WEB特集

“世界最強のクライマー” 山野井泰史 困難を楽しむ生き方とは

「登山界のアカデミー賞」ともいわれ世界中の登山家にとって最も権威ある賞『ピオレドール』。
長年にわたって登山界をリードし、次世代の登山家に大きな影響を与えた人に贈られる「生涯功労賞」を、先月、山野井泰史さん(56)が日本人で初めて受賞しました。
凍傷で10本の指を失いながらも登山を続け、多くの困難を乗り越えてきた山野井さん。そのことばには、今を生きるヒントがありました。
(映像センター山岳取材班 カメラマン 田村幸英)

“世界最強のクライマー”

1965(昭和40)年生まれで現在56歳の山野井泰史さん。

これまで世界各地の大岩壁や前人未踏の山々に新たなルートを切り開き、トップクライマーとして実績を積み重ねてきました。

主な記録だけでも
1990年 南米パタゴニア フィッツ・ロイ 冬期単独初登はん

1994年 ヒマラヤ チョー・オユー 南西壁の新ルートから単独無酸素初登はん

2000年 カラコルム K2 南南東リブから単独無酸素初登はん
登山の歴史を塗り替える偉業を次々と成し遂げ、“世界最強のクライマー”と呼ばれる一時代を築きました。

1人で行動し、決断する

プスカントゥルパ峰を登る 2013年撮影
山野井さんの登山は、最小限の装備で、単独または少人数で登る「アルパインスタイル」と呼ばれる方法です。

山では誰かと相談するのではなく自分で判断し、決断して行動することにこだわってきました。
登山家 山野井泰史さん
「分かりやすい言い方だと、僕の中では修学旅行よりも、小さい1人旅のほうがいい思い出作りができるんです。みんなで景色を見るよりは、ひとりきりで何かを判断して、1人で広大な景色を見てみたいなって。そっちのほうが心に残る」
厳しい山や大岩壁と全力で向き合う時間を、独特の表現で話してくれました。
「自分の能力を最大限に引き出している瞬間が、やっぱり僕の中ではいちばん楽しいです。
幸せだなと思うのは、登頂後に下りて登ったところを見上げて、ああ、登ったんだなと思った時。何か柔らかく幸せな感じはします」

凍傷で指を失う “もう難しい登山は…”

ヒマラヤの難峰「ギャチュンカン」
しかし、山野井さんを大きな試練が襲います。

2002年、世界的な登山家で登山のパートナーでもある妻の妙子さんと、ヒマラヤの難峰「ギャチュンカン」の北壁から山頂を目指した山野井さん。

登頂を果たしましたが、下山途中で雪崩に巻き込まれました。

奇跡的に生還を果たしましたが、凍傷で手足の指を合わせて10本失いました。

山野井さんのようなクライマーにとって致命的と考えざるをえない現実。

病院のベッドにいた数日、「もう、難しい登山はいいかな」という思いが頭をよぎったと言います。

“これでおもしろい第2の人生が歩めそうだ”

妻 妙子さん(左)と山野井さん(右)
しかし、山野井さんはすぐに山に登る気力を取り戻します。

きっかけは、一緒に雪崩に巻きこまれた妙子さんの姿でした。

山野井さんより先に入院先のベッドで腹筋運動を始め、歩けるようになるとさっそく階段を上り下りし、山に行く準備を再開したのです。

妻としてはもちろん、自分のことを最もよく理解してくれる登山のパートナーの前向きな姿勢に、再び挑戦への意欲が湧いてきました。
凍傷で手足の指を10本失った
手足の指を失い握力は半分になりましたが、指の使い方や体のバランスを保つコツを身につけ、再び世界の大岩壁に挑み始めます。
山野井泰史さん
「これでおもしろい第2の人生が歩めそうだなって思いましたね。
あの頃は、僕はやっぱりピークだったと思います。そこそこ人間の能力値の限界に近いことをやっていたと思うんですよ。
指を失って、クライマーとしてはもう1回ハイキングから始めなきゃいけないわけで、またおもしろいことができそうだなって。また高みを目指していく感じを味わえるわけじゃないですか」

“命かけて遊んでますから”

標高差1300メートルの大岩壁 オルカ
指を失ってから5年たった2007年。

私は、北欧のグリーンランドにある標高差1300メートルの大岩壁に挑む山野井夫妻に同行取材させてもらいました。
目標とする大岩壁を前にして「命かけて遊んでますから」と言い切ったすがすがしい表情。

そして、厳しい登山が続き凍傷の傷口から血がにじんだり、落石がテントを直撃しても変わらない成功への意欲。
妻 妙子さん(右)とともにオルカに挑む山野井さん(左奥)
指のないハンデを克服しようと躍起になるのではなく手ごわい岩壁と向き合うことが楽しくてたまらないというようにきらきらした瞳が強く印象に残っています。

無謀にならないギリギリの目標設定

自宅近くの岩場でトレーニング
自分自身は肉体的に飛び抜けてすぐれた能力はないという山野井さん。

それでも、「これは才能があるかも…」と話してくれたのは、目標の見極め方についてでした。

全力で取り組んでなんとか克服できる、無謀にならないギリギリのラインの見極めに自信があるといいます。
いま、山野井さんはコロナ禍の影響もあって計画していたイタリアでの登山を延期しています。その代わりに、意欲的に近くの岩場に通っています。

身近なところでも目標を見つけ挑戦を続ける思いは、失われることはないといいます。
山野井泰史さん
「もう肉体的には衰えているし、故障もものすごい多いし、もうボロボロです。どんどん衰えているけれども、それに合わせて目標を設定して、そこに全力を傾けているから、そこにおもしろみがなくなっていくことはないですね。このままずっと、いい感じでおじいちゃんになっていけそうな気がします。将来は、たぶんつえをついてよっちらよっちら登ってるんじゃないですか」

取材後記

何歳になっても、環境が大きく変化しても、今の自分が全力で向き合えるやりがいのある目標を見出していく山野井さんの姿勢には、私たちの日常にも通じるヒントがあると感じました。

山野井さんの登山は常に命の危険と隣り合わせです。

私たちの日常とかけ離れたその状況について尋ねたところ、山野井さんは少しゆっくりした口調で「生きるって何なんだろうとか、人生って何だろうということを、考えさせてくれる時間は、ほかの行為よりたぶん登山は多いよね。ほかの行為より、たぶん」と答えてくれました。

「あなたは“生きること”にしっかり向き合っているか」と問われた気がしました。
映像センター カメラマン
田村幸英
1997年入局
国内外で山の取材を担当

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