小田急 子ども運賃一律50円 “大胆値下げ”決断の背景

小田急 子ども運賃一律50円 “大胆値下げ”決断の背景
“子どもはどこまで乗っても50円”(IC乗車券の場合)
11月、首都圏の鉄道会社が驚きの運賃施策を打ち出しました。コロナ禍に伴う旅客需要の落ち込みで、鉄道各社は厳しい状況に直面しています。そんななかでの、大胆な運賃値下げ。そのねらいは、いったいどこにあるのでしょうか。(経済部記者 横山太一)

驚きの運賃施策を発表

新たな運賃施策を打ち出したのは、首都圏の大手私鉄、小田急電鉄です。

“子どもはどこまで乗っても50円”

大人の運賃の半額に設定されている12歳未満の子ども運賃について、来年春から、IC乗車券を利用した場合、すべての区間で一律に50円にすることを決めたのです。

値下げでどれだけ安くなる?

東京・新宿と神奈川県西部に位置する小田原などを結ぶ小田急電鉄。

沿線には、多くの高校や大学も立地し、1日平均で143万人(2020年度)が利用しています。

IC乗車券を利用した場合、現在の子どもの初乗り運賃は63円。

一律50円になると、運賃は13円安くなります。

さらに遠距離になるとどうでしょうか。

「新宿」から神奈川有数の観光地・江の島に近い「片瀬江ノ島」までは従来は319円。

8割以上の値下げです。

最も遠距離の「新宿」から「小田原」間の場合、従来は445円。

実に9割近い値下げとなります。

大幅値下げ 経営は大丈夫?

一方、鉄道各社は、コロナ禍による利用客の減少で、どこも厳しい経営状況に直面しています。

小田急電鉄も例外ではありません。

2020年度の運輸収入は778億円。

コロナ前の2019年度と比べると、3割以上も減少しました。

在宅勤務の広がりで、通勤客は減る傾向にあり、今後、利用客がコロナ前の水準に戻るのか、先が見通せない状況です。

そうした中での大胆な値下げ。

経営への打撃とはならないのでしょうか?

会社が描く戦略は?

取材を進めると、会社が描く戦略が見えてきました。

会社では、今回の値下げで、年間2億5000万円程度の減収になると見込んでいます。

一方で、2018年度の運輸収入のうち、子ども運賃の占める割合は0.7%。

運輸収入に占める割合はそう大きくないだけに、値下げによる経営への影響は限定的だと見ています。

むしろ値下げによって子育て世帯を沿線に呼び込むことができれば、通勤などによる大人の利用者も増加します。

電車を使って親子でお出かけをする人が増えれば、グループが運営する観光施設や商業施設の売り上げ増加も見込めます。

長期的に見れば、運賃収入の減収分は補えるとみているのです。

会社が抱える危機感

大胆な施策の実行へと会社を突き動かしているのは、将来に向けた強い危機感です。

それが、沿線の「人口減少」です。
小田急線の沿線の自治体に住む人口の推移です。

ここ数年は増加が続いていましたが、2020年度を境に、遅くとも5年以内には減少に転じると会社では試算しています。

沿線人口の減少は鉄道収入の減少に直結します。

そのためには、少しでも早く、子育て世代を沿線に呼び込む必要があると考えているのです。
平塚さん
「コロナの危機による会社の収益悪化は、非常に大きなものだが、その一方で、短期的なもの。長期的な意味では、沿線の人口確保のために、今回の施策は必ず必要だと決断に踏み切った。線路が長いので、どこに行っても同じ価格でお出かけいただけるのが魅力になる」
運賃引き下げの検討は、3年前から水面下で進んでいました。

会社では、社内に入社10年目までの若手を中心としたプロジェクトチームを設置。

子育て中の社員も加わり、子育て世帯に必要なサービスや施策は何か、議論を重ねてきたのです。

会社では、去年とおととし、運賃引き下げを見すえたある実証実験を行いました。

小学生を対象にした、100円で乗り放題となるイベントの実施です。

新型コロナの影響がなかったおととしの切符の販売枚数は8100枚あまり。

コロナ禍に見舞われた去年はおよそ5500枚にとどまったものの、会社では、イベントの参加者のおよそ7割が、小田急グループの商業施設などを利用したと分析。

運賃の値下げが、沿線の施設などへの集客にもつながると、確かな手応えを感じたと言います。

新運賃どうして50円?

