よし、北海道を飲もう!~ワインの神に愛される北の大地

よし、北海道を飲もう!~ワインの神に愛される北の大地
北海道のワインがいま、世界の注目を集めている。
戦後、北海道で最初に生産を始めた十勝の池田町では、高い評価のワインを安定的に出荷するようになった。さらにフランス・ブルゴーニュの老舗高級ワイナリーが函館に進出。
“神に愛された土地”ブルゴーニュから来た責任者は「世界を驚かすワインをここで作りたい」と意気込んでいる。
北の大地でいったい、何が起きているのか。
鍵を握るのは「14度」だ。
(函館放送局 記者 西田理人/札幌放送局 記者 黒瀬総一郎/ネットワーク報道部 記者 芋野達郎)

「北海道のイメージを覆されました」

東京 青山にある明治37年創業の老舗のワインショップを訪ねた。
ここでは個人経営の生産者がつくるワインなどおよそ4000本そろえ、店主は毎月、300種類ほどのワインを試飲しているという。

フランス、イタリア、南アフリカなど有名な産地のものだけではなく、スロバキア、トルコなど、さまざまな国から納得したものを仕入れている。
世界中のワインが集まるこの店で今、人気が高いのが北海道産のワインだ。

店主が、知人に紹介されて飲んだ北海道産のワインに魅了され、地元の生産者のもとを訪れて、5年前、取引を始めた。
ワインショップ店主 鈴木洋介さん
「飲んだワインは、しっかりとしたうま味があり、予想以上のおいしさに驚きました。北海道のワインというと、すっきりと飲みやすい白ワインを思い浮かべていましたが、イメージを大きく覆されました」
現在、8軒の生産者からワインを仕入れている。

初めの頃は一般的には知名度が低かったが、徐々に固定客がつくようになり、今では入荷すると数日で売り切れてしまうほどの人気だ。

この日も、店頭での販売は終了していて、保管用のワインを撮影させてもらった。
ワインショップ店主 鈴木洋介さん
「SNSなどで入荷したことをお知らせすると、待っていた方から問い合わせが来て、あっと言う間に売り切れてしまう。知名度がすごく高まってきていて、今後もさらに魅力に気づく人が増えていくのではないかと思います」

レベルアップ 2つの理由

58年前、戦後、北海道で最初にワインの生産が始まったのが池田町。

町の生産者たちもワインの「レベルアップ」を実感していた。
その尺度の1つが、「ビンテージ評価」。ワインの香りや余韻など品質を5段階で評価するものだ。
「評価4」以上の年に注目すると、1996年から2005年までは4回だったのが、2006年から2015年は7回に増加。
そして2014年以降は連続して出し続けているのだ。

「酸味が抑えられ、糖度が上がり、味が良くなった」

池田町ブドウ・ブドウ酒研究所の東億さんは言う。
そしてレベルアップの理由を、2つ挙げた。
1つは、品種改良で寒さに強い品種をつくり、北海道ならではの気候を生かした生産技術を練り上げてきたこと。

そしてもう1つは、「ブドウの育ち方が変わったからだ」という。

鍵の14度

北海道でワインを生産するのは、簡単ではない。
厳しい寒さは、ワインの原料となるブドウの木に大きなストレスをかける。

このため池田町では、寒さに強い品種を開発するとともに、木の周りを土で盛るなどの「冬越し」の準備が欠かせない。
そして20年ほど前から、北海道がブドウの育ちやすい環境に“激変”しているという。

それはデータを見ると歴然だ。
九州大学の広田知良教授や農業・食品産業技術総合研究機構などの研究グループは、道内各地のワイン産地について1980年以降の詳細な気象データを分析。
すると分析したすべての観測地点で、ブドウの生育期の平均気温が大きく上昇していたのだ。
たとえば池田町。
1980年は11.8度だったが、2019年には14度に到達。30年前と比べると、2度以上の上昇だ。

池田町だけではない。中部の三笠市と日本海側の余市町では、2004年以降、14度を下回らなくなった。

札幌市も例外ではない。

「1998年を境に北海道の気候がシフトした。14度を超え続けると、ワインの栽培条件も変わる」

北海道の気象条件とブドウなどの農作物の生育について、長年、研究を続けてきた広田教授はいう。
そしてこの14度こそが、ある世界的なブドウの品種を生産するうえで欠かせない“条件”なのだと指摘した。

函館がブルゴーニュに?

