鉄くずが 黄金に!?

鉄くずが 黄金に!?
ある商社の社員は、こうつぶやきました。
「“鉄くず”が“黄金”のような存在になってしまったんです」

ものづくりの現場に欠かせないスクラップなどの鉄くず。
しかし、まさかの価格高騰で、手に入りにくくなっているというのです。
要因は、私たちの暮らしと切り離せなくなった“あの問題”でした。
(経済部記者 中野陽介)

“鉄くず” が記録的高騰

私が、ものづくりの現場で起きている“異変”に気づいたのは、先月、静岡県内の工作機械メーカーを訪れたときのこと。
世界的な半導体不足の影響について尋ねてみると、意外なことばが返ってきました。

「半導体も不足しているんだけど、今は『鋳物』が手に入らないんですよ…」
「鋳物」とは、金属を溶かして型に流し込み、冷やして固めた金属部品のこと。
自動車や家電などあらゆる製品の土台となる、ものづくりに欠かせない部品です。
その主な原料となるのが、スクラップや鉄を加工した際の切れ端などの“鉄くず”です。

天然資源に恵まれない日本ですが、スクラップなどの“鉄くず”は、工業大国の日本が他国の影響を受けることなく確保できる貴重な資源のはず。

しかし、メーカーの取引先の鋳物製造会社を訪ねると、これまで経験したことがないという鉄くず価格の高騰に直面していました。
武村社長
「去年は1キロ30円台で買っていたものが、今は70円台に上がりました。うちの会社は創業110年になりますが、これほど急激な値上がりは経験したことがありません」
関東・中部・関西の3地区で取り引きされた鉄スクラップの平均価格の推移です。

新型コロナの感染が拡大し始めた去年4月は1トン当たり1万8500円だった価格が、ことし10月には5万6300円。
実に3倍以上に値上がりしています。

鉄くずは“グリーン素材”

なぜ、鉄くずの価格が高騰しているのか。
取材を進めると、世界的に加速する大潮流が背景にあることがわかりました。

「脱炭素」です。
先月までイギリスで開かれていた国連の気候変動対策の会議「COP26」では、世界の平均気温の上昇を1.5度に抑える努力を追求するとした成果文書を採択。

世界各国が競うようにカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量の実質ゼロ)の目標を打ち出しています。

こうした中、特に対応が急がれているのが『鉄鋼業界』。
鉄鋼業界から排出される二酸化炭素の量は、国内全体の14%を占めています。
鉄の製造は「高炉」で鉄鉱石と石炭由来のコークスを混ぜて溶かす方法で生産されるのが一般的でしたが、この方法だと大量の二酸化炭素が出ます。

そこで注目されているのが「電炉」。
“鉄くず”を電気の熱で溶かして再利用する製造方法で、これなら鉄の製造時に出る二酸化炭素を最大で7割程度、減らせるといいます。

脱炭素の動きが加速する中、鉄くずは、いわば“グリーン素材”として一躍、脚光を浴びる存在になっていたのです。

“電炉シフト”にかじを切る中国

日本国内の大手鉄鋼メーカーも相次いで鉄くずの再利用に乗り出していますが、この“電炉シフト”に大きくかじを切っているのが、中国です。
中国の習近平国家主席は、去年9月の国連総会で「2060年までに二酸化炭素の排出量の実質ゼロを実現できるよう努力する」と宣言。
それに向けて、「電炉」での鉄鋼生産の割合を今の2倍に引き上げる目標を掲げました。

このため大量の鉄くずが必要となった中国は、国内だけでは調達しきれず、海外からも買い集めるようになっていたのです。
特に、良質で割安とされる日本の鉄くずは需要が急激に増加。
日本から中国への「鉄スクラップ」の輸出量は、去年は1万6000トン余りでしたが、ことしはすでにおよそ37万トンと、23倍に急増しています。
武村社長
「中国は北京オリンピックを手前に控えている中で、一生懸命、脱炭素の動きを強めています。こうした中でわれわれのような中小メーカーは高い素材を買って製品を作るか、それとも作るのをやめるか、現場にはこの2つの選択肢しかないんです。コストダウン一辺倒でやってきた日本には、もはや高いモノを買う力がありません。このままでは日本でものづくりを続けられなくなるんじゃないかと不安です」

