流転のすえに 新生銀行がSBIの傘下に

流転のすえに 新生銀行がSBIの傘下に
バブルの象徴=巨額の不良債権を抱え経営破綻した旧長銀を前身とする「新生銀行」。20年に及ぶ流転のすえ、新興のネット金融大手・SBIホールディングスの傘下に入ることになった。
しかし、新生にはいまも約3500億円の公的資金が残り、今後の道のりも決して平坦ではない。
今度こそ公的資金を返済し、その名のとおり新たな金融のビジネスモデルを生み出すことができるのか?
一代でいまのSBIを築いた北尾吉孝社長の手腕に注目が集まっている。
(経済部取材班 / 仲沢啓 白石明大 猪俣英俊)

急転直下の和解

11月24日、この翌日に予定されていた臨時株主総会に備えて、私たちは取材態勢の検討の詰めを進めていた。

この総会では、SBIによるTOB=株式公開買い付けに対抗するため、新生銀行が導入した買収防衛策の発動が諮られることになっていた。

SBIは、新生銀行の株式を相場より4割ほど高い1株=2000円で買い取り、保有比率を約20%から最大48%に引き上げることを目指していた。

これに対し、新生銀行の経営陣は反対の立場を表明し、業界で初めての敵対的TOBに発展していた。

買収防衛策はSBI以外の株主に新たな株式を付与する「ポイズンピル(毒薬)」と呼ばれるもので、可決されればTOBの成功は極めて困難となり、否決されればTOB成功に大きく前進することになるため、総会はこの敵対的買収劇の行方を左右する“天下分け目の天王山”となる、はずだった。

ところが、夕方5時半。新生銀行が思いがけない発表を行った。
「公開買付けに関する意見表明の変更(中立)および臨時株主総会開催中止に関するお知らせ」

つまり、新生銀行がそれまでの反対姿勢を翻してかぶとを脱ぎ、決戦となる総会を回避するというものだ。

まさに、急転直下の『和解』だった。

新生トップの迷い

ただ、よくよく振り返れば予兆らしきものはあった。

この日からさかのぼること1週間。11月17日にNHKのインタビューに対し、新生銀行の工藤英之社長は次のように述べていた。
工藤社長
「48%なんて中途半端なTOBじゃなくて、上限をなくせばいいんじゃないかと提案していて、それをぜひ受け入れてもらいたい。そうすると、いろいろなシナジー(相乗効果)の可能性が広がり、気持ちよく賛成できる。条件を少しよくするだけでそれが実現できる。ただ残念ながら今そうなってはないので、このTOBはいったんストップしてもらったほうがいい」
記者
「SBIに反対しているということではない?」
工藤社長
「いま、この瞬間の条件だと、そういうことになる。条件は、これから変えられる。変えたら賛成しますから。総会で株主の皆様にわざわざ意見を聞かなくてよくなる、という状態もあり得る」
TOBの条件が変更されれば、歩み寄りの余地はあることを示唆していたのだ。

また、のちに事情に詳しい関係者は、この頃の工藤社長の思いを次のように明かした。
「工藤社長は迷っていた。その前の預金保険機構からの質問状に対してSBIが将来的には50%以上の株式取得を検討すること、そして現経営陣の経営方針を尊重すると回答していたから。国に対してあそこまで言うなら、金融庁の目もある以上、SBIも新生銀行を変な形にはしないはずだと思っていた」

埋まっていた外堀

ただし、24日の時点では、すでに新生銀行の外堀は埋められていた。

買収防衛策の発動の可決には、出席株主の議決権で過半数の賛成が必要だ。

国は預金保険機構などを通じて約2割の株式を持ってるため、新生銀行からすれば可決に向けて国からの賛成が何としても必要だった。

アメリカの議決権行使助言会社の大手2社がそろって機関投資家などに対し「賛成」を推奨したこともあり、望みをつないでいた。

しかし、新生銀行の株を保有する国の預金保険機構や金融庁は、総会前の11月22日までに、防衛策の発動に反対する方針を固めていたのだ。
旧長銀の破綻処理のため、国は7兆円を超える公的資金を投じたが、債務超過の穴埋めのため3兆円以上の国民負担が生じた。

一時国有化を経て、アメリカの投資会社「リップルウッド」が買い取ったあと新生銀行として株式上場し、別の投資ファンドが筆頭株主になるなど経営は移り変わってきた。
この間、新生銀行は消費者金融会社を買収するなどして収益拡大を図ってきたものの、20年以上たった現在も3490億円の公的資金が残っている。

