半導体 大競争時代に突入 日本の勝ち筋は?

半導体 大競争時代に突入 日本の勝ち筋は?
クリスマス商戦でにぎわう家電量販店。取材に訪れると、例年とは異なる光景が広がっていました。ゲーム機などさまざまな商品が欠品や品薄に。

大きな要因となっているのが世界的な半導体不足です。半導体をめぐる獲得競争で各国はいま、国の将来をかけてしのぎを削っています。こうした状況に日本はどのように立ち向かおうとしているのでしょうか。
(経済部・仲沢啓記者)

半導体不足、年末商戦を直撃

クリスマス商戦でにぎわう家電量販店。子どもや孫にとっておきのプレゼントを考えている方にとって、ことしは品選びが難しい年かもしれません。

売り場を歩いてみると、例年にない異変が。

任天堂の主力ゲーム機「ニンテンドースイッチ」の最新モデルは欠品で入荷の見通しは未定。電話機や冷蔵庫も品薄。冬場に特に欠かせない給湯器も品切れ…。従業員からは「こんな売り場見たことない」という声も聞こえました。

その大きな要因となっているのが半導体不足です。新型コロナウイルスの感染拡大によるテレワークや巣ごもり需要によってパソコンやゲーム機が飛ぶように売れて供給が追いつかなくなり、今なおその混乱が続いているのです。

日本は半導体の“自給率”が低い

これら身近な製品の半導体を日本のメーカーはどのように調達しているのか。

実は日本の半導体の“自給率”こと自国生産比率は2018年の時点でおよそ27%。7割強を海外からの輸入に頼っています。
さらに深刻なのは、これから成長が期待される分野の半導体を日本でつくることができないことです。

AI=人工知能や5G、データセンターや自動運転などの分野。必要不可欠な高度なロジック半導体(=高度な演算処理ができる)について、今の日本メーカーは技術力や資金力が追いつかず、つくることができないのです。

ある半導体メーカーの関係者は「日本はもはや世界の3、4周遅れだ」と悔しそうに語っていました。

TSMCが日本に工場建設

こうした中、11月、半導体の受託生産で世界最大手の台湾のTSMCはソニーグループと共同で、半導体の新たな工場を熊本県菊陽町に建設すると正式に発表しました。日本がつくることができなかったロジック半導体の生産に乗り出します。

当初の設備投資額は日本円でおよそ8000億円に上ります。日本政府もこの工場を念頭に、工場の建設費の最大2分の1の額を補助する費用を今年度の補正予算案に計上。さらに、補助を可能にする法案を閣議決定して臨時国会に提出しています。

先端技術の覇権争いが激化

日本がなぜ国をあげてまで海外の半導体メーカー誘致に動いたのか。それは先端技術をめぐる覇権争いが世界を舞台に激しさを増してきたからです。
きっかけはアメリカのトランプ前政権の動きです。2018年から19年にかけてのことでした。

当時、アメリカは対中強硬姿勢を強め、2018年12月には、通信機器大手のファーウェイの次期トップとも目される孟副会長をアメリカの司法省からの要請で、カナダで逮捕。2019年5月、当時のトランプ大統領はファーウェイなどに対し、アメリカ政府の許可なく電子部品などを販売するのを禁止する大統領令に署名しました。
経済産業省内では、こうした動きが加速すると、日本が11%を依存する中国からの半導体が手に入らなくなるリスクを警戒しました。さらに中国と台湾の緊張が高まったりすれば、33%を依存する台湾からの半導体も入手できなくなくなるリスクが高まる。そうなれば日本の産業は空洞化してしまうのではないか。

官僚たちはこのとき、強い危機感を覚えたと、私たちの取材に心境を吐露しています。
経済産業省の担当者たちは2019年ごろからTSMCに接触を始め、日本への工場誘致を水面下で呼びかけました。反応はまずまずでした。

台湾メーカーも日本での工場建設に関心を示していたとして、交渉をさらに進めます。

まさかの“はしご外し”

2020年5月、担当の官僚は飛び込んできたニュースに目を疑いました。TSMCが新たな生産拠点をアメリカ西部・アリゾナ州に建設すると発表したのです。

メーカー側から経済産業省に日本での工場建設を断る手紙が届き、担当者はがっくりと肩を落としたといいます。

このとき、アメリカ政府は工場の建設費などのため、メーカーに数千億円規模の補助金を出す意向を伝えていました。グーグルやアップル、アマゾンなどがあるアメリカでは最先端の半導体需要が今後も伸びていくことが予想されますが、日本では先端半導体の需要がそこまであるとは思われなかったのでしょう。

