まるでホンモノ?活躍する その“ヒト”の正体

まるでホンモノ?活躍する その“ヒト”の正体
彼らは“架空のヒト”です。
ぱっと見ただけでは、本物の人間と見分けがつきません。
そんな彼ら、いま急速に活躍の場を広げています。
いったいどんな活躍をしているのでしょうか。
そして”彼ら”の正体とは?
(ディレクター 天城亮太郎)

いったい彼は?

グラスを片手に、カメラに向かってポーズを決める男性。

彼の名前は「山鳥水生」(やまとり・みずき)。
大阪生まれの27歳。
得意料理はしょうが焼き。
座右の銘は「やってみなはれ」。
ある時は、都内の居酒屋で。
またある時は、CMの撮影現場でタレントと写真撮影。

でも彼、本当の人間ではありません。
CG=コンピューターグラフィックスを使って人間そっくりに作られた「バーチャルヒューマン」です。

大手飲料メーカーのバーチャル社員として活動しています。

なんでバーチャル?

“彼”を起用したのは、この会社のデジタルマーケティングを行う部署です。
会社では、SNSをよく使う若い世代へのアプローチを強化しようと、去年秋に専用のアカウントを開設。
「宣伝担当の部署に所属する男性」という設定で、写真や動画の投稿を続けています。

企業の広告と言えば、芸能人やモデル、マスコットキャラクターが定番です。
なぜわざわざ、バーチャルヒューマンを起用したのでしょうか。

その秘密は、バーチャルならではの「自由度の高さ」にありました。
彼は、生身のタレントではありません。
このため、スケジュール調整の必要はありません。
タレントのイメージを配慮する必要もありません。
彼の設定は“仕事もお酒も勉強中の若手社員”。
会社では、フォロワーの反応を見ながら、投稿写真やコメントを柔軟に変更しています。
例えば料理動画。
最初は凝った料理を作る様子を投稿していました。
しかし、フォロワーから簡単に作れる料理も教えてほしいというリクエストがあったこともあり、内容を調整。
短時間で出来る料理の投稿を増やしました。

投稿した写真や動画には、自社の商品や宣伝をさりげなく織り込むこともできます。

バーチャル社員なので、“人事異動”はありません。
会社の戦略やフォロワーの反応を見ながら、キャラクターをじっくり育てていくことができるのも大きな魅力だと言います。
香取さん
「SNSをフル活用されているようなフォロワーさんにとって、できるだけ等身大の存在としてありたい。動画の公開を続けるなかで、しっかり個人として認識していただき、コミュニケーションをとっていただけるというのは、想定を超える期待を超える反応をいただけたと思います」

店頭で接客のバーチャルヒューマンも

一方、店頭で接客を始めたバーチャルヒューマンもいます。
彼女の名前は「アデラ」。
10月上旬、都内のアパレルブランドの専属モデルとしてデビューしました。
制作したのは都内のIT企業です。
完成にかかった時間は、なんと、およそ1年。
キャラクターのイメージを固めるため、性格、趣味、食べ物の好みまで細かく設定されています。

髪の毛や眉毛、肌の微妙なつやまで。
よりリアルに見えるよう、調整を重ねました。

アデラの役割は?

「アデラ」の役割は2つ。
1つは、洋服のコーディネート写真をSNSに投稿するモデル業。

もう1つは、接客です。
「アデラ」は、音声会話用のAIを使うことで、店頭に置かれたモニター越しに、接客を行うこともできます。
おすすめのコーディネートを聞いてみると、「リネンのセットアップ。色味がとてもかわいいです」と答えてくれました。
「アデラ」は、モニターさえあれば、いつでもどこでも”出張”できます。
このブランドは、都内を中心に4つの店舗を展開しています。
今後は、SNSでの発信はもちろん、「接客もしてくれるモデル」という付加価値で集客効果のアップをねらいます。
黒石さん
「これまでも、店のスタッフのコーディネートを参考にして購入するお客さんが多くいらっしゃいました。これからは、実際に店舗に行くと、モデルの『アデラ』に会えて、話ができることで、新しい顧客やファン層をつかめるのではないか」

バーチャルだからできる表現

一方、現実の人間では難しい広告表現のため、バーチャルヒューマンを利用した例もあります。

去年、カミソリなどの刃物を作る会社が掲載した広告です。
体毛を処理するかどうかは、個人が自由に選んでいいのではないかというメッセージをあえて打ち出し、大きな話題となりました。

なぜ、実在するモデルや芸能人を起用しなかったのか。
担当者は、「広告に込めたメッセージをそのまま伝えるためだった」と話します。
齊藤広報宣伝部次長
「メッセージ性のすごく強い広告だったので、実在するモデルや著名人を起用すると、その方がもつキャラクターや思想が影響してしまい、メッセージを正しく届けられないのではないかという懸念がありました。ニュートラルな存在であるというのがバーチャルヒューマンにはあるのではないか」
今回の広告が物議を醸し、いわゆる“炎上”するおそれもあるとも考えていたと言う担当者。

そうしたリスクを避ける意味でも、バーチャルヒューマンは適任だったと考えています。
齊藤広報宣伝部次長
「今後も表現の選択肢の1つとして、バーチャルヒューマンを活用していきたい」

技術が進化する一方で

企業広告の現場で、ごく“自然”に活躍するバーチャルヒューマン。

今回取材したバーチャルヒューマンの写真