松坂大輔 引退セレモニー イチロー登場で涙【あいさつ全文】

プロ野球、西武の松坂大輔投手の引退セレモニーが行われ、「最後は普通に投げられなくなるまで野球を続けることができて幸せでした」とファンに感謝の気持ちを伝えました。セレモニーにはイチローさんがサプライズで登場し、松坂投手の日米通算23年間の現役生活をねぎらいました。

“23年間 本当にありがとうございました”

41歳の松坂投手の引退セレモニーは、4日埼玉県所沢市にある本拠地のメットライフドームで行われました。
松坂投手は入団当時の監督の東尾修さんなどから花束を受け取ったあと、ファンに向けて「僕が投げてきたことで、少しでもファンが喜んでくれて勇気やパワーを送ることができていたなら、こんな姿になってもまだまだ投げ続けたいと思いながらやってきて本当によかった。最後は普通に投げられなくなるまで野球を続けることができて幸せでした。23年間、長いあいだ支えていただき、前に進むために背中を押していただき、本当にありがとうございました」と感謝の気持ちを伝えました。
そして、松坂投手がグラウンドを1周しファンに別れを告げたあと、名勝負を繰り広げてきたイチローさんがサプライズで登場し、花束を手渡して日米通算23年間の現役生活をねぎらいました。

セレモニーのあと松坂投手は「最後にイチローさんに声をかけてもらって、これまでやってきてよかったと改めて思った。全部は言わないが、『お疲れさまでした』と『長いあいだよく頑張った』ということばを聞いた瞬間に一気に涙が出た。選手として着るユニフォームはきょうが最後だと思っていたし、最後にライオンズのユニフォームで18番をつけることができて本当にいい最後だったと思う」と話しました。

イチローさん“僕にはこんなやり方しかできません”

セレモニーの最後には球場内のモニターにイチローさんが映し出され、「大輔、どんなことばをかけていいのか、なかなかことばが見つからないよ。だから僕にはこんなやり方しかできません。許せ大輔」というメッセージを送ったあと、本人がサプライズで登場しました。

そして花束を渡して23年間の現役生活をねぎらうと松坂投手は涙を浮かべていました。
平成11年の5月に当時オリックスでプレーしていたイチローさんはルーキーだった松坂投手と初めて対戦し、3三振を喫しました。

この試合では、松坂投手が試合後のヒーローインタビューで「きょうで自信から確信に変わりました」という名言を生み出し、プロ野球史に残る名勝負として語り継がれています。

2人は大リーグでも何度も対戦し、ワールド・ベースボール・クラシックではチームメートとして日本の2連覇に貢献しました。

【松坂大輔 あいさつ 全文】

(松坂)
まずはこのようなセレモニーを用意していただいた球団関係者の皆様ありがとうございます。そして、メットライフドームまで足を運んでくださったファンの皆様ありがとうございます。
僕は今シーズン、きょうをもちまして23年間の現役生活から引退します。

野球と一緒で物覚えが悪いので紙を見ながら話してもいいですか。
2006年のポスティングでアメリカに行くときに、ファン感謝デーの日だったと思うんですけど、選手会長だったということもあり最後に挨拶する機会があったんですけど、やっぱりこの場に立つとですね、忘れちゃうんですよね。

なので同じ思いはしたくないので、しっかり自分で考えた文章をですね、紙を見ながら話をさせていただきたいと思います。

野球を始めたときから応援していただいているかた、ライオンズに入団してから応援していただいているかた、けがをしてから応援していただいているかた、たくさんのかたに支えてもらいました。
本当に長い間ありがとうございました。

僕の現役時代の原動力は、応援していただいているかたに喜んでもらいたいと思い頑張ってきました。

「one for all,all for one」ということばがありますが、「one for all.1人はみんなのために」、僕はこのことばを胸に刻み、投げ続けてきました。

僕が投げてきたことで、少しでもファンのかたが喜んでくれたり勇気やパワーを送ることができていたのなら、こんな姿になっても、まだまだ投げ続けたいと思いながらやってきて本当によかったと思います。

小さいころから投げること、打つことが大好きで、引退する直前までもっと投げたい、もっとみんなと勝ちたいと思っていた僕ですが、最後は普通に投げられなくなるまで野球を続けることができて本当に幸せでした。

プロ生活の後半は故障ばかりでしたけど、僕を産んでくれ育ててくれた両親に感謝しています。

小さいときから、常に僕と比較され、苦しい時期を過ごしたこともあった弟にも感謝しています。

若いときから引退するときまで、僕のわがままを許してくれた、妻、子どもたちにも感謝しています。

妻のお母さん、天国で見守ってくれている妻のお父さんにも感謝しています。

ただ、ここまで来る中でたくさんのかたに、たくさんの不満や迷惑をかけてきたことも事実です。改めて申し訳ありませんでした。

こんな僕に投げる場所を与えてくれたライオンズ、ホークス、ドラゴンズ、レッドソックス、インディアンス、メッツ、そしていつも僕の気持ちを奮い立たせてくれたファンの皆様、感謝しています。ありがとうございました。

そして、これからもプレーしていく選手の皆さんへ。
誰でもいつかやめる日が来ます。選手の時間は無限ではありません。
悔いの残らないように日々を過ごしてください。

引退試合の時にも言いましたが、トレーニング、体のメンテナンスには十分お金をかけてあげてください。
それがいつか自分にいい結果として返ってくるはずです。

もしそれが結果に結びつかなかったとしても、一生懸命考え、実践したことは、無駄にはなりません。

23年間やってきた中で、たくさんのうれしい経験、悔しい経験をしてきましたが、いつでも悔しい経験のほうが強く残っています。
その悔しい経験をばねに僕は挑戦してきました。
それは自分で自信をもって誇れる部分だと思っています。

今の結果に満足している選手は誰1人としていないと思いますが、そのときそのときの結果に満足することなく、うれしい経験、悔しい経験をたくさん積み重ねて信念を持って上を目指していってほしいと思います。

その経験、思いをこれからの世代に紡いでいくことができれば、またライオンズの黄金時代がやってくるのではないかと思っています。

これからは1人の野球ファンとして埼玉西武ライオンズの明るい未来を楽しみにしています。

最後に改めて23年間、長いあいだ支えていただき、前に進むために背中を押していただき、本当にありがとうございました。

球場前駅にメッセージボード

プロ野球、西武の松坂大輔投手の引退セレモニーに合わせて西武鉄道の西武球場前駅には松坂投手へのメッセージボードなどが設けられました。
松坂投手の引退セレモニーに合わせて埼玉県所沢市にある西武の本拠地の最寄り駅、西武球場前駅では電車の時刻などを表示する電光掲示板に「松坂投手感動をありがとう」というメッセージが映しだされました。
また、4日限定で駅の5番ホームが松坂投手の背番号にちなんで18番ホームと表示されたほか、停車した列車には、メッセージボードが設けられ、訪れたファンは「また西武に戻ってきてください」とか「たくさんの感動をありがとう」などとそれぞれの思いを書いた付箋を貼っていました。

40代の男性は「同年代くらいだったので高校のときから憧れてずっと応援していました。『長いあいだお疲れさまでした』と伝えたいです」と話していました。

30代の女性は「松坂投手がイチローさんと対戦した試合が思い出に残っています。きょうは松坂投手の姿を目に焼き付けたいです」と話していました。