大相撲九州場所 照ノ富士優勝 新横綱から2場所連続は59年ぶり

大相撲九州場所は14日目の27日、横綱・照ノ富士が2場所連続6回目の優勝を決めました。

新横綱の場所から2場所続けての優勝は、昭和36年九州場所からよくとしの初場所にかけて大鵬が達成して以来、59年ぶりです。

九州場所の優勝争いは13日目を終えて横綱・照ノ富士がただひとり全勝で、1敗で平幕の阿炎が追う展開でした。

27日、14日目の結びの一番で、照ノ富士は阿炎に押し倒しで勝って、2場所連続6回目の優勝を決めました。

照ノ富士は新横綱の先場所に続いての優勝で、新横綱の場所から2場所続けての優勝は、昭和36年九州場所からよくとしの初場所にかけて大鵬が達成して以来59年ぶりです。

大相撲に優勝制度ができた明治42年以降では5人目、1場所15日制が定着した昭和24年以降では大鵬に続いて2人目です。

また、千秋楽を待たずに優勝が決まるのは、横綱・白鵬が優勝したおととしの九州場所以来、2年ぶりです。

今場所の照ノ富士は持ち味の圧力を生かした寄りや投げといった四つ相撲に加えて、相手に攻め込まれる展開でも冷静な取り口が目立ちました。

先場所後には史上最多の45回の優勝をした白鵬が引退し、照ノ富士は昇進から2場所目で一人横綱となりましたが、危なげない内容で優勝し、綱の責任を果たしました。

照ノ富士「全部受けて立つという気持ちで」

2場所連続6回目の優勝を決めた横綱・照ノ富士は「ほっとしている。1日、一番の気持ちで、全部受けて立つという気持ちでやった」と振り返りました。

1敗の平幕・阿炎の挑戦を退けて優勝を決めたことについては「特に深い考えはない。みんな一生懸命勝ちにいくのが当たり前のこと。こちらも同じ気持ちでやっている」と話しました。

照ノ富士はことし1年、大関復帰、さらに横綱に昇進し、今場所も含めて4回の優勝を果たしました。

全勝優勝がかかるとともに、1年の締めくくり28日の千秋楽に向けて「毎日、一生懸命という感覚でやっている。来場所につなげるように精いっぱい頑張っていきたい」と話していました。

けが乗り越え 第73代横綱に

照ノ富士はモンゴル出身の29歳。

来日後は強豪の鳥取城北高校に入学し、その後、間垣部屋に入門しました。

平成23年5月の技量審査場所で若三勝のしこ名で初土俵を踏み、間垣部屋の閉鎖に伴って伊勢ヶ濱部屋に移籍したあと、しこ名を今の照ノ富士に改めました。

体重およそ180キロの体格を生かした力強い四つ相撲でぐんぐん番付を上げ、平成26年の春場所に新入幕を果たし、関脇だった平成27年夏場所に12勝3敗で初優勝しました。

初土俵から25場所目での優勝は、年6場所制となった昭和33年以降、幕下付け出しの力士を除いて歴代3位のスピード記録で、場所後に大関に昇進し、横綱候補として期待されました。

しかし、ひざのケガや糖尿病などから稽古のできない状態となり、平成29年名古屋場所から4場所連続で休場し、その年の九州場所で2年間務めた大関の地位から陥落しました。

さらに平成30年夏場所からも5場所連続で休場し、おととしの春場所には序二段にまで番付を下げました。

大関経験者が幕下以下に陥落するのは昭和以降では初めてのことでした。

その後はケガや病気の回復に伴って少しずつ稽古を再開して番付を上げ、前頭17枚目「幕尻」で幕内に復帰した去年7月場所にはおよそ5年ぶりとなる2回目の優勝を果たして復活を強く印象づけました。

さらに関脇だったことし3月の春場所と、21場所ぶりに大関に復帰した5月の夏場所で2場所連続優勝を果たしました。

綱とりに挑んだ名古屋場所は千秋楽に横綱・白鵬との全勝対決に敗れましたが、場所後に第73代横綱に昇進しました。

横綱昇進は平成29年初場所後の稀勢の里以来4年半ぶりで、新横綱として臨んだ秋場所では2場所ぶり5回目の優勝を果たしました。

新横綱の優勝は稀勢の里以来、4年半ぶりでした。

そして、2年ぶりに福岡市で行われた九州場所は史上最多、優勝45回の横綱・白鵬が現役を引退し、一人横綱として臨んでいました。

白鵬引退で一人横綱に 冷静な相撲貫く

史上最多、45回の優勝を数えた横綱・白鵬が引退し、昇進から2場所目で番付上の一人横綱となった照ノ富士。

土俵上の勢力図が変わっても冷静な相撲を貫きました。

「落ち着いて取っている」。

「非常に安定している」。

今場所の照ノ富士の相撲内容に、審判長の親方からは連日、評価する声が聞かれましたが、万全な相撲ばかりだったわけではありません。

序盤の2日目には、先場所敗れた平幕の大栄翔に攻め込まれ、俵に足がかかる大ピンチを迎えました。

それでも、しっかりと相手を抱えて右からの豪快なすくい投げで逆転勝ち。

土俵際でも白星を逃さない冷静な判断が光りました。

勝ち名のりを受けた照ノ富士は「落ち着いて取れていた。ある程度は余裕がないと落ち着いて取れない」と話しました。

どのような状況になっても落ち着いて対処し、最後は白星につなげる照ノ富士。

その強じんな心と体を支えた要因の1つは、一人横綱としてのきょうじです。

場所前の取材では「一人横綱になって、自分が引っ張ってかないといけないという責任を感じる。これから自分が背負ってやらなきゃいけないことが多いと思うし、責任を持って頑張っていきたい」と述べていました。

現役力士でただひとりの最高位として「プレッシャーなくやれてはいる」と話しながらも、その責任を意識しつつ連日の結びを務めてきました。

もう1つの支えがこれまでと変わらない入念な準備です。

最初の大関昇進後にひざのけがや糖尿病などの影響で一時は序二段まで番付を下げ、そこからの復活劇で頂点まで上り詰めました。

その陰では相撲を取る稽古だけでなく、ウエイトトレーニングや体のケアなどにも時間を割いてきました。

今場所前も、師匠の伊勢ヶ濱親方が「動きとしてはいまひとつだが、ひざをケアしながら、毎日稽古場に下りて自分で考えながらやれることをしている」と話していました。

綱とりに挑んだ7月の名古屋場所前には、稽古場でスクワットや腕立て伏せ、ゴムチューブを使ったさまざまなトレーニングなどに時間をかけていました。

こうした姿勢を続けることで、黙々とみずからの体と向き合ってきました。

常に冷静さを失わない精神面と地道な準備でつちかった体で優勝32回の大横綱、大鵬以来59年ぶりに新横綱の場所から2場所続けての優勝を果たしました。

日本相撲協会 八角理事長 照ノ富士を評価

横綱・照ノ富士の優勝について、日本相撲協会の八角理事長は「立派だ。堂々と受けた横綱相撲というか、そういう相撲を貫いてきた。一人横綱で大変なところを、照ノ富士はよくやったと思う」と評価したうえで、28日の千秋楽の結びの一番へ「ことしの1年を締めてほしい」と期待を込めていました。