長野県と同じ広さの森が消えた

長野県と同じ広さの森が消えた
アマゾンの熱帯雨林が危機にひんしています。多くの酸素を生み出すことから“地球の肺”とも言われる重要な存在ですが、年々伐採が進み、この1年で失われた森は長野県と同じ面積に達します。アマゾンをどう再生するのか。かつてブラジルに移住した日系人たちの農法が、期待を集めるようになっています。(サンパウロ支局 木村隆介)

消失が加速するアマゾン

11月、アマゾンの熱帯雨林のおよそ3分の2が広がるブラジルに、衝撃が走りました。

衛星データから推計された熱帯雨林の消失面積が7月までの1年間で1万3235平方キロメートルに達すると、国立宇宙研究所が発表したのです。

これは長野県に匹敵する広さで、しかも前年と比べて20%あまり増えていました。
アマゾンの熱帯雨林の消失はいったんは減ったものの、その後再び、加速しています。

1年あたりの消失面積はこの10年でおよそ3倍になりました。

アマゾンの開発を重視するボルソナロ政権が発足した2019年以降は、3年連続で1万平方キロメートルを上回っています。

ブラジル政府は対策強化を強調するが…

こうした状況に、ブラジルのレイチ環境相は、イギリスで11月に開かれた国連の気候変動対策の会議・COP26で、アマゾンの熱帯雨林の違法伐採を防ぐため、森林の監視態勢を強化する考えを表明しました。

違法伐採対策の予算を増やし、森林の保護を担う人員や新たな機材の導入を進めるとしています。

そして森林の違法伐採をゼロにする期限を2年前倒しし、2028年までに達成するとしています。

ボルソナロ大統領も「われわれは問題を起こす側ではなく、問題を解決する側にいる」と、前向きに取り組む姿勢です。

ただ現地では、環境団体がボルソナロ政権の対策は甘いと批判を続けるなど、緑が失われ続けることへの焦りといらだちは収まっていません。

森を育てる農業 “アグロフォレストリー”

森林破壊を食い止め、森を育てていくにはどうすればよいのか。

解決策のひとつと注目されているのが、100年近く前にブラジルの熱帯雨林に移住した日系人たちが発案した農法です。

「農業(Agriculture)」と「林業(Forestry)」の2つの単語を組み合わせて、“アグロフォレストリー”と呼ばれています。

NHKの支局があるサンパウロから飛行機で約4時間。

アマゾンの河口の都市ベレンで車に乗り換えてさらに4時間。

内陸のトメアスでこの農法を実践している日系人のもとを訪ねました。
案内してくれたのは日系2世の乙幡敬一さんです。

農園は一見すると森のように見えます。

そこにはバナナやカカオ、コショウなど、数十種類の作物が植えられています。

かつてこの地に移住した日系人たちは、原生林を開拓し、コショウを栽培していました。

しかし1960年代以降、病害でコショウが次々に枯れ、全滅してしまう被害を受けました。

そこで、作物をフルーツなどにも広げて生産を多角化したのです。

森を育てる農法

多くの作物を一緒に植えることでどんなメリットがあるのでしょうか。

単一栽培と違って、ひとつの作物に病害が発生しても、ほかの作物は栽培が続けられます。

さらに重要なのは、それぞれ違った特性を持つ作物が補い合うしくみができることだといいます。

例えば、チョコレートの原料になるカカオと、ブルーベリーのような実をつけるアサイーの組み合わせ。
背の高いアサイーの葉は、直射日光に弱いカカオのために、日陰をつくります。

せんていされたカカオの葉は、地面に落ちてアサイーの肥料になります。

こうすることで緑がだんだん豊かになり、熱帯雨林の環境の保全につながるといいます。
乙幡さん
「成長の速度が違う作物を植えることで、収穫をしながら土壌が豊かになっていくのがアグロフォレストリーのいちばん良いところです。短期・中期・長期のプロジェクトによって、森を育てていくのです」

世界各地のニーズにも対応

多くの作物を同時に作ることは、地域経済にもプラスになっています。

現地の農業組合は、日本のJICAの支援も得て、農産物を加工する工場を設けています。

この日、作られていたのは、収穫されたばかりのアサイーを使ったジュースです。

日本やアメリカ、ヨーロッパなどに輸出され、人気を集めています。

さまざまな種類の作物を栽培していることで、世界各地のニーズに対応しやすいといいます。
乙幡さん
「最初はパッションフルーツ、その次にアセロラやカカオの仲間のクプアスがブームになり、今はアサイーが一番の人気ですね」

“炭素クレジット”で導入資金を獲得

アグロフォレストリーには課題もあります。

作物の種類が増える分、人件費や農機具のコストがかさむのです。

そこで農業組合は、資金を得る有力な手段として“炭素クレジット”の活用に乗り出しています。
炭素クレジットは、森林や畑などを通じて減らした二酸化炭素の量をクレジットとして発行し、企業などがそれを買うしくみです。

温室効果ガスの排出をめぐり厳しい目を向けられている企業にとって、クレジットを購入すれば、みずから排出した分を計算上、帳消しにできる利点があります。

炭素クレジットの市場規模は、2015年からの5年間で3.8倍に急拡大しています。

現地の農業組合はまず、試験的に87ヘクタール分の農園について、衛星から得られるデータなどを活用して削減できる二酸化炭素の量を算出し、炭素クレジットを発行しました。
このクレジットは、アメリカの大手IT企業に日本円でおよそ50万円で売却できました。

次に目指すのは、炭素クレジット市場で正式な認証を受けることです。

実現すれば、前回の数十倍、5000ヘクタール分のクレジットの発行が可能になる見通しです。
乙幡さん
「炭素クレジットを日本や外国の企業に売って、もっと増やしていく。そうすれば農業者の収入も良くなって、生活も安定する。森みたいな自然な形で、25年、30年と収入が得られるのがベストではないでしょうか」
乙幡さんたちが森林再生の先行事例として注目しているのは、中米のコスタリカです。

コスタリカでは1990年代、森林伐採が世界有数のペースで進んでいましたが、国を挙げてアグロフォレストリーに取り組んだ結果、国土の5割以上が森林に覆われるまでに回復したということです。

ブラジルの日系人たちが育んできたアグロフォレストリー。

熱帯雨林の消失のペースがますます加速しているだけに、炭素クレジットを活用した新たなビジネスモデルの構築に大きな期待が寄せられています。
サンパウロ支局長
木村 隆介
2003年(平成15年)入局
ベルリン支局、経済部などを経て、現在は中南米の取材を担当