性暴力被害 トラウマからの回復

性暴力被害 トラウマからの回復
「血の池に足を引っ張られるような怖い夢を見る」
「恐怖心から外に出られない」
「被害にあわなければ本当の私がいたのに」

「魂の殺人」とも言われ、被害者の体も心も深く傷つける性暴力。
苦しみは被害の瞬間だけではありません。多くの被害者は心に深い傷=トラウマを抱え苦しみ続けます。

勇気を振り絞って取材に応じてくれた被害者の証言から明らかになったトラウマの実態、そしてそこからの回復への道のりを探ります。

(広島放送局 記者・諸田絢香、広島放送局 ディレクター・池野彩)

※この内容は11月16日午後8時~「ハートネットTV」(Eテレ)で詳しくお伝えする予定です。

性暴力 トラウマの苦しみ

20代の会社員、ヒロミさん(仮名)です。

小学校高学年の頃から高校3年生まで義理の父親から性的な行為を強いられてきました。行為はヒロミさんの母親が家を空ける隙をねらって繰り返されたといいます。

しかし、幼いヒロミさんはその行為の意味がわからず、誰にも話すことができませんでした。

性暴力はそれが暴力だと本人に自覚がなくても心と体に深い傷を残します。ヒロミさんが中学生になった頃には、心と体にさまざまな症状が現れるようになっていました。
ヒロミさん
「ずっとしんどいなと自分で思ってて。胃や腸の調子が悪くて気分の浮き沈みが激しかった。常に死にたいなと思って自殺のサイトを見たり。心療内科にも連れて行かれて、その時は何が原因かわからないし、対処法もわからないままずっと何年も過ごしてきました」。
被害が周囲に発覚したのは高校3年生の春休みのことです。母親がヒロミさんが性暴力を受けていることに気が付き警察に通報したのです。

このとき初めてヒロミさんは自分が受けていたのは性暴力だと知りました。
ヒロミさん
「それを聞いた瞬間、勝手にすごい量の涙が出てきて、怒りなのかつらさなのか今まで抑えていたのがわーっと自分の中でなって、枕投げたりとか、いろんな感情が一気に込み上げてきた」。
その後、母親は離婚。ヒロミさんは義理の父親から離れることができました。

しかし、ヒロミさんの心身に現れたさまざまな症状は治まりませんでした。ヒロミさんは母親に連れられて精神科を受診し、そこで初めてPTSD=心的外傷後ストレス障害と診断されました。

PTSDは心の傷=トラウマによってさまざまな心身の症状が引き起こされるものです。子どもの頃からの被害で、それが「性暴力」だと理解できなくても自分の意思に反して行為をされた、侵害された経験はトラウマになります。

ヒロミさんが被害を自覚する前から抱えていた、心身の不調もそのためでした。自分でも気付かないうちに深く傷ついていたのです。

ヒロミさんは、トラウマの存在を早く知っていたら傷が浅いうちに対処できたのではないかと考えています。

長時間経て現れる トラウマの被害

トラウマの影響は被害から長い時間を経て突然、現れることもあります。

40代の会社員、ユウコさん(仮名)は、幼い頃から実の父親に性的な行為を繰り返されてきました。

父親の行為を否定できるようになったのは中学2年生の頃。以来、その記憶には触れないようにして生きてきました。

しかし、被害から30年以上たった3年前、幼いころからかわいがってくれ、心のよりどころとしていた祖父母を相次いで失ったことをきっかけに、被害の記憶がよみがえってくるようになりました。

次第に感情のコントロールができなくなり、周囲にどなりちらすようになったといいます。
ユウコさん
「性行為をされたことを思い出して、悔しさ、怒りとかでじっとしていられない。友人にも腹が立ってきて。友人はこのこと(性暴力被害)を知らなくて、普通の会話なんでしょうけど、私としたら幸せにぬくぬく育ったやつが何をいっているんだって。もう我慢ができなくなって。自分でも何でこんなにその人に対して腹が立つのかわからなくて、理屈では考えられなくて」
人間関係のトラブルが相次ぎ仕事や生活に支障が出るようになったユウコさん。何とかしたいと助けを求めたのが、インターネットで見つけた性暴力被害者のためのワンストップ支援センターでした。

