議長の涙のワケは COP26交渉の舞台裏

議長の涙のワケは COP26交渉の舞台裏
イギリス・グラスゴーで開かれた国連の気候変動対策の会議、「COP26」。コロナ禍にもかかわらず、多くの国から首脳や政策担当者が集まった。
会期を1日延長した末の合意の内容は「歴史的」なのか、「妥協の産物」だったのか。そして、議長の涙の理由とは。NHKの現地取材班が迫りました。

”歴史的な合意”の裏にあったドラマ

今月13日、14日間にわたる議論を経て閉幕した「COP26」。

採択された成果文書「グラスゴー気候合意」には、「産業革命前に比べて平均気温の上昇を1.5度に抑える努力を追求することを決意する」と明記された。

6年前に採択された気候変動対策の国際的な枠組み「パリ協定」では、主な目標は「2度未満」とされ、「1.5度」は努力目標にすぎなかった。

しかし、気候変動への危機感の高まりなどを背景に、今回の会議では「1.5度」が事実上の共通目標へと前進。「歴史的」な合意だという評価が出ている。
ただ、この合意、採択の5時間ほど前には、瓦解(がかい)の寸前にまで追い込まれていた。

なんとか採択にたどりついたが、その際に議長が浮かべた涙は、合意が「妥協の産物」であることも示唆するものだった。

注目度が高かった ことしの会議

今回の「COP26」への注目度は、COP史上、まれにみるものだった。

コロナ禍にも関わらず、参加者は190を超える国々から過去最多となるおよそ4万人。首脳級の出席は120人以上に上った。

感染拡大の影響で2年越しの開催となり、この間に世界各地で異常気象が相次いだことへの危機感が広がっていた。
また、会議の成功には、議長国イギリスの威信も懸かっていた。
議長を務めたのは閣僚経験者のシャルマ氏。

「COP26は写真撮影会ではなく、責任はすべての国にある」と決意を示し、事前に数十か国を訪れて下地作りを進めてきた。

その成果は会期序盤から表れた。

アメリカのバイデン大統領は、交渉をリードする前向きな姿勢を強調。

インドのモディ首相は、2070年のカーボンニュートラルを初めて表明、ブラジルも2030年までの削減目標を50%に引き上げるという新たな対策を打ち出した。

日本も岸田総理大臣が滞在わずか半日足らずの強行日程で参加し、途上国の削減対策への資金支援を表明。

イギリスが最大の使命とした「1.5度」の合意に向け、機運が盛り上がっているように思えた。

各国のエネルギー政策に踏み込む 「石炭」への言及

会議が進むにつれ、次はどうやって「1.5度」を実現するのかが議論の中心となった。

イギリスは、開催前から「石炭」「車」など4つの個別分野で合意を強く望むと公言してきた。
この中で注目の的となったのは「石炭」。

会議が折り返しを過ぎた10日、シャルマ議長が示した成果文書の原案には、「石炭の段階的な廃止の加速を呼びかける」と記されていた。

各国の国内政策であるエネルギー分野について、成果文書で言及するのは極めて異例。
世界中のメディアは、次々と速報で伝えた。

日本政府の関係者も、「想定よりはるかに高い要求を突きつけてきた。イギリスは本気で石炭火力に言及しようとしている」と驚きを隠せない。

一方で、反発も出た。

世界有数の産油国・サウジアラビアのエネルギー担当相は、「特定のエネルギー源に対する偏見を持つべきではない」と述べ、警戒感をあらわにした。
2日後、修正された議長案では、排出削減対策が取られていない石炭火力発電の段階的な廃止」と表現が弱まり、反発する国々への配慮が伺えた。

なんとか成果文書に「石炭」を残したい。シャルマ議長の強い意志を感じる一方、まだ難色を示す国もあると伝えられ、水面下での交渉は最終日まで続いた。

ゴール目前かと思いきや どんでん返しが

会期が1日延長された13日朝。3度目の議長案が示された。

「排出削減対策が取られていない石炭火力発電の段階的な廃止のための努力を加速する」と「努力」という文言が入り、表現はさらに弱められた。

そしてシャルマ議長は、「本日午後には会議を終える」と言い切り、合意は間近かと思われた。
午後、最後の意見集約のため、全参加国が集まった会議。

この場で、インドのヤーダブ環境相が「残念ながらコンセンサスは得られなかった」と発言。反発の対象は、「廃止」という文言だった。

インドは、「この会議は特定のセクターを対象にするべきではない。途上国には化石燃料の使用を続ける権利がある」と強く訴えた。

全会一致を原則とするCOP。
このまま合意できなければ、「1.5度」を含めた成果文書全体が破棄されてしまう。
EUの代表は「まるでマラソンの最後でつまずきそうになっているかのようだ。頼むからこの瞬間をむだにしないでくれ」と声を荒げ、海面上昇の影響を強く受ける島しょ国も合意なしに国に帰ることはできないと訴えた。
一方、南アフリカなど、インドの主張に同調する国も出て、議場は混乱。
本来5か国ほどの発言で終わるはずだった会議は2時間以上に及んだ。

シャルマ議長はその場を収めるため、一度会議の仕切り直しを宣言。

「石炭」への強いこだわりが、「1.5度」をも瓦解させかねない。
その表情には動揺の色が浮かんでいた。

最終局面で巧みに立ち回ったのはあの国

議場では、各国の代表が立ったままで交渉を続けていた。

調整役を担うのはシャルマ議長かと思われたが、ここで存在感を示したのはアメリカと中国だった。
アメリカは、ケリー特使。「パリ協定」の交渉にも関わるなど、気候変動のスペシャリストだ。

