大人も“加害者”?いじめSOSのメール

大人も“加害者”?いじめSOSのメール
報道番組のディレクターである私のもとに、去年、突然一通のメールが届きました。5年前に災害現場の取材で知り合った男性からでした。何かあったのだろうか…。ただならぬ雰囲気を感じてメールを読み進めると、衝撃が走りました。
「ひとり息子が小学生だった頃、同級生からいじめを受け、卒業した今も苦しんでいる」
メールは父親からのSOSだったのです。(政経・国際番組部ディレクター 堤 早紀)

メールにつづられた苦悩の言葉

“自分たちの声は届かず、周囲は取り合ってくれない”
メールにはそんな悲鳴にも似た言葉がいくつも綴られていました。
そして最後は、こんな言葉で締めくくられていました。
“我々はもはや、「自殺」するしか方法はないのかもしれません”
ただごとではない。何か異常な事態が起きている。
私はすぐに連絡を取り福島市の自宅にうかがいました。

息子のAくんと両親は憔悴(しょうすい)していました。極限まで追い詰められているように見えました。

それでも両親は「自分たちの訴えを聞いてほしい。そして同じようにいじめに苦しむ人たちに届けてほしい」と強く求めてきました。

Aくんを支えるだけでも大変なのに、メディアを通して伝えたいと思うのはなぜなのか。
取材を進めていくと、思ってもみなかった現実が見えてきました。

2年間に及んだいじめ “僕はいなくてもいいのかな”

Aくんは、小学5年生だった2018年からの2年間、同級生からいじめを受けていました。
Aくん
「最低最悪な2年間で、地獄でした。毎日教科書を踏まれたり、殴られたり、暴言を言われたりしました。一番つらかったのは『死ね』という言葉。“僕はいなくてもいいのかな”と感じました」
「“死にたい”という気持ちが強くなって、自殺を図ったこともありました。その気持ちは今も消えません」
Aくんはいじめのストレスから、頭痛や足の痛みなどを強く感じるようになり、6年生の2学期からは不登校に。
その後、医師から適応障害と診断されました。

今もふとした時に当時の光景を思い出し、死にたいという気持ちがあふれてきてしまうといいます。

いじめに遭ったことで、住まいも変わりました。

以前の自宅は通っていた小学校に近くて同級生らと遭遇することが多く、そこで暮らすこと自体がつらい記憶を呼び起こさせるものだったからです。

まさか自分の子が…親がいじめを知った時

子を持つ親なら、誰しも思うことなのかもしれません。

“いじめのニュースは目にするけれど、まさか自分の子どもがその被害者になるなんて”

Aくんの両親もそうでした。
当初は息子がいじめにあっていることを全く知らなかったといいます。

ある日、Aくんの部屋の机の上にあったノートを、父親は何気ない気持ちで開きました。

「ちゃんと勉強しているかな」

そこに貼られていた黄色い付箋には、息子の心の叫びが、なぐり書きのように書かれていたのです。
“もう限界”

“早く死にたい”

“学校は信じられない”
父親
「家中走り回ったり、泥だらけになって帰って来たりするような活発な子どもだったのに、だんだんと笑顔がなくなっていっているのは感じていて、非常に心配していました。そんな思いをしていたのかと、なんとも言葉が出なかったです」

“いじめの加害者よりも一番憎いのは大人”

初めて会ったとき、Aくんが私に話してくれたことがありました。
「もう少し大人が僕の言うことを信じてくれていたら、ここまでつらくはならなかったかもしれない」
Aくんは、いじめに対する学校や教育委員会の対応に追い詰められたといいます。

学校に行くことがそんなにつらいのなら、もっと早く休めばよかったのでは。逃げたっていいんだよ。そう思う人もいるかもしれません。

でもAくんには、学校に通わなければならない理由がありました。
“ドクターヘリに乗って、たくさんの人を助ける医者になりたい”

テレビドラマを見て憧れをもったという、人の命を救う仕事。
その夢に近づくために、中学受験をする予定だったのです。

担任の教員にはいじめを受けていることやそのストレスによる体調不良を訴えていましたが、そのたびに「内申書に書くよ」「頭痛はうそなんでしょう」などと言われたといいます。

