水道支える橋が“崩落” リスクはなぜ見落とされた

水道支える橋が“崩落” リスクはなぜ見落とされた
10月、和歌山市で大規模な送水用の橋「水管橋」が崩落したあと、現地に向かった専門家が撮影した、1枚の写真。

残った部分を支える部材がところどころで破断している様子を捉えていた。

さらに崩落が起きかねない状態だったが事故が起きるまで、異変には誰も気がついていなかった。

リスクはなぜ、見落とされたのか。愛媛県の専門家が解き明かした事実とその後の取材によって、私たちの心に潜む“死角”が見えてきた。

(松山放送局記者 清水瑶平)

予兆もなく起こった崩壊 引き金は?

「水管橋」は水道や工業用水などに使う水を送るための「橋」で、全国に数多く設置されている。

10月3日、和歌山市でおよそ500メートルに及ぶ大規模な「水管橋」が突然、崩落した。
幸いにも人的被害はなかったがおよそ6万戸、市内の4割近くが断水するなど影響は深刻だった。

引き金になったのはいったい何だったのか。

愛媛大学でインフラの防災対策などを研究している森伸一郎准教授は、その詳しい原因を探ろうと現地で調査を始めた。
国土交通省が公開した監視カメラの映像では予兆もなく真っ二つになって崩れ落ちている。

注目したのは「ひし形」のようになっている崩れ落ちる時の形だった。
森准教授
「アーチの頂上と底が離れてしまっている。これは、真ん中の“つり材”が切れていることを意味している」
崩壊した水管橋は水が通る「配管」の部分を「アーチ」や「つり材」で支える構造だ。
真ん中の「つり材」が切れたことで配管を支えきれずに崩落し、「ひし形」になってしまったというのが森准教授の分析だった。
「つり材」はボルトなどの留め具で固定されていて、そうした部分には雨水や鳥のふんがたまりやすい。

そのため、さびの原因となってつり材を腐食させるということは十分に考えられるという。

“いつ落ちてもおかしくない”

さらに詳しい状況を調査するため、崩落の2日後に和歌山市に向かった森准教授は信じがたい光景を目にする。

崩落せずに残っている部分のつり材のうち、4本が完全に断裂している状態だったのだ。
森准教授
「完全に間があいている。ショッキングでした。誰が何を言うまでもなく、一目でわかる。もういつ切れてもおかしくない状態だった」
このまま放置していてはさらなる事故にもつながりかねない。

森准教授はすぐに管理者の和歌山市に連絡を入れ、市も翌日の6日にドローンによる調査で破断を確認した。

崩落に「つり材」が関わっている可能性を裏付ける、衝撃的な光景だった。

リスクは見落とされ続けた

だが、森准教授はさらに驚くべきことを言った。

「このつり材は、切れてからかなり時間がたっている可能性が高い」
切れたつり材の断面はさびの上にさびが重なって「層状」になっていた。
森准教授
「1か月、2か月じゃこうはならない。もう1年ほどにわたって破断していたんだろうと思われる」
森准教授が地図アプリの機能を使い、過去の水管橋の状況を調べたところ、去年12月、崩落の10か月前の段階でもつり材が切れていたことがわかった。
和歌山市では月に1回の定期点検を行っており、崩落の前月、9月にも点検されていたが異常は見つかっていない。

明らかなリスクが、長期間にわたって見落とされていた可能性がある。

和歌山市の尾花正啓市長は事故の直後、「目視点検で確認することができなかった。検査が甘かったと言わざるを得ない」と不備を認めた。

心の“死角”に?

