帰還困難区域で初の「準備宿泊」始まる 福島 葛尾村

原発事故のあと、立ち入りが厳しく制限されている福島県葛尾村の帰還困難区域で、来年春の避難指示解除を前に、30日から住民が自宅などに寝泊まりしながら生活再建に向けた準備を進める「準備宿泊」が始まりました。
帰還困難区域で準備宿泊が始まったのは初めてです。

葛尾村では、村の面積のおよそ2割に当たり34世帯93人が住んでいた野行地区に避難指示が出され、帰還困難区域となっています。

来年春に、地区の一部で避難指示が解除されるのを前に、30日から準備宿泊が始まりました。

準備宿泊はこれまで帰還困難区域を除く地域で避難指示の解除に先立って進められてきました。

帰還困難区域で始まったのは今回が初めてで、村によりますと、30日までに1世帯2人が準備宿泊を申請したということです。
自宅を新築した直後に被災し、東京からたびたび通って片づけなどを続けてきたという内藤光子さんは、「この日を待っていました。10年以上ぶりに生まれ育った場所に泊まることができて感慨深いです」と話していました。

夫の一男さんは、「準備宿泊は復興の入り口だと思います。避難指示が解除されたあと、村に戻るか戻らないかの判断は難しいですが、私たちはここで頑張っていきたいと考えています」と話していました。

自宅に泊まることが難しい住民も

30日から準備宿泊が始まった福島県葛尾村の野行地区には、自宅に泊まることが難しい住民もいます。

地区の区長を務める大槻勇吉さんは、妻と息子夫婦、孫の6人で暮らしていましたが、息子夫婦と孫は、原発事故のあと別の場所で生活を始め、いまは妻と2人で三春町の災害公営住宅に住んでいます。
自宅には動物が入りこみ、においがひどかったことなどから、4年前に取り壊しました。

大槻さんは「3年くらいは家に帰りたいなと思っていたが、その後、除染や解体の話が出てきてどうしようかなと思い解体を決めた。自宅跡は何もなくなったので、たまに行って草刈りだけしている」と話していました。

村は自宅で宿泊することが難しい住民が泊まれるよう地区に宿泊施設を整備していて、大槻さんはこの施設を利用し宿泊することも検討しているということです。

ただ、村に帰還するかどうかについては「住宅地はかなり線量が下がったが近くの山はまだ放射線量が高いところがある。今のままでは戻ることを考えるのは難しい。地区のほかの住民も、避難先に家を建てて住んでいる人が多いので、戻るのは2、3軒だと思う。行政区の解散もありうるのではと心配している」と話していました。

葛尾村 篠木村長「宿泊住民いたことがうれしい」

福島県葛尾村の篠木弘村長は「住民説明会で『準備宿泊は30日から』と提案をしたところ、すぐに『泊まりたい』と答えてくれた住民がいたことがうれしい。準備宿泊ができるようになるまで長い時間がかかったが、住民の帰還に向けた1つのステップになると思います。準備宿泊の制度や村が用意した宿泊施設を利用して村で過ごしてもらうことで、この地区で暮らしていた人どうしの交流が深まればいいと思います」と話していました。