もう書類はいらない!?官僚たちのDX

もう書類はいらない!?官僚たちのDX
「霞が関のDX=デジタル変革の実情を知りたいなら、あの官僚に聞くといい」

取材先にそう言われて私が訪ねたのは、農林水産省の若手官僚でした。
農林水産省は、霞が関の役所の中でも、いち早く本格的なデジタル改革に乗り出したと言われています。
農業、林業、水産業。幅広い産業政策を担う巨大組織はいま、どのように変わろうとしているのでしょうか。
奮闘する若手官僚の取り組みを追いました。(経済番組ディレクター 三ッ橋雅行)

DX改革 農林水産省で担うのは

私が訪ねたのは、農林水産省の畠山暖央課長補佐。

34歳の若手官僚です。

農林水産省に3年前に発足した「デジタル戦略グループ」の中心メンバーの1人です。

取材の開口一番、畠山さんが口にしたのは、いま役所がデジタル変革に踏み出さなければ、日本の食を支える現場が衰退の一途をたどってしまうという強い危機感でした。
畠山 課長補佐
「農業では相当な面積が耕作放棄地になり、林業も漁業も担い手がどんどん減っている。現場でも大変な苦労、苦痛を感じている状態だ。そういう状態を自分の代で終わらせないと、次の世代の農業、公務員のなり手がいなくなってしまうのではないか」
「デジタル戦略グループ」のメンバーは全員で50人以上。

このうち、畠山さんのチームのメンバーは8人。

経営所得安定対策の交付金や農業保険の申請など、これまで利用者が紙の書類で行ってきた手続きをオンライン化しようという一大プロジェクトに取り組んでいます。

来年度末(2023年3月)までに、省内のおよそ3000の手続きすべてをオンライン化することを目指しています。

農林水産省の“本気度”

「デジタル戦略グループ」は、省内では特別な存在です。

事務次官直轄の組織。

つまり、民間企業で言えば、社長直轄の特命プロジェクトとも言える存在なのです。

なぜ農林水産省は、ここまで“本気”になってこのデジタル変革に取り組むのか。

背景には、過去の苦い経験があります。

2000年代の苦い経験

2000年代初頭、国は「電子政府」の実現を目指して、各省庁でのデジタル化を推進。

農林水産省も、25億円以上かけて電子申請ができるシステムを整備しました。

しかし、「申請方法が複雑」「添付書類を別途郵送する必要があり、二度手間」などと批判を受け、利用は広がりませんでした。
2008年度の時点で農林水産省の電子申請の利用率は、0.09%。

会計検査院からも効果が十分でないと指摘を受け、プロジェクトは暗礁に乗り上げました。

なぜ、役所のデジタル化は頓挫したのか?

畠山さんの上司で、現在、省のデジタル政策を統括する信夫(しのぶ)隆生サイバーセキュリティ・情報化審議官は、大きな要因に、職員がデジタル化の必要性を自分事と捉えず、ベンダー(=開発メーカー)任せにしてしまったことがあるのではないかと話します。
信夫 サイバーセキュリティ・情報化審議官
「『紙の書類で手続きが問題なくできている。わざわざITを使ってデジタル化しないといけないのか』と。職員一人ひとりにとってどれだけ自分事化しているかというと、おそらくその意識がほとんどなかったと思う」
役所でデジタル改革を呼びかけるとき、信夫さんが取り出す写真があります。