議場を自由に歩き回り、時に各国の代表の肩を抱きながら話し合った。

シャルマ議長を呼びつけるような様子もあった。
一方の中国の代表は、解振華氏。
20年以上前の京都議定書が採択された頃から気候変動の国際交渉に関わっている。

解氏もケリー氏とともに、交渉の輪の中心に立っていた。
実は、この2人、会議の前にも個別に長時間話し込み、一緒に手元の紙をのぞき込む姿が目撃されていた。

そして、ケリー特使、解氏、シャルマ議長、それにインドとEUの代表が、一度議場を去って別室に。
40分ほどして戻ってくると、解氏の表情には笑顔も見られた。

その後、ようやく再開された会議で、インドは「段階的な廃止「段階的な削減と変更することを提案。

これに対して、スイスが「変更には反対しないが大変失望した」、マーシャル諸島が「落胆とともにこの変更を受け入れる」と述べ、不満をにじませたが、最終的には容認した。
終始「石炭」にこだわってきたシャルマ議長は、最終盤で表現をさらに弱めざるを得なかったことを受け「このような展開になってしまったことをおわびします。しかし、文書全体の合意を守ることが何よりも大事なことです」と述べた。
シャルマ議長の目には涙が浮かんでいた。

マジメな人柄を自認し、“タフガイ”として知られていた彼が涙した姿に各国は拍手を送り、成果文書は採択されたのだった。

成果が欲しかった… イギリスの事情

合意は「歴史的」か「妥協の産物」か。

シャルマ議長は、合意のあと「各国が互いの違いを乗り越えて共通の課題に立ち向かうために団結できることを世界に示した」と意義を強調。

しかし、一部の交渉関係者からは「シャルマ議長は『石炭の段階的な廃止』を死守できると賭けに出たが失敗した」といった声も聞かれた。
イギリスには、合意を優先せざるをえない事情もあった。

COP26は、イギリスがEUを離脱して初めて迎える最大規模の国際会議。
存在感を世界にアピールする絶好の機会だった。

そのため、これまでのCOPの成果を一段上回る「1.5度」を最大の使命とし、これまでの成果文書では入ることがなかったエネルギー分野の対策として「石炭」を盛り込むことを強く望んだのだった。

アメリカ、中国は何を考えていたのか?

一方、アメリカと中国の動きは何だったのか。

複数の交渉関係者とパイプをもつ、シェフィールド大学のマイケル・ジェイコブス教授は、「石炭」に関するインドの反発の影で、中国が動いていたと推測。

その理由として、インドの発言の直前の中国代表のスピーチを挙げた。

このとき中国の代表は、「いくつかの表現は、中国とアメリカの共同宣言に従ったものにしてもらえると良い」と述べていた。

共同宣言とは、COP26の会期中に、中国とアメリカが、突然発表し、世界を驚かせたもの。

ここに「中国は5か年計画にそって石炭の消費を段階的に削減し、その加速のために努力する」と石炭に触れた部分がある。

教授は、「両国はこの部分について非常に激しく交渉したのだろう。そして、COPの成果文書でも同じ言葉を使うことを望んだのでは」と分析した。
それではアメリカは、なぜ調整役を買って出たのか。

長年アメリカ政府に気候変動政策を提言してきたオールデン・メイヤー氏は、COPの会期中にバイデン政権の看板政策となる法案を巡って、アメリカ国内で調整が行われていた事情に着目。

「法案には電力部門の脱炭素施策が盛り込まれているが、石炭産地から選出された議員との交渉も続いていて、石炭に関して踏み込みたくなかったのではないか」と話す。

利害が一致したアメリカと中国。

唐突とも思われたインドの提案どおりに合意が成立した裏には、2つの大国の思惑も見え隠れした。

どうなる地球の未来?

各国の事情が激しくぶつかりあった末、合意にたどり着いたCOP26。

環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんは、自身のツイッターに「COP26が終わりました。簡潔に言えば『ブラ・ブラ・ブラ』です」と投稿。
「ブラ・ブラ・ブラ」は、重要でない部分を省略するときなどに使う英語の表現で、会議が形だけのものだったと批判したのだ。

確かに、石炭の交渉を見れば「妥協の産物」とも言えるが、それでも、「1.5度目標の追求」は「歴史的」とする見方は強い。
気候変動問題を長年研究する東京大学の高村ゆかり教授は、「各国が現在掲げている2030年に向けた温室効果ガスの削減目標と、『カーボンニュートラル』をすべて達成できた場合、気温上昇を2度程度に抑えられる可能性があるという研究機関の分析も出され、『1.5度』実現の可能性は高まっている。今後は、合意された内容をもとに、各国で着実に排出削減を進めることが大事ではないか」と指摘。

その上で、石炭については「各国が削減目標を実現するためには、エネルギー分野の取り組みは欠かせない。エネルギーの移行に伴って雇用の問題などが起きるので、国際社会が新興国や途上国を支援する必要がある」と話す。
瓦解の危機を乗り越えて合意された「気温上昇をなんとしても1.5度に抑える」こと。

これが、将来、「歴史的」だったとされるか、ただの「妥協の産物」とみなされるのか。
各国の今後の取り組みが問われることになる。
福岡放送局記者
早川 俊太郎
2010年入局
横浜局、岐阜局、名古屋局を経て、経済部で経済産業省を担当。今月から現所属。
ロンドン支局
松崎 浩子
2012年入局
名古屋局、国際部を経て現所属。欧州経済やジェンダー、環境問題など取材
国際部記者
田村 銀河
2013年入局
津放送局、千葉放送局をへて、現所属。ヨーロッパや気候変動問題を担当
社会部記者
岡本 基良
2009年入局
北九州局、大阪局を経て現所属。環境省担当。