夢をかなえるために、Aくんはじっと耐えるしかありませんでした。

さらに、小学校卒業を目前にした去年3月。Aくんと両親は、福島市の教育委員会と面談を行いました。

そこでの担当者の対応にも、またショックを受けました。

いじめの内容に関する教育委員会の担当者の認識が、これまで学校に伝えていたものとは異なっていただけでなく「Aくん側からの申し入ればかり聞くわけにはいかない」という発言もあったといいます。
Aくんはこの場で、泣きながら訴えました。
「僕が死なないと、何も動かないんだね」
そしてこの翌日、Aくんは自殺未遂をしました。
「このつらい気持ちを学校では分かってもらえなかったから、教育委員会の人たちなら分かってくれるかもしれない。自分の気持ちを届けて、ちゃんと解決してほしい。そう思ったけれど、それは僕の勝手な誤解でした。
悲しいし、悔しいし、憎い気持ちもあります。大人たちはこういう対応しかできないし、自分を守ることしか考えていないんだなって。いじめの加害者よりも一番憎いのは大人です」

“重大事態”は誰が判断するものなのか?

子どもの尊厳や命を何としても守らなければならない。その思いで生まれた法律があります。

いじめの早期発見や防止のため、必要な体制を整備することなどを定めた「いじめ防止対策推進法」です。
2013年9月から施行されました。

この法律では、
・子どもの心身に重大な被害があったり、長期間の不登校になったりした場合、学校や教育委員会は重大事態として、速やかに第三者委員会を設置すること

そして、
・その第三者委員会は、いじめの認定やその背景など、事実関係を詳しく調査し、再発防止策をまとめること
が定められています。
Aくんの両親が、いじめによる重大な被害が生じていると学校に初めて訴えたのは去年2月。

市の教育委員会は内部調査を行い、Aくんに対するいじめがあったことは認めましたが、その後、Aくんが適応障害の診断を受けてもなお、「調査が必要と認めるのは困難」という主張を続けました。

第三者委員会を立ち上げなければならない重大事態だとは認定しなかったのです。
実は、いじめ防止対策推進法の施行後、いじめの認知件数は増加しています。
気になるのは重大事態とされているのが、このうちのおよそ0.1%であることです。

教育学者やNPOなどで作る「いじめ当事者・関係者の声に基づく法改正プロジェクト」がことし行った調査では、いじめ被害者の3割以上が「重大事態に該当すると認識しているが認められていない」と回答しています。

被害者の意識と重大事態の認定には、なぜこれだけの隔たりがあるのでしょうか。
いじめ被害者の支援を行ってきた森田志歩さんは、重大事態の判断を行う主体に問題があるといいます。
NPO法人代表 森田志歩さん
「法律では、重大事態の判断を行う主体は教育委員会や学校とされています。保護者が調査をしてほしいとお願いすると、学校や教育委員会側から『調査をすると、子どもから根掘り葉掘り聞くことになりますよ』とか『他の子どもたちにも影響を与えますよ。それでもいいんですか』みたいな言い方をされて、諦めざるをえなかったというケースもありました。そもそも、調査委員会を設置した場合に調査対象となるはずの教育委員会や学校が、なぜ重大事態の判断をする立場なのか、大変疑問です」

第三者委員会の中立・公正性はどこに?

Aくん家族が繰り返し訴えかけたこともあって、訴えから半年以上が経った去年10月、教育委員会は第三者委員会を設置することを決めました。

しかしここでもまた、家族は不信感を募らせることになりました。

問題となったのは、第三者委員会の人選です。

公平な調査を求め、学校や教育委員会とつながりがあるかもしれない地元の教育関係者を委員にするのは避けてほしいと要望を出しましたが、教育委員会に受け入れられることはなかったといいます。
父親
「相手側の代理人には『あくまでこちらの決定したものでしか対応できない』と言われました。息子のことを思うと、これ以上、第三者委員会の設置に時間をかけるのはよくないと思い、しぶしぶ納得するしかありありませんでした」
第三者委員会の人選には、被害者家族の納得が何よりも必要だと訴える人がいます。前大津市長の越直美さんです。