14度の“壁”を超えると、何が起きるのか。

「世界的に評価の高い品種、『ピノ・ノワール』を育てられるようになる」

フランス・ブルゴーニュ地方でワインの生産にあたってきたバティスト・パジェスさんはいう。

ブルゴーニュと言えば、ブドウの栽培に適した“神に愛された土地”とも言われ、主力品種の1つがそのピノ・ノワールだ。
それを育てるのに北海道が適した土地になったというのだ。

指摘を裏付けるように3年前、パジェスさんが働くブルゴーニュ地方の老舗ワイナリー「ド・モンティーユ」が函館に進出。
1本数万円で取引されるワインで知られる創業300年の老舗で、フランスの国外の地に初めてブドウ畑を持った場所が函館となったのだ。

背景には、フランスでの気温上昇があった。
“神に愛された土地”のブルゴーニュでは、ブドウの生育期の平均気温が16度を超えるようになっているという。
「ド・モンティーユ」日本法人責任者 矢野映さん
「温暖化で糖度は上がる一方、酸味が減って、従来の栽培方法ではピノ・ノワールの繊細な味のバランスを維持するのが難しくなった」
「ド・モンティーユ」日本法人責任者、矢野映さんはそう話した。

気温が高くなるとブドウの糖度は上がるといわれているが、ブルゴーニュではピノ・ノワールの味に影響するようなケースも出てきているという。

そして年々、暑さが厳しくなるなか、ほかに適した土地はないのだろうかと調べたところ、北海道の函館がそじょうに上がったのだそうだ。

進出相次ぐワイナリー

「ド・モンティーユ」日本法人責任者 矢野映さん
「実のところ、ニュージーランドや中国も候補地でしたよ。世界中で適した土地が出てきていますからね」
温暖化でワインの生産に適した土地になったのは、北海道だけではないようだ。

では決め手は?と尋ねると、まずは「雪の少なさ」を挙げた。
函館市は比較的雪が少なく、冬から春にかけてのピノ・ノワールの苗木の管理が難しくなくなるという。

そして最後の一押しは、北海道で行われてきたワインづくりだ。
寒冷地ならではの試行錯誤で栽培や醸造の技術が培われていて、函館で質の高いピノ・ノワールが収穫できるようになれば、世界に通用するワインがつくれると確信を深めたというのだ。

実際、おととしから試験的な栽培を始めていて、ことし初めて実がなったピノ・ノワールを分析したところ、十分な暑さと日照時間から、理想の糖度と酸味が確認できたとしている。
栽培責任者 バティスト・パジェスさん
「思わずみんなで顔を見合わせ、笑顔がこぼれました。予想以上の成果で、この地でつくる価値を理解してもらえるような函館らしいワインがつくれると思う」
ブルゴーニュでワインを手がけてきたパジェスさんはいま、函館の「ド・モンティーユ」でワインづくりに励んでいる。

そしてそんな彼らとともに、函館をワインの世界的な生産地にしようと、日本のワイナリーも相次いで進出している。

いまや「ド・モンティーユ」を中心に15軒がワイン作りに乗り出していて、この地に観光で多くの人に訪れてもらい、函館全体の活性化につなげようとするワインツーリズムの構想まで出ている。
佐々木賢さん(ワイナリーを経営)
「モンティーユと協力して、本気でワインづくりをしたい人が集まって、土地の個性を生かした多様なワインが生まれ、『函館のワインがこういうものだ』と消費者に認識してもらえるようになっていくことを期待しています」

いいばかりでは

しかし、いい話ばかりではない。

「ブドウの品種によっては、気温が高すぎると早くに栄養を使いすぎて、後々、収穫が少なくなることが分かっている」

東京農業大学の西尾善太教授たちは指摘する。
その一例としてあげるのが、池田町で栽培されている「清見」と呼ばれる品種。収穫の1年前の3月に気温が高いと、その年の実に栄養が集中しすぎて、冬越しのための栄養が逆に足りなくなり、翌年の育ちが悪くなるという。
さらに衝撃の事実は、北海道内ではブドウの生育期の平均気温がすでに14度を超えて、15度台後半に達するところがあることだ。

ピノ・ノワールは、16度を超えると育たなくなるおそれがあると指摘されている。このため道内ではすでに、ピノ・ノワールより温暖なスペイン種を試験栽培するなどの動きも出ているというのだ。

「ワインは産地の気候の映し鏡だ。気候に変動があれば、それが素直に現れる。これをどう受け止め、何を求めて、どのように対応していくかが、私たちに問われている」

北海道でのワイン製造を30年あまりにわたって研究してきた東億さんはいう。

温暖化で“激変”する北海道のワイン。ワインの産地とその気候に目を向けると、気候変動の影響の大きさが、見えてくる。

私たちはそれをどう受け止めて、どのような行動をとるべきなのか。
ワインの味や香りを楽しむ一方、そうしたことにも思いをめぐらせないといけないのかもしれない。
函館放送局 記者
西田理人
札幌放送局 記者
黒瀬総一郎
ネットワーク報道部 記者
芋野達郎