分の体と人生について重要な選択をする権利が、奪われているということだ」と訴え続け、多くの女性がピルを入手できるようになるなど、徐々に制度が整備されていったといいます。

妊娠に伴う“男女の差”を認識する

イギリスでは、女性が主体的に避妊することへの理解はどれほど広がっているのか、街ゆく人たちに話を聞いてみました。
「子どもを持つかどうかは、非常に大きな決断で、女性の人生を100%変えてしまう。避妊における女性の選択肢は不可欠です」(娘と買い物中の母親)
「女性には、いつ出産するか自分で決める権利があります。避妊において、男性はできて女性はできないといった、男女間の不平等はあるべきではありません」
(20代男性)
さらに専門家は、女性がみずからの意思で避妊を選べる環境を整えるのは、個人ではなく、政府の責任だと指摘しています。
アン・コノリー医師
「意図しない妊娠によって、リスクを負わなければならないのは女性です。政府は、妊娠に伴うこうした“男女の差”を認識することが重要です。女性が妊娠や出産をするかしないか、女性自ら決められる権利『リプロダクティブ・ヘルス/ライツ』の重要性は世界的に広く認識されています。この権利を保障するためにも、避妊方法の選択肢を提供し、価格などの障壁を取り払う必要があるのです」

“産む、産まない”を自分で選択できるように

妊娠は女性の体と人生を変える大きな出来事です。

妊娠するのかしないのか、するならいつなのか。
それを女性が自分の意思で決められるようにするために、日本には何が足りないのか、引き続き取材をしていきたいと思います。
社会部記者
松田伸子
2008年入局
千葉局、奈良局、札幌局を経て社会部
ジェンダーや気候変動問題を中心に取材
ロンドン支局記者
松崎浩子
2012年入局
名古屋局、国際部を経て現所属。欧州経済やジェンダー、環境問題など取材