実は、いじめ防止対策推進法が作られたのは、2011年に大津市でいじめを苦に当時中学生の男子生徒が自殺した事件が起きたことがきっかけです。

越さんは、この翌年の1月に市長に就任。みずから先頭に立って事件の対応にあたり、第三者委員会による再調査を行いました。
越直美 前大津市長
「この調査は亡くなった子どものために行うものなので、遺族が推薦する委員を入れました。また、大津市と関係があるような専門家を選んでしまうと、それはやはり遺族に信頼してもらえないので、生徒指導学会や弁護士会に、大津市と関係のない滋賀県外の委員を推薦してもらいました」
大津市の第三者委員会による最終報告書は、遺族が思っていた内容と完全に一致したわけではありませんでした。

しかし人選に納得し、十分に話し合いをして始めた調査だからこそ、遺族はその調査結果を受け入れてくれたといいます。
越直美 前大津市長
「大津の遺族が言っていました。“いじめ防止対策推進法は、亡くなった息子が作った法律なんだ”と。私もそう思っています。いじめで亡くなる子どもがいなくなるように…それが法律に込められた思いです。
本来、学校や教育委員会というのは、一番に子どもを守るべき組織であると思います。でも実際は、子どもを傷つけている。一番大事なのは子どもの命であるということを、もう一度考えてほしいと思います」

“生きていてよかった”と思えるこれからを

インタビューの間、Aくんの手は震えていました。

新鮮な空気を吸いに行きたいと中断しながらの取材でした。

つらくても、苦しくても、声を届けようとしてくれました。

Aくんは希望していた中学校に進学しましたが、去年の冬、退学を余儀なくされました。
当時のことを思い出し、学校に通うことができなくなってしまったためです。

その状態は今も続いています。
Aくん
「勉強したくてもできないし、医者になるという夢はとてもじゃないけど、もうかなえられない。自分の中での諦めがあります。
いま一番したいことは、学校に行って、みんなと一緒に部活をすることです。心の奥ではそう思っているんですけど、できるような現状ではなくて、とてもつらいです」
Aくん家族が今回取材に応えたのも、そして第三者委員会による調査を求めたのも、自分たちのためだけではありません。

同じようにいじめで苦しい思いをしながら声をあげられずにいる人たちもいるはず。

二度と同じことを繰り返さないために、今後に生かしてほしいという思いからです。
そして、取材の最後、母親が息子への願いを語りました。
母親
「自分らしくでいいので、前向きにこれからの人生を歩んでいけるようになってほしいと思います。何度も自殺を試みたことのある子どもなんですけど、『やっぱり生きててよかったな』と思えるこれからであってほしいです」

取材後記

いじめ防止対策推進法では、学校はいじめの防止等の対策のため、複数の教職員や専門家などで構成される組織を置くことが義務づけられています。

Aくんへのいじめは2年にわたって続いていました。

法律で定められているはずの組織が機能し、もっと早く適切な対応を取れていたら、重大事態にまで進展することはなかったかもしれません。

一方で、学校側がすべてのいじめに対応できるかと言われれば、それも難しい現実があります。また、第三者委員会を設置するにあたっては、委員の報酬や会場費などの予算を確保する必要もあります。
いじめ問題を考えるとき、学校や自治体が慢性的に抱えている問題にも、目を向けなければならないのです。

しかし、何よりも目を向け、その声を聞き、守っていくべきは、子どもです。

第三者委員会の最終報告書は、まもなくまとまる見通しです。
Aくん家族は事実関係が究明され、再発防止策がしっかりと盛り込まれることを望んでいます。

いじめ防止対策推進法の改正は、今すぐに取り組むべき、待ったなしの課題だと思います。
こうした動きも含めて取材を続け、いじめ対応のあり方を問うていきます。
政経・国際番組部ディレクター
堤 早紀
2014年入局仙台局、おはよう日本、首都圏放送センター、ニュースウオッチ9を経て現所属