グリーン+インフレーション=『グリーンフレーション』

脱炭素につながるモノを世界中で奪い合うことによって引き起こされる価格の高騰。

「グリーン=Green」と、継続的に物価が上昇する「インフレーション=Inflation」を合わせて「グリーンフレーション=Greenflation」と呼ばれています。
価格が高騰しているのは“鉄くず”だけではありません。
例えば最近の「銅」や「アルミニウム」の高騰は、太陽光発電の設備や電気自動車の材料として多く使われ、脱炭素で世界的に需要が高まっていることが要因のひとつになっています。

また、石炭や石油など化石燃料への依存を減らすヨーロッパなどでは、二酸化炭素の排出量が比較的少ない「天然ガス」の価格が過去最高値の水準まで高騰。
電気代やガス代の値上がりを通じて、家計を直撃しかねません。

牛肉や豚肉まで…

取材を進めると、驚いたことに「グリーンフレーション」の影響は食品にまで及んでいることがわかりました。

世界最大のトウモロコシの産地・アメリカ。
先月、日本の大手総合商社の現地駐在員が取引先の農家のもとを訪ねると、示されたトウモロコシの価格は、コロナ前から60%も上昇していたといいます。

価格高騰の理由の1つが、トウモロコシを主な原料とする「バイオエタノール」の需要拡大。
「バイオエタノール」を車の燃料にすれば、ガソリンよりも二酸化炭素の排出量が少なくなるため、脱炭素につながるとしてアメリカ国内で注目度が上がり、相場を押し上げていたのです。
日本は多い年でトウモロコシの9割をアメリカから輸入し、多くは牛や豚の餌に使われています。
脱炭素によるトウモロコシの値上がりは餌代の高騰につながり、ついには牛肉や豚肉の値上がりの要因になります。

いち早く経済活動が再開した中国で豚肉の需要が拡大したことも、トウモロコシの価格高騰に拍車をかけていました。

大手総合商社の担当者は、次のように話します。
「世界的な物価上昇が起こっていて、この波、トレンドは変わらないと思います。食料自給国ではない日本としては非常に危機感を持たなければいけない状況です。特に中国の動きは大きく価格に影響してくるので、彼らの動きの情報をいち早くキャッチしていくことが大事だと思っています」
世界的な脱炭素の動きを背景にした、さまざまなモノの価格高騰。
専門家は「グリーンフレーションは一過性の現象ではない」と指摘しています。
「脱炭素について、多くの国が2035年から2060年という、かなり先の将来的な目標を掲げています。このため価格の上昇は長期化する可能性があります。資源や原材料などの多くを海外に依存している日本では“買い負ける”ことによって負担感が増し、所得の海外流出が拡大することを意味します。こうした悪い物価上昇が続けば、世界に先行された景気回復がさらに遅れる要因になりかねません」

差し迫った問題にどう対応するか

日本のものづくりの現場に欠かせない“鉄くず”の高騰から見えてきたのは、世界的に加速する脱炭素の動き、そして世界有数の経済大国となった中国の動向など、もはや日本経済にとって切り離すことができない問題でした。

取材を通じて改めて強く感じたこと。
それは、脱炭素はカーボンニュートラルの目標年である2050年に向けた課題ではなく、今まさに、私たちに差し迫った問題だということです。

これまでの常識が通用しない異常事態にどう対応していけばいいのか。
今後も現場の課題を注意深く見つめていきます。
経済部記者
中野陽介
2008年入局
金沢局、宮崎局、
スポーツニュース部を経て
経済部遊軍担当