同じように公的資金が投入された旧日債銀の「あおぞら銀行」や、「りそなホールディングス」がとうに返済し終わったのに、新生だけが返済のめども立っていないのが実態だ。

国としては、新生銀行から公的資金を回収することが至上命題だ。

そもそも金融庁は、TOBの前にSBIが新生銀行の保有株式を20%以上に増やす時点で、主要株主としての認可を出している。

ネットを活用した金融ビジネスや地銀との提携を進めているSBIとの結びつきを強めることで新生銀行の収益を底上げし、公的資金返済の可能性を少しでも引き上げてもらいたいと期待しているのだ。

議決権行使会社の賛成推奨が出されていたにせよ、みずからSBIに主要株主の許可を出した国が賛成に回るのはもとより考えにくい状況ではあった。

国とSBIの保有株式を合わせれば議決権比率で4割を超えるため、総会に参加しない“棄権票”があることも勘案すると、防衛策の発動が否決=新生銀行側の負けとなる可能性が濃厚となっていた。

SBIトップの変心

一方、SBIの北尾吉孝社長。

公的資金が返済できていない点など新生銀行の経営陣を厳しく批判し、水面下での協議を求める新生側からの要請を拒み、あくまで株主総会の場で決着をつける姿勢を示してきた。

ところが24日の朝になって、北尾社長は新生側との協議に応じる姿勢に転じる。

急ぎこの日の午後に、新生銀・工藤社長とのトップ会談がSBI本社でセットされた。

この会談で北尾社長は、新生銀行のこれまでの経営路線を尊重することに応じた。

これによって工藤社長の迷いも消え、みずからを含む現経営陣の総退陣などを受け入れた。

そして、夕方の和解発表に至った。
北尾社長は自身のブログで、その時の心情を次のようにつづっている。
何が私を変えさせたか言えば、それは「仁」であります。あの決戦場で新生銀が完膚なきまでに仮に負けたとしたら、経営陣は兎も角どう従業員は思うか、といったことを相手の立場で今一度考え直してみたわけです。(中略) 今回の件で間違っても、新生銀の数多の優秀な人材が進駐軍に占領されたといったふうに思ってはなりません。私が目指すは正に、新生銀行グループとSBIグループが一体となって心を一にし、そして収益力を上げ公的資金を返済するという大義を果たすこと、こそです (原文ママ)

公的資金返済への課題

そして12月10日、TOBは期限を迎え終了。

SBIの保有比率は、目標をほぼ達成し47.77%となった。

旧長銀の経営破綻から23年、流転を続けてきた新生銀行がSBIのグループ傘下に入ることが決まった。
さらにSBIは今後金融庁から必要な認可を得た上で、過半数の株式取得を目指す方針だ。

普通株式に転換された公的資金を返済するには、株価をTOB時の2000円から、その4倍近い7450円にまで引き上げなければならない。

いかにSBIでも、さすがに難しい。

「スクイーズアウト」という手法で、残る少数株主を排除する選択肢もあるが、その場合でも国以外の大半の株主から株式を買い上げたうえで非上場化し、国の保有株を3490億円支払って買い取る必要があり、巨額の費用が必要となる。

また、いわゆる「もの言う株主」とも呼ばれる投資ファンドなども新生銀行の株式を一定数保有していると見られ、新生銀行の経営権を握ったSBIに対してさまざまな要求をしてくることもありうる。

一方で、新興ながらネットの活用などをてこに成長を遂げ、最近では地方銀行との連携も相次いで打ち出しているSBIに対する国の期待は大きい。
金融庁幹部
「新生銀行の公的資金返済は、金融庁の長年の懸案、歴代長官のいわば申し送り事項だった。SBIがどういう形で新生銀行の企業価値向上と公的資金の返済に責任を負うのか、その点はよく話し合っていきたい」
預金保険機構 三井秀範理事長
「SBIの経営手腕を注意深く見ていきたい。才能と知見を発揮してもらい、精いっぱい企業価値の向上を図ってくれることを期待している」
SBIとしては、新生銀行をグループの銀行事業の中核として位置づけ、得意とするネットの活用ノウハウを新生銀行に取り入れることで、伝統的なビジネスモデルからの脱却につなげるとしている。

その上で、いつ、どのように公的資金の返済を実現するのか。

北尾社長率いるSBIの経営手腕の真価が問われることになる。
経済部記者
仲沢 啓
2011年入局
福島局 福岡局を経て
現所属で
経済産業省・
金融業界を担当
経済部記者
白石 明大
2015年入局
松江局を経て現所属
鉄鋼業界や金融庁の
担当を経て
ことし11月から
日銀・大手銀行などを取材
経済部記者
猪俣 英俊
2012年入局
函館局 富山局を経て
現所属
鉄鋼や電機などの
業界を担当
ことし11月から
金融庁などを取材