ワンストップ支援センターは全国すべての都道府県に設置されているもので、性暴力被害者の相談に応じ、医療機関や警察につないだり、カウンセリングなどの精神的なサポートを行ったりします。

ユウコさんはセンターの勧めで精神科を受診し、性暴力被害のトラウマによるPTSDと診断されました。
ユウコさん
「本当の自分がこういう性格じゃなくて、病気のせいでこういう性格なんだと思って納得もしたし、ほっとしたし、ちょっとショックだったし。これがなかったら本当の私がいたわけじゃないですか。なんでこんな苦しい思いをして生きていかなければいけないのか」
PTSDは被害の記憶が突然フラッシュバックし、自分が再び被害を受けているように感じたり、何気ないことをきっかけに緊張してすぐイライラしたりするといったような、さまざまな症状が起こることで知られています。

PTSDを引き起こすトラウマに詳しい公認心理師で目白大学の齋藤梓専任講師によると、体の傷と異なり、心の傷=トラウマは目に見えないので周りの人が気付かずユウコさんのように人間関係が悪化することもあるといいます。

トラウマの記憶は衝撃的なものだけにほかの普通の記憶のようになかなか過去のものにならない、薄れていかないというのです。

トラウマは通常の記憶とどう違うのか。齋藤さんたちトラウマのケアの専門家は「心の中の引き出し」に例えて、説明します。

トラウマの記憶とは

心の中にはたくさんの引き出しがあって、これまでの人生のいろいろな記憶が入っています。

引き出しを開ければそれぞれの記憶を思い出すことができるし、思い出す必要がないときは引き出しは閉じられています。
ところがトラウマになるような体験の記憶はほかの記憶と違って触れるのも嫌だし怖いのでとりあえず箱に詰めて心の中に放置されます。整理されていないので箱の中にギューギューに詰められています。

なぜ整理されないかというと触ることができないからです。箱のふたがちょっと開いて中身が少し出てきただけでもひどく気分が悪くなってしまいます。
箱の中身を整理するには中身を取り出さなければなりません。すべてを取り出してきちんと整理すればほかの記憶と同じように引き出しにしまうことができるようになります。つまり、記憶をコントロールできるようになるのです。

どうすれば引き出しにしまうように、嫌な記憶と向き合うことができるのか。各地に設置されたワンストップ支援センターの中には専門的なトラウマケアを行っているところもあります。

トラウマケアの現場

名古屋市の病院の中に設置されたワンストップ支援センターです。

開設から5年。これまでに1500人以上の相談に応じてきました。何年も前の被害のトラウマに苦しんでいる人も少なくないといいます。
このセンターでトラウマケアを受けた40代のサキさん(仮名)です。

幼い頃から義理の父親に性暴力を受け、さらに10代後半でレイプ被害にあいます。

日常的に被害の記憶がよみがえり、恐怖心から家に閉じこもりがちになりました。それから20年以上、トラウマによる症状に苦しんできたといいます。
サキさんが受けたのはトラウマの記憶に向き合い少しずつ整理していくPE療法という治療法。公的保険の対象にもなっています。

この治療法には大きく2つのプログラムがあります。

一つは、トラウマの影響で避けていることを日常生活の中で少しずつできるようにしていくこと。サキさんは被害を受けたことによる恐怖心から「家の外に出る」ことを避けてきました。

プログラムでは、専門の医師や公認心理師などが常に寄り添い安全な環境の下でサキさんの恐怖心を取り除いていきます。

サキさんにはまず、毎日一定の時間、玄関の外に出ることが課題として設定されました。
課題を行うたびに、感じた不安の強さを0~100までの数値で表し記録していきます。毎日記録することで自分の感情の変化を知ることができるというのです。

