パンダが和歌山にいっぱい なぜ?

パンダが和歌山にいっぱい なぜ?
パンダの赤ちゃん、かわいいですよね。
11月に1歳の誕生日を迎えました。
このパンダ、どこに行けば会えるか知っていますか?
上野?
…違います。和歌山です。
実は和歌山では7頭と中国以外では世界で最も多くのパンダが飼育されているのです。
いったいなぜ、こんなにたくさんのパンダがいるのでしょうか?

(和歌山放送局 福田諒)

日本で一番パンダが多い 和歌山

11月22日に1歳になったメスの赤ちゃんパンダ「楓浜(ふうひん)」

生まれた時はわずか157グラムしかなかった体重も、今では28キロ近く。すくすく成長しています。

パンダの1歳って赤ちゃんなの?

そんな声も聞こえてきそうですが、まだ竹を食べることができず母乳で育っているので、立派な赤ちゃんです。
10月からは屋外運動場での公開も始まり、多くの観光客が訪れています。

そんな「楓浜」が飼育されているのが、和歌山県白浜町のテーマパーク「アドベンチャーワールド」

現在、7頭と日本で一番多くのパンダがいる施設です。
ちなみに東京の上野動物園は5頭、神戸の王子動物園は1頭です。

中国以外では世界一の実績

アドベンチャーワールドでは、これまでに楓浜を含めて17頭の子どもが生まれています。
中国以外の動物園での実績としては、世界一です。
家系図を見て、何か気づくことはありませんか?

そう。名前に「浜」
白浜町で生まれたことにちなんで「浜」の字がつけられています。

「楓浜」の父親の「永明(えいめい)」
16頭の子どもをもうけ、ファンからは「スーパーパパ」といわれています。
現在は29歳。人間に例えると90歳近くですが、まだまだ元気です。

飼育された環境での自然交配で子どもをつくったオスのパンダとして、世界最高齢の記録を更新し続けています。

「楓浜」の母親の「良浜(らうひん)」も負けていません。
産んだ子どもは10頭。日本一の実績を誇ります。
名前に「浜」の字がついていて、白浜町で生まれました。

母親の「梅梅(めいめい)」が妊娠した状態で来日したため、ここで生まれたパンダの中で、唯一、父親が永明ではありません。

ここで生まれたパンダのうち11頭は、繁殖のため中国に帰国。

それでも現在、7頭のパンダが飼育されていて、中国以外では世界最多です。

最初は巡回展示でやってきた

いったいなぜ、白浜町にこんなにパンダがいるのでしょうか?

パンダが日本の動物園で飼育されるようになったのは1972年。

日中国交正常化を記念して、中国からオスの「康康(かんかん)」とメスの「蘭蘭(らんらん)」が贈呈。

上野動物園にやってきました。
その後、絶滅の恐れがあるとして、国際的にパンダを保護する取り決めが進みます。

中国からの所有権が移る形での「パンダの贈呈」は原則、行われなくなりました。

一方、1980年代から90年代にかけて日本各地で博覧会のような形で、パンダの短期の貸し借りがブームとなります。

中国からオスの「辰辰(しんしん)」とメスの「慶慶(けいけい)」が来日。

その時、巡回して展示された場所が、岡山、北海道、そして和歌山県白浜町でした。
1988年9月。
各地を移動し、2頭のパンダは最後に白浜にやってきました。

短期間で環境が変わったことも影響してか、最初は体調を崩していたといいます。

しかし、当時のニュース映像には元気に竹を食べる2頭の様子が写っています。
水や気候。食べ物があったのでしょうか。体調は回復し、帰国後は繁殖に成功しました。

中国も驚く繁殖技術

こうした交流を続けるなかで、中国の研究者たちを驚かせたのがアドベンチャーワールドの繁殖技術の高さでした。

希少動物で繁殖が難しいとされるチーターやシロオリックスの繁殖に成功していました。
当時は中国も今ほど繁殖技術が高くなく、その技術は魅力的だったといいます。

そうしたなか、アドベンチャーワールドがパンダを借りるために利用したのが「ブリーディングローン」という制度。

パンダの所有権は中国のまま、繁殖を目的として長期に借りる仕組みです。

中国側にも、パンダの飼育場所を分散させることで伝染病などが起きても絶滅を避けられるメリットがあります。

また自然豊かな白浜町は、パンダの主食である良質な竹が近くで採れました。

しかも、うまい。すでに白浜に来ていた2頭のパンダが証明済みです。

パンダは新鮮な竹しか食べませんが、竹は冷凍保存に向かないため十分な量を確保できることは大きなメリットです。

こうした様々な点が評価され、世界初のパンダの「ブリーディングローン」が実現しました。
和歌山に初めてパンダがやってきてから6年後、1994年9月のことでした。

次々出産につなげる秘けつとは?