結局、「需要+強力な政府支援」、どちらも日本には欠けていた要素で、まんまとトランプ政権に工場案件を持っていかれてしまったということになります。

経済安全保障の重要性を思い知らされることになりました。

諦めるのはまだ早い

“ここで諦めては日本の半導体産業の地盤沈下は止まらない”

官僚たちは後工程と呼ばれる、半導体をチップに切り分けるなどの工程を誘致しようと食い下がりました。
前工程に比べれば産業への波及効果は小さいものの、日本には幸い、後工程に関連する技術で世界トップを誇る企業が残っていました。担当者たちはこうした企業とTSMC側を取り持ち、ことし2月に茨城県つくば市にある国の産業技術総合研究所への研究開発拠点設立にこぎ着けました。

思わぬ追い風が吹く?

この頃、日本には想定外のことが起きました。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴ってサプライチェーンが混乱し、世界中で半導体不足が深刻になりました。後工程の共同開発を入り口に、TSMC誘致と他国並みの資金支援に対する理解が政治や政府内で共有されていきました。

関係者の話を総合すると、直前までドイツやシンガポールなどがTSMCに秋波を送っていたということですが、日本政府の補助金も決め手の一つとなったようです。

こうして国をあげての誘致は実を結び、熊本県での工場建設が決まったのです。

最先端ではないけれどニーズはある

TSMCの熊本の工場は来年着工、2024年の稼働を目指しています。生産予定の半導体は最先端のものではありません。回路線幅が22ナノから28ナノというものです。

この回路線幅、数字が小さくなればなるほど微細になり、高性能になります。現在、最先端は5ナノ、近く3ナノが登場するというなか、22ナノから28ナノは10年ほど前の技術となります。

ただ、国内外で多くの需要があるという利点があります。自動車用、さまざまな産業機械用、そしてソニーが熊本県で生産する、画像センサーの信号を処理し、画質の向上や画像認識を行うためのものとしてもニーズがあるのです。最先端にこだわらず、需要のボリュームのあるサイズを攻めていく、世界で勝負するメーカーの冷静な判断も働いていそうです。

さまざまな産業に必要な半導体を国内で供給できるという利点は経済安全保障の観点からも大きな意味があります。

きら星メーカー、日本に引き止めよ

この半導体工場が建設されることのもう一つの意味は、関連の部材メーカーや装置メーカーが国内に残りやすくすることにあります。

日本の半導体メーカーそのものはグローバルな競争環境のなかで残念ながら多くが周回遅れとなってしまっていますが、半導体をつくるために欠かせないウエハーと呼ばれるシリコン製の土台や、半導体製造装置の分野では信越化学やSUMCO、東京エレクトロンやアドバンテストといった世界トップクラスの企業が少なくありません。
ただ、こうした世界トップのメーカーは日本企業だけと取り引きしているわけではなく、アメリカや台湾、韓国、中国などのメーカーにも製品を納めています。

経済産業省も、軸となる半導体工場が国内にないと、こうしたきら星のようなメーカーはいずれ日本から出て行ってしまうリスクがあるのではないかと危惧していて、その観点からも国内に大きな半導体工場ができる意味は決して小さくないといいます。

課題はデジタルの需要づくり

課題はTSMCと、取引先になる日本の産業とのwinwinの関係が続くかどうかです。

ボストンコンサルティングとアメリカ半導体工業会がまとめた興味深いデータがあります。国や地域別に半導体を消費=使用している比率は、アメリカが25%、中国が24%、EUが20%ですが、日本はわずか6%にとどまっています。

日本でデジタル化が遅れ、半導体を使う製品の需要が増えなければ、せっかく日本国内で生産されたとしてもその半導体は宝の持ち腐れになってしまいます。需要が増えなければTSMCがそのまま製品を海外に輸出することを考えても何ら不思議ではありません。

国も、先端半導体を多く使うデータセンターの国内立地を推し進めるための支援制度の検討を始めるなど、需要を生み出す取り組みを模索しています。

巨額の税金を補助金として投入するとなれば国民からすれば目に見える成果も必要となります。果たしてTSMC日本進出がきっかけとなり、日本の半導体産業が国際競争力を高めていけるのか、私たちの暮らしを豊かで安定的なものにしてくれるのか、これからが正念場となります。

※2021年10月22日のビジネス特集「TSMC日本進出の舞台裏は?」に大幅に加筆修正して再び掲載しました。
経済部記者
仲沢 啓
2011年入局
福島局 福岡局を経て
現所属で
経済産業省・
金融業界を担当