値下げ後の運賃をいくらにするか。

現在の子どもの初乗り運賃は、IC乗車券を使うと63円。

値下げのインパクトをアピールするため、きりのいい50円に決めました。

会社によりますと、子ども運賃を継続的に大人の運賃の半額以下に一律で値下げするのは、全国でも初めてだということです。

その一方、プロジェクトチームでは、沿線に子育て世帯を呼び込むため、運賃の値下げ以外にも、さまざまな取り組みを進めています。
例えば、ベビーカーのシェアサービス。

電車内にベビーカーを持ち込む際には、周囲の乗客の反応が心配だ、という人も多いと思います。

そうした人が、電車にベビーカーを持ち込まなくてもよいよう、行き先の駅でベビーカーをレンタルできるサービスです。

新宿駅や神奈川県内の新百合ヶ丘駅など3つの駅で、12月から本格的に運用が始まりました。
今後は、子ども連れの人でも安心して乗車できる車両の導入も検討しています。

その名も「子育て応援トレイン」。

「車内で子どもが泣き出した際、周りの視線が気になって途中下車したことがある」という社員の声を受けて、検討が始まりました。

子育て中の人も気兼ねなく電車に乗ることができるよう、車両には「子育て中の人を温かく見守りましょう」などと呼びかけるポスターを貼る計画です。
小田急電鉄 平塚さん
「若い世代のかたが幸せに住んでいただける沿線として、子育てしやすい沿線だという点を、うまく訴求していきたい」

高架下の“駅近”に子育て施設

子育て世代をターゲットに据えた動きは、ほかの鉄道会社でも進んでいます。

東京・渋谷から神奈川県にかけてのびる田園都市線など、8つの路線をもつ東急電鉄は、子育て環境の充実に力を入れています。
その1つが、「高架下」を活用した保育園や放課後児童クラブの整備です。

この会社では、去年までに4つの沿線にあわせて7つの保育園と放課後児童クラブを設置しました。

高架下の施設の最大の売りは、なんと言っても“駅からの近さ”。

私が訪れたのは、大井町線沿線にある放課後児童クラブです。

駅からは徒歩3分。

高架下ということで、上を通過する電車の音が気になるのではないかと思いましたが、実際に取材に訪れてみると、元気な声ではしゃぐ子どもたちの声に電車の音がかき消されて全く気になりませんでした。

さらに、高架下の土地は鉄道会社が所有していることから、近隣の施設よりも広く作れることもメリットです。

この施設ではスタッフが小学校まで迎えに行くサービスも行っていて、送迎用の車の駐車場としても高架下を活用していました。

子どもが放課後児童クラブを利用しているという女性は、「駅からも遠くないので便利です。子どもが2人いるので施設が駅から離れていると、送り迎えが大変になるので厳しいです」と話していました。
水鳥さん
「共働き世帯が増えるなかで駅近くの子育て環境を充実させることは、沿線に住んでもらえるかを左右するほどに重要だと考えている。駅員と交流するイベントを開くなどして、子どもたちに沿線に愛着を感じてもらえたらうれしい」

沿線の魅力向上 生き残りのカギ

新型コロナウイルスや人口減少などの課題に直面する鉄道会社。

鉄道ジャーナリストの梅原淳さんは、沿線のさらなる魅力向上が会社の生き残りのカギになるといいます。
梅原さん
「少子高齢化で減っているファミリー層を自社の沿線に取り込みたいというのは、各社共通に抱えている悩みとなっています。沿線が発展しないと、鉄道の利用も増えないということで、沿線に住むことの魅力をアピールする競争は、ますます激しくなってくると思います」
鉄道会社の間では、子育て世帯だけでなく、長く沿線に住んでくれている高齢者をターゲットにした施策を打ち出す動きもあります。

沿線の人口減少は、首都圏の多くの鉄道会社が直面する共通の課題です。

利用者獲得のための新たな動きを、今後も取材していきたいと思います。
経済部記者
横山太一
平成25年入局
富山局や高松局を経て11月から現所属で国交省担当