こうして始まったパンダの飼育。すると次々と17頭もの繁殖に成功します。

きっと何か秘密があるに違いない。

長年パンダの獣医師として働いてきた副園長に話を聞いてみると、意外な答えが返ってきました。
アドベンチャーワールド 中尾建子副園長
「相性がよかった」
中尾さんによると、施設側が発情の時期を見極めることや、繁殖しやすい環境を整えるのはもちろん大切ですが、大きな要因はパンダ同士の相性だといいます。

特にパンダのメスは好き嫌いが激しく、気に入らないオスが近づいてくると攻撃することもあります。相性が悪いと交尾しないといいます。

しかもメスの発情期は1年間にわずか2日ほど。そのときにオスとメスが同じ部屋に入っていなければいけません。

スーパーパパと呼ばれる「永明」も、一緒に来園したメスの「蓉浜(ようひん)」との間には子どもは生まれませんでした。

その後、やってきた「梅梅(めいめい)」とは相性がよく、6頭の子どもをもうけることができました。

若い「永明」を来日1年前に出産経験のある「梅梅」がリードしてくれたということです。

さらに中尾さんが子だくさんの秘けつと指摘するのが「永明」の性格です。
おだやかで優しく、メスのちょっとした変化にも気づくことができる。
まさに人間で言えば「モテる」オスです。

メスが季節外れの夏に発情した場合でも、敏感に察知し、合わせることができたということです。
アドベンチャーワールド 中尾建子副園長
「相性がいいと、同じ交尾をしても受胎率が上がるという研究もあります。永明は来園当時おなかをこわしがちでしたが、こんなに立派なオスになるとは、感慨深いです」

コロナ禍での出産 大ピンチ

繁殖実績を次々と積み重ねてきたアドベンチャーワールド。
しかし、去年の楓浜の出産は、新型コロナの影響で大きな試練を迎えました。
これまで出産の時は、中国人研究員が立ち会ってきました。

パンダの赤ちゃんは体長15センチほどと小さな体で生まれるため、死亡率が高く、生まれてから1週間は「魔の1週間」とも呼ばれています。

産後は母親パンダも気が立っています。

経験豊富な中国人研究員が、赤ちゃんを一度、母親から取り上げ健康状態を見てきました。

しかし、新型コロナウイルスの影響で来日できず、日本のスタッフだけで取り上げを対応しなければならなくなったのです。

初めての取り上げ作業。
実物の大きさに近いぬいぐるみを用意して、練習をくりかえしました。

母親に皿に塗った好物のハチミツを与えて、気をそらした隙に赤ちゃんを取り上げる作戦です。

去年11月22日、ついに元気なメスの赤ちゃんが生まれます。
飼育員はさっそく練習の成果を発揮し、無事、取り上げることができました。

その後もすくすくと成長し、1歳となった楓浜。多くの人にかわいらしい姿を見せています。

NHKニュースの露出は上野が3倍

これだけパンダの繁殖実績があるアドベンチャーワールド。
しかし、パンダというと上野動物園のイメージが強いですよね。
メディアでの扱いの違いもその一つかもしれません。

ことし6月に生まれた上野動物園の双子パンダ「暁暁(しゃおしゃお)」と「蕾蕾(れいれい)」

去年11月に生まれたアドベンチャーワールドの「楓浜」

それぞれ生まれてからの5か月間で、NHKの「おはよう日本」、「ニュース7」、「ニュースウォッチ9」で全国放送された回数を比較してみました。

楓浜が5回なのに対し、暁暁と蕾蕾は15回と3倍の差がありました。
上野は6回特集が組まれていますが、楓浜特集は1回だけでした。

上野は双子、和歌山は一頭という違いもありますが、上野動物園は初めてパンダが飼育された施設として、人々の印象に残っていて「パンダ=上野」というイメージも影響しているのかもしれません。

立地によるメディアのアクセスのしやすさも関係していると思いますが、和歌山局のパンダ担当記者として、私ももっと頑張らねばならないと思います。

「よき仲間だと思います」

何かと比較されがちな2つの施設ですが、実はパンダの飼育について20年以上協力関係を築いてきました。

きっかけは「永明」です。

来日後は消化器系の病気にかかっていて、おなかをこわすことが多かった永明。

どんな薬をあげればいいか、エサは何がいいか。

パンダ飼育の先輩の上野動物園からのアドバイスのおかげで、永明は元気になり、繁殖で大きな成果を残していくことにつながったということです。

一方、ことし6月の、上野動物園の「暁暁」と「蕾蕾」の出産の時には、アドベンチャーワールドでの「楓浜」の経験が生かされました。

上野動物園でも出産の時には中国人研究員が立ち会い、パンダの赤ちゃんの取り上げを行ってきましたが、コロナ禍で来日できなかったのです。

双子だった場合にどのように取り上げを行うか。
ひん死の状態で生まれてきた場合に、どのように母親から搾乳を行うか。

オンライン会議やメールのやりとりを重ねながら、様々なケースを想定してアドバイスを行いました。
上野動物園 広報担当
「今回はジャイアントパンダの繁殖について多くの知見があるアドベンチャーワールドさんにご協力をお願いしました。こまやかにご教示いただきました」
最後に中尾副園長に「上野動物園にライバル意識はないんですか?」と少々意地悪な質問をしてみたところ、笑ってこう答えました。
アドベンチャーワールド 中尾建子副園長
「動物園はあくまで野生動物を繁殖させる場所で、複数の施設を活用して繁殖させるという考え方をしています。アドベンチャーワールドなど1つの施設だけではうまく繁殖させることはできません。パンダに限らずに協力し合う、よき仲間だと思います」
新型コロナの影響で、観光業で成り立つ白浜は大きな打撃を受けています。

しかし、そんななか、パンダの赤ちゃん楓浜目当てに多くの観光客が押し寄せる、「パンダ特需」に地元は大きな期待を寄せています。

今回の取材で見つけた和歌山のパンダをめぐる様々なエピソード。

白浜のパンダをあまり知らなかった人にも興味を持ってもらえるよう、地元の記者としてパンダ情報を発信していければと思います。
和歌山局放送局
記者 福田諒
2018年入局 事件担当を経て去年9月に南紀田辺支局に。
大学時代に成都ジャイアントパンダ繁殖基地を見学して以来のパンダ好きです