写っているのは膨大な書類の束。

役所に関わる1つの手続きに、農家が提出した書類一式です。

厚さはおよそ50センチにも及びます。

「農家が直面している現状を知ってもらい、『これは何とかしなければならない』という意識にもっていく手法や説得の仕方が大事なのではないか」と信夫さんは話します。

改革に向け 若手を抜てき

農業などに従事する人が、みずからの本業に集中できる環境を整えなければ、1次産業の発展は望めない。

そこで、若手メンバーの1人として加わったのが、当時入省5年目の畠山さんでした。

幼稚園児のころからパソコンに親しみ、学生時代はアルバイト先のドラッグストアで出店計画のシステムを構築するなど自他ともに認める“IT通”。

復興庁に出向した際、大きなプロジェクトをまとめた経験もかわれました。

寝る間も惜しみ “壁”乗り越える

紙の手続きをデジタル化するシステムを開発するため、早速ベンダーとの打ち合わせに臨んだ畠山さん。

しかし、すぐに大きな壁に直面します。

専門用語など基礎知識の不足。

そして多くの関係者を巻き込みプロジェクトを進めていくノウハウの不足に直面したのです。

このままでは、かつての失敗の二の舞になってしまうと感じた畠山さんは奮起します。

チームの仲間とともに、情報処理の国家資格の取得を目指すことにしたのです。

ただでさえ激務の官僚。

出勤前の朝4時半から声を掛け合って机に向かいました。
畠山 課長補佐
「ベンダーの話していることが理解できない、そんな状態で物事を前に進めるのはすごく怖いなと。『一緒に頑張ろう』と同僚たちとお互いにメッセージを送り合って、起こしあって。そしてきちんと決めた時間に勉強して、その様子を写真に撮って送り合う。やらざるをえない状況にお互い追い込んで勉強をしていた」
畠山さんは「応用情報技術者試験」、次いで「プロジェクトマネージャ試験」に合格。

知識と実務を結びつけてベンダーに提案するスキルも必要だと、自宅の冷蔵庫を白板代わりに、プレゼンの練習もしました。

“相手の言っていることがわからないけど、とりあえずうなずいておく”

そんな会議はなくなりました。

ベンダー側とのやり取りもスムーズになり、開発のスピードも上がっていきました。

「農林水産省共通申請サービス(eMAFF)」はことし4月から本格的に運用を開始。

これまでに、およそ3000の手続きのうち3分の1以上をオンライン化しました。

システム構築 “みんな”が参加

畠山さんたちはいま、これまでの常識を覆す新たな取り組みを進めています。

プログラミングに詳しくない一般の職員でも自分のパソコン上で手続きの画面を作れる仕組みを導入したのです。
職員のために、サイト作りの研修会も実施。

システムの開発に現場の実態に詳しい職員が直接関わることで、より使い勝手の良いサイトができあがると畠山さんは考えています。
畠山 課長補佐
「担当部局の人たちが状況に応じてアレンジできる設計思想なので、農業者や市役所の方から『使い勝手が悪い』と言われたら、早ければ数日で画面の内容を変更することもできる」
こうした取り組みは、さらなるプラスの効果も生み出しています。

これまでの前例を踏襲した手続きが本当に必要なものなのかを洗い出し、見直そうという動きも出ているのです。

DX進める真のねらいは?

デジタル変革を通じた申請手続きの簡素化や業務改革。

農林水産省が、さらにその先に見据える“真のねらい”は、“経験と勘”に頼ってきた1次産業を成長産業に変えていくことです。
信夫 サイバーセキュリティ・情報化審議官
「チャレンジしていく人たちをデジタルやデータで分析して提案し、政策で支えていく。新たな発想が生まれ、想像もつかなかったようないろんな形の経営のあり方が出てくるのではないか」
コメの収穫が最盛期を迎えていた10月、畠山さんは大規模にコメを生産している茨城県龍ケ崎市の農業法人を訪ねました。

農業の現場でどのようなデジタル化のニーズがあるのか、ヒアリングするためです。

農業法人の代表、横田修一さんは、離農した高齢者から土地を借り受けるなどして年々規模を拡大。

効率化と高度化のために“スマート農業”を実践しています。
横田さん
「各農家が集めているデータがそれぞれの中で完結してしまい活用されていない。行政が個人情報の配慮をしつつ、分析や情報発信に生かしてほしい」
横田さんは、こう訴えていました。

現場で蓄積されたデータを活用できれば、製造業やサービス業と同じように農業や林業、水産業の現場でもイノベーションを起こせるはずだ。

畠山さんは将来的には、農林水産省が収集した品種と収穫量の関連、病気の発生などの情報をビッグデータ化して多くの人が活用できるようにすることで、農林水産業のあり方を変えていきたいと考えています。
畠山 課長補佐
「集まったデータを行政機関だけでなく、農業に関わる人にも使えるようにすることで、できることの幅を広げたい。成長していくための下支えをするなどして、新規参入しやすく、そして楽しく活動してもらえるようにするのが行政の使命ではないか」
ことし9月に発足したデジタル庁とも情報を共有しながら進めている農林水産省の取り組み。

ほかの省庁からも視察が相次ぐなど、霞が関DXの先駆けとして注目されています。

今後、霞が関全体のデジタル変革はどのように進んでいくのでしょうか。

これからの動向にも、注目したいと思います。
政経・国際番組部
ディレクター
三ッ橋雅行
2006年入局
「おはBiz」など経済番組を担当
愛読書は城山三郎「官僚たちの夏」