日本刀を未来に伝える ~伝統の継承と課題~

日本刀を未来に伝える ~伝統の継承と課題~
日本が世界に誇る鉄の工芸品、日本刀。その凛然たる美は、世界中の刀剣ファンをひきつけてやみません。最近では、世界的にヒットしたアニメ「鬼滅の刃」などをきっかけに、これまで以上に人気が高まっています。しかし国内に目を転じてみると、その作り手である刀匠の数は、近年減少を続け、1000年以上にわたり受け継がれてきた伝統の技の伝承は、いま厳しい状況にあります。この事態を何とか打開したいと、日本刀を愛してやまない1人のイギリス人が、刀作りの技術と文化を世界に発信していこうと取り組みを始めました。(World News部記者 四本純)

隠岐から始まる

今年10月、島根県沖にある隠岐諸島の一つ、中ノ島に鎮座する隠岐神社で特別な神事が行われました。

この神社に祀られている後鳥羽上皇が、承久の乱に敗れてこの島に流されて、今年で800年となるのを記念して、日本刀の神前鍛錬が行われたのです。
全国の刀匠を庇護し、刀の製作技術の向上に貢献したとされる後鳥羽上皇の神前で、国内最高峰の刀匠の1人がその大役を果たしました。
刀匠の最高位である「無鑑査」刀匠の月山貞利さんです。
月山さんと弟子たちが、日本刀の材料の鉄「玉鋼」(たまはがね)を燃え盛る炎から引き出し、槌音を響かせて鍛錬しました。
神前鍛錬を企画したのは、イギリス人の日本刀研究者、ポール・マーティンさんです。

故・高倉健さんの映画をきっかけに日本刀に興味をもったマーティンさんは、日本刀の研究に没頭し、ロンドンの大英博物館でも日本刀の学芸員を務めた後、2004年に来日しました。

現在は、外国人として初めて日本刀文化振興協会の評議員を務めながら、日本刀の文化を広く内外に伝えています。
ポール・マーティンさん
「単なる武器ではなく、日本の文化そのものです。美しい芸術品であるとともに、日本人の精神性を象徴する、とても奥深いものなのです。鍛えられた刃には、日本人と自然との近い関係を表すかのように、自然の要素が映し出されます。ほとばしる水の流れや雷光など自然が織りなす景色をも目にすることができるのです。それが1000年もの間ほとんど変わらない姿や製法で、今日に伝承されているのは素晴らしいことで、世界最高峰の技術といえます」
しかし、マーティンさんは、世界からも認められるこの日本刀の製作技術が、いま伝承の危機にあると、警鐘を鳴らします。

日本刀の将来が危ういとはどういうことなのでしょうか。

背景には、日本の多くの伝統工芸と同様、後継者不足の問題がありました。

刀匠で作る団体によりますと、15年前に300人いた刀匠は、現在170人ほどにまで減少し、このうち日本刀作りだけで生計を立てられるのは、30人に満たないといいます。

さらに、技術を残すために必要な数の弟子を育てているのは、数人しかいません。

福岡県糸島市 刀匠が弟子をとらないのは…

高い技術をもちながら、あえて弟子を取っていない刀匠を福岡県糸島市に訪ねました。

半世紀にわたって刀作りを続けてきた刀匠の瀬戸吉廣さん。
最高峰の刀匠にのみ付与される「無鑑査」の称号をもっている15人の1人です。

人間国宝の師匠のもとで、厳しい修行と研鑽を重ねてきました。

その日本刀は、数々の賞を獲得、内外から高い評価を受けています。

しかし、瀬戸さんほどの刀匠でさえ、経済的に決して楽ではないと言います。
瀬戸吉廣さん
「買ってくれる人が少なくなり、若い鍛冶屋も作る機会がなくなって、上手になれないというジレンマがあります。そこから抜け出せればいいけど、このままいくと、刀の世界も存続が厳しいんじゃないかな」
瀬戸さんのもとにはこれまで弟子入り希望の若者が何人も訪ねてきましたが、すべて断ってきたと言います。

瀬戸さんは、鍛刀一筋、生涯をかけ情熱を注いできた刀作りへの複雑な思いを語りました。
瀬戸吉廣さん
「自分が若い人の将来をダメな方向にもっていくんじゃないかなと。この世界がもっと明るい、先の見える世界ならね、いくらでも弟子は取りますけれども」