初日、玄関の外に出る前の不安の数値は40。外に出たときは100では収まらず130と記しました。
並行してもう一つ行うプログラムが、トラウマとなっている記憶の整理です。

トラウマの記憶を思い出し、繰り返しことばにしていきます。この様子を録音し、家でも繰り返し聞くことで、記憶を整理していきます。こうやってトラウマの記憶に繰り返し触れることで、それは過去に起きたことであって今の自分を傷つけるものではないと考えられるようになっていくといいます。
これまで誰にも話したことのない被害の記憶。向き合うのは、サキさんにとってとてもつらいことです。

しかし、公認心理師が常に寄り添い話を聞いてくれたことで少しずつ話せるようになったといいます。
サキさん
「こんなこと絶対に話せないって思ってたけど、それを話したときに『ああ』って思ったんです。自分の中で。自分の中で気持ちがふーっととけていって。初めてこういうふうに受け止めてもらえて、初めてこういう人に出会えたんだと思って」
長江美代子さん
「本当にその人を苦しめている認知っていうものをきちんと変える。変えるのはすごく難しいんですよ。でも自分ひとりでは絶対に向き合えないです。怖すぎて、嫌すぎて、つらすぎて。そして回避して、かい離して、ずっとずっと生きてきたんです。(被害の記憶を)過去のものにしてやっと今に立てて、先が考えられるようになる」
プログラム開始から3か月。サキさんの外出への不安の強さは130から30まで下がりました。トラウマの記憶も少しずつ整理することができ、治療から半年で外出への恐怖やフラッシュバックなどの症状は無くなったといいます。

しかし、こうした専門的なトラウマケアが受けられる施設は限られ、専門の人材も多くはないのが現状です。

トラウマケアの専門家はまずは信頼できる支援者とつながることが大切だといいます。
齋藤梓さん
「1人でずっとがんばっているって本当に大変なことで、専門的なトラウマケアでなかったとしても、医師や、公認心理師、あるいは都道府県に設置されたワンストップ支援センターの相談員の方とか、自分の状態を知ってくれる誰かがいて、安心して話せる誰かがいるということはすごく大事なことだなというふうに思っています」

トラウマケア 周囲にできることは

被害を受けた人が安心して話せる環境をつくるためにはどうしたらいいのか。被害者支援の動きが広がる中、支援を行う自治体の職員などを対象にした研修も始まっています。
ことし「犯罪被害者等支援条例」が施行された山口県。

11月、被害者支援にあたる県内の自治体の職員などを対象に、被害の実態や、被害者に接するうえで心がけることなどを学ぶ研修会が開かれました。

この中で紹介されたのが、「トラウマインフォームドケア」と呼ばれる対応の方法です。

怒りっぽくなったり、イライラしたり、トラウマが心身に与える影響はさまざまです。その影響について正しく理解し、「この相談者はトラウマによってこのような行動をとっているのではないか」というアンテナを張ることで、相談者が抱える生きづらさのサインに気付き、適切な支援につなげていくのがねらいです。

支援を必要とする人に寄り添い、人生を取り戻すための支援を行うための現場の模索です。
「幼いころから被害を受けていたから自分には“普通”が分からない。だからこそこれからの人生で“普通”の幸せを目指して生きていきたい」
今回、取材に応じてくれたサキさんのことばです。

人生の一部を性暴力によって奪われ、その後もトラウマによるさまざまな症状に苦しめられてきた女性たちを取材し、性暴力が「魂の殺人」であることを改めて感じました。

3人の女性はそれぞれの方法で少しずつ、自分の人生を取り戻そうとしています。

そして、「同じように苦しんでいる人の助けに少しでもなれば」とみずからの体験を話してくれました。

彼女たちの「証言」をむだにせず、いまも被害に苦しむ人たちに支援が届く社会に近づけるよう私たちも取材を続けます。

ワンストップ支援センター 全国共通短縮番号#8891
広島放送局記者
諸田絢香
2020年入局
新型コロナや性暴力問題をテーマに取材
広島放送局ディレクター
池野彩
2018年入局
女性史や性暴力に関する番組を制作