南ア デクラーク元大統領死去 アパルトヘイト撤廃でN平和賞

南アフリカでアパルトヘイト=人種隔離政策の撤廃を実現させマンデラ元大統領とともにノーベル平和賞を受賞したデクラーク元大統領が11日、死去しました。85歳でした。

デクラーク氏の財団はデクラーク元大統領が11日、南アフリカ・ケープタウンの自宅で85歳で亡くなったと発表しました。

デクラーク氏は1936年にヨハネスブルクの白人の家庭に生まれ、大学卒業後、政治の道へ進みました。

1989年に大統領となり、よくとしには27年間にわたって拘束されていた黒人指導者のネルソン・マンデラ氏を釈放し、マンデラ氏と協力して少数の白人が大多数の黒人を支配したアパルトヘイトの撤廃に取り組みました。

こうした功績が評価され1993年にはマンデラ氏とともにノーベル平和賞を受賞しました。

その後、1994年に初めてすべての人種が参加して行われた民主的な選挙でマンデラ氏が大統領に選ばれると、デクラーク氏は副大統領を務めました。

そして政界を引退したあとも財団を立ち上げるなどして国民の融和を目指してきました。

財団によりますと、デクラーク元大統領はがんで闘病を続けていたということです。

ラマポーザ大統領は…

デクラーク元大統領の死去を受けて、ラマポーザ大統領は記者団に対し「民主化に向けて重要な役割を果たした」と述べたうえで、デクラーク氏がアパルトヘイトを推進していた政党の政治家でありながら撤廃を決断したことについて「みずからの政党の方針から距離を取る勇気があった」と述べて功績をたたえました。

デクラーク元大統領「最後のメッセージ」公開

デクラーク元大統領が「最後のメッセージ」として語る動画が死去のあと公開されました。

この動画はデクラーク元大統領が亡くなったあと、デクラーク氏の財団によって公開されました。

「最後のメッセージ」として本人がおよそ7分間にわたって語りかける内容となっています。

この中でデクラーク氏は「若いころにアパルトヘイトを擁護していたのは事実だ。しかし1980年代の初頭に考えがまるっきり変わった。まるで改心したかのようにアパルトヘイトが間違っていると気付いた」と語っています。

そのうえで「何度も謝罪したが信じてくれない人もいた。この最後のメッセージで繰り返させてください。アパルトヘイトが有色人種の人たちに与えた痛みや屈辱について無条件で謝罪します」と述べています。

デクラーク氏はアパルトヘイトを推進していた政党の政治家でありながら大統領に就任後、黒人指導者のネルソン・マンデラ氏と協力して撤廃を実現させ、1993年にはマンデラ氏とともにノーベル平和賞を受賞しました。

メッセージの最後でデクラーク氏は「私たちが手を取り合い知恵を出し合えば南アフリカは直面する課題を克服し、極めて大きな潜在能力を発揮できると強く信じている。どうかその勇気と工夫が示されますように」と締めくくっています。

松野官房長官「心からご冥福をお祈り申し上げる」

松野官房長官は、閣議のあとの記者会見で「お悔やみを申し上げる。デクラーク元大統領は、アパルトヘイト体制における最後の白人大統領として、在任中、ネルソン・マンデラ氏などの政治犯の釈放やアパルトヘイト法の撤廃を実現した。1993年には、対話による平和実現の功績によりマンデラ氏とともにノーベル平和賞を授与された。心からご冥福をお祈り申し上げる」と述べました。