外国製の刀がインターネットで

さらに、伝統の日本刀作りを経済的に厳しくしているのが、中国などの外国製の刀です。

これらが、「日本刀」と称してインターネットで販売されているのです。

材料や製法、技術の面で、日本の刀匠が製作する日本刀とは異なります。

マーティンさんは、自身のSNSで、海外の日本刀ファンに向けて、「日本刀を愛しているなら、どうか安いからといって中国産の”日本刀”を買わないでください。それは本物の日本刀を危機に追いやることにつながるのです」と呼びかけています。

プロジェクトを立ち上げたマーティンさん

マーティンさんは、後鳥羽上皇が国内の選りすぐりの刀匠たちを御所に呼び、月番制で作刀に当たらせていた伝承にちなみ、「新御番鍛冶プロジェクト」を立ち上げました。

マーティンさんが選出した現代の刀匠12人に、それぞれ刀を作ってもらい、隠岐神社に奉納し、展示することで、作刀の技と文化を次の世代に伝えていくことを目指しています。
クラウドファンディングで資金を募り、1人一振り、順番に製作してもらうことで、むこう10年あまりにわたってプロジェクトを継続していく計画です。
ポール・マーティンさん
「日本刀は刃だけでなく、はばきや鞘、研ぎなど多くの職人の仕事を結集してはじめて完成する総合芸術品で、どれが欠けても存続できません。そのどれもが今、危機にあります。プロジェクトを通して、伝統が途絶えないように継続的に支援していきたいです。この島にくれば、最高レベルの日本刀を一堂に見ることができて、刀について語り合える聖地にしていきたいです」

月山刀匠「守り続けていく責任」

神前鍛錬を行い、12振りの刀のうちの一振り目を作り始めた月山刀匠も決意を語ります。
月山貞利さん
「名誉なお仕事を務めさせて頂き、私も頑張りたいと思います。いろいろな厳しい時代がありましたが、先人たちが守り伝えてくれましたので、私たちもまたそれを尊敬して守り続けていく責任があります」
鍛錬を終えた月山刀匠。
そのもとに駆けつけ、何度も頭を下げていたのは、感極まり、声を詰まらせたマーティンさんでした。

この一年、マーティンさんには大きな転機がありました。
皮膚がんが見つかり、手術を受けたのです。

人生の時間には限りがあるということをより強く実感するようになり、正しいと信じた仕事に、全集中で取り組む覚悟がいっそう強くなったといいます。

マーティンさんが正しいと信じる仕事、それは日本刀の伝統を途絶えさせず、未来にわたり継続させることです。
ポール・マーティンさん
「日本刀は、日本人のためだけのものではありません。世界の人類のための遺産なのです。日本刀製作の技術がどんなに大切か、文化と歴史と精神性が一つに結実したいかに素晴らしいものなのか、もっと世界中にわかってほしいのです。皆で力を合わせて守り、未来の世代に伝えねばなりません。何があろうと決してあきらめることなど出来ません」

瀬戸刀匠 「現代の人が、それを宝ととらえるかどうか」

取材の中で、強く印象に残る言葉の中に、福岡県の無鑑査刀匠、瀬戸さんの問いがあります。
それは、刀だけに限らず、伝統文化の継承にひろく当てはまることとも言えます。
瀬戸吉廣さん
「現代の人が、それを宝ととらえるかどうかなんですね。刀の世界をどう考えるのか。千年以上続いてきたものを、もう無くなってもいいやって思えば、日本では、無くなるでしょう。皆さんどう考えるかですよね。日本刀を絶やすか、まだ続けさせるか。これは誰が選ぶのでもない、皆さん全体が選ぶものですからね。我々が一生懸命訴えても、そういう時代じゃないって言われれば、それで終わりなのです」
多くの人が、漠然と、当たり前と感じている日本刀の未来は、今や様々な努力なくしては存続が難しい局面を迎えています。

刀を愛した後鳥羽上皇が隠岐に流されて800年の節目のことし、歴史ある島から始まった日本刀プロジェクトも、そうした努力の一つなのです。
World News部記者
四本純
沖縄局、仙台局を経て、2007年より国際放送局
第二次世界大戦や東日本大震災に関する取材を中心にニュースリポートや番組を内外に発信