WEB特集

「声」の仕事で道がひらけた私が いま伝えたいこと

「聞く人にすっと入ってくる、そんな読み方ができる人になりたいです」

こう語るのは幼少時に視力を失った女性です。コロナ禍で仕事や暮らしが大きく揺らぐ中、趣味の朗読が新たな道を切り開きました。橋渡しをしたのは、全盲の両親のもとで育った女性。目が見えないからこそ、思いを声に乗せて伝える力があるといいます。
(おはよう日本ディレクター 小島日佳里)

コロナ禍で苦境の視覚障害者

埼玉県に住む竹内智美さん。先天性緑内障で7歳の頃から完全に目が見えなくなりました。

視覚障害者が多く活躍するヘルスキーパー(企業内理療師)として働いています。
去年の春、竹内さんは今の仕事を続けられるのか不安な思いで過ごしていました。

きっかけは新型コロナウイルスの感染拡大です。人との接触を控えることが求められる中、人に触れる必要があるマッサージ業などにつく人々の中には、自宅待機や退職をせざるをえないケースが増えていました。

竹内さんも一度目の緊急事態宣言中は特別休暇を取得。まわりの仲間も苦境に立たされていました。
竹内さん
「同じ職種の友達は在宅勤務をしてほしいと言われていて、いつ来ていいかなかなか連絡が来ないという方もいましたし、休職扱いになる方もいました。本当にどうなっていっちゃうんだろうなって、気持ちは焦るし、でも何もできないし…そんな感じでした」
日常生活においても、戸惑う日々が続きました。
竹内さん
「買い物に行くとき、今までだったらすぐ店員さんが『何かお困りですか』と言って下さったんですけれど、声かけも少なくなってしまったので、1人で買い物に行ってもしばらくうろうろして。並ぶ場所も『線を引いたところに』と言われてもどこなのか分からないし、教えてくださいというのも気軽に言い出せなくて…」
触覚を頼りに生活し、仕事としても生かしてきた竹内さん。

非接触が求められるコロナ禍での生活には、大きな苦しさがありました。

“視覚障害者だけのナレーション事務所”

そんなとき出会ったのが、視覚障害者専門のナレーション事務所「みみよみ」です。去年6月に設立されました。

実は竹内さんは朗読が趣味で、物語を覚えて子ども向けに語りかける活動にも参加していました。そこで同じく朗読の活動をしている友人が「一緒にやってみないか」と誘ってくれたのです。

ただ、ナレーションを職業にできるとは「夢にも思っていなかった」といいます。
スタジオでの収録に臨む竹内さん
竹内さん
「どうしても映像などを見て対応しなければいけないし、それを仕事にするのはかなり厳しいと学校の先生方からも言われていたので、仕事になるとは思っていなかった」

新たな仕事に感じる喜び

友人からのすすめもあり、思い切って挑戦することにした竹内さん。動画配信サイトに朗読を公開することから始め、次第に企業から依頼が来るようになりました。

録音や編集などの作業は自宅で行うこともできます。この日は自宅で、大手企業の株主総会のナレーション収録をしました。
自宅でも収録
竹内さんの声に魅力を感じた企業からの依頼でした。
原稿は、文字データを瞬時に点字に変換するディスプレイを使いながら読み上げます。
ことばのイントネーションや声のトーンに迷ったときは、事務所の担当者に電話で確認します。

これまでに受けた依頼は、留守番電話サービスの案内コメントなど15件以上。思いもよらなかった新たな仕事に、可能性と喜びを感じています。
竹内さん
「社会の中で自分が役に立てることが、この分野でもあったんだなというのがうれしいですね。聞き手の方が何も原稿を見なくても、読まれているものがすっと頭に入ってくる。そんな読み方ができる人になりたいと思いつつ、日々頑張っています」

思いを声に乗せて伝える力

「みみよみ」には現在、大学生から50代までおよそ30名の視覚障害者が所属しています。

日本初となるこの事業を立ち上げたのは、荒牧友佳理さん。全盲の両親のもとで育ってきました。
荒牧友佳理さん(中央)と両親
荒牧さんは幼いころから、両親の耳と声には特別なよさがあると感じてきました。人の心の機微を読み取る力や、思いを声に乗せて伝える力があったといいます。
荒牧さん
「父は特に耳がよくて、階段をトントントントンって上ってくる音で誰か分かるとか体調が分かるとか。目が見えない分、ことばをしっかり伝えようという意識がすごく行き渡っている印象はあったんです、昔から」
視覚障害者の能力を職業として生かしたいと考えてきた荒牧さん。

あえてコロナ禍での立ち上げを決めたのは、視覚障害者の雇用環境が悪化していると知ったからでした。
荒牧友佳理さん
荒牧さん
「私の両親もヘルスキーパーだったんですよね。仕事が減ってしまったら、みんなどうなっちゃうのかな。在宅で特技を生かしてできる仕事をつくりだせないかなと考え始めました」
営業や事務処理などは事務所が代行し、ナレーターがなるべく在宅で仕事ができる体制を目指しました。

設立から1年余りで、映画予告やラジオCMなど、依頼の幅も広がっています。

コロナ禍で悪化する障害者の雇用環境

いま、新型コロナウイルスの影響で、障害者全体の雇用環境は悪化しています。

令和2年度の障害者の就職件数は前年度と比べて12.9%減。12年ぶりの減少となりました。
また日本視覚障害ヘルスキーパー協会が会員を対象に実施した最新のアンケートによると、ことし10月時点でも出勤すらできていない人が約2割。精神的に影響を受けている人は6割以上いるといいます。

日本視覚障害ヘルスキーパー協会の会長で、自身もヘルスキーパーとして働いている松坂英紀さんはこう話しています。
日本視覚障害ヘルスキーパー協会会長 松坂英紀さん
松坂さん
「会社と話し合いができないまま退職する人や、自宅待機が長く続き自分の存在意義を見失ってしまう人も多い。まずは自分たちにできることを伝えていきながら、今後も視覚障害者の職業の可能性を広げていきたい」

一人一人の可能性 広がる社会に

コロナ禍で社会が大きく変わるなか、自分には見えていない、苦悩やつらさを抱えている人がいるのではないか。そう気付かされた取材でした。

ナレーターの仕事を始めた竹内さんのことばが強く心に残っています。
竹内智美さん
「厳しいと言われていたとしてもいろいろな可能性はあると思う。みんなにその可能性があるのではと、私自身はいま感じています」
一人一人の可能性を引き出す取り組みがどのように広がるか、今後も取材を続けていきたいと思います。
おはよう日本ディレクター
小島日佳里
2020年入局
今月から長野局に赴任

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