「このような明らかな破断がなぜ発見できなかったのだろう」

私は研究室で写真を見せてもらった時からその疑問を持ち続けていた。

取材を進めると、水管橋のリスクは、和歌山市だけにとどまらない可能性が浮かび上がってきた。
松山市でも市内にある87か所の水管橋の管理・点検を行っている。

だが、点検のメインはあくまで水が流れる「配管」の部分なのだという。
池田センター長
「配管にさびがあったり損傷があったりすると漏水のリスクがあるので水道管本体を確認しないといけないという意識が強くありました。“つり”の部分を特別視していたということはありませんでした」
同行することで、点検の詳細がわかってきた。

水道を管理する人たちにとって、最も重要なのは「漏水がないかどうか」である。

ゆえに「配管」には気を配るが、ほかの部分については相対的に重要度が低くなる。

いわば“死角”となっていたのではないか。


松山市が点検の際に使う「チェックシート」にもそれは表れていた。
職員は2人1組で指さし確認しながら、漏水やさびの有無などを点検し、「チェックシート」に書き込んでいく。

だがチェックシートに「管体」「空気弁」などの項目はあるものの「つり材」「アーチ」などは見当たらない。

「継手部」という項目にまとめられているのだという。
市の担当者からは強い危機感が感じられた。
松山市水道管路管理センター 池田哲也センター長
「いったん破断が起きると市民の方に大変なご迷惑をかけてしまう。早急に点検頻度やチェックの方法を見直していかなくてはならない」

すでに“点検表”見直しも

松山市だけではなく、愛媛県も独自に点検態勢の見直しを進めている。
県は工業用水用の水管橋15か所を管理しているが、松山市と同じく、チェックシートには「つり材」の文言はなかった。

だが、事故を受けてすぐに方法の見直しに着手していて、検討中の新しいチェックシートの項目には「つり材」が加わった。
さらにこれまで1つだった「アーチ部」の項目も4つに増えていて、「配管」以外の部分も重点的に点検しようという意図がわかる。
野口主幹
「やはり送水管を中心に視線が行っていた部分はあります。こうして記録としてきっちり残し、意識していくことで点検を改善していけるかなと思っています」
こうした改善の動きがどれほど広がっているのか検証するため、わたしたちは愛媛県の自治体すべてにアンケートを行った。
その結果、小規模なものを含め、県内にある水管橋は少なくとも300余りに上ることがわかった。

そして水管橋を管理している市と町のうち約6割が点検に課題を感じ、約7割が事故をきっかけに水管橋の点検方法を見直す予定であることが明らかになった。
アンケート結果
※愛媛県内で水管橋を管理する16の市町のうち
▼点検に課題を感じている…62%(10市町)
▼点検方法を見直す…69%(11市町)
「目視点検に限界」

「職員ごとに診断にばらつきがある」
そうした声が相次ぎ、事故をきっかけに初めて課題に気がついたという自治体もあった。

老朽化進むインフラ“死角”をなくすために

この取材を開始して「水管橋」というものの存在を初めて意識した。

松山市内の川沿いを歩いてみると水管橋がいくつかあることに気がつく。
橋の上には「川鵜」や「しらさぎ」などの鳥が並んでとまっていて、「鳥のふんが腐食の原因になったのでは」という森准教授の言葉を思い出す。

目には入っているはずなのに、意識しないと見つからない。

誰にでも“心の死角”はあり、思わぬ事故というのはいつもその隙間で起こってしまう。

愛媛県内の自治体と同じように、全国の水道の管理者が事故をみずからの教訓として、維持管理の態勢を徹底的に見直し、二度と同じことが起こらないよう努力をしていかなくてはならない。

水管橋を含めたインフラ設備は全国的に高度経済成長期に作られ、建設から40年、50年が経過しているものが多く、耐用年数を超えたものも増えてきている。
老朽化が進むインフラをどう管理し、人々の生活と安全を守っていくのか。

“心の死角”が同じような事故を引き起こすことがないよう、今後も問いかけ続けていきたい。
松山放送局記者
清水瑶平
2008年入局 初任地は熊本
その後社会部で災害報道、スポーツニュース部で相撲・格闘技を中心に取材 2021年10月から松山局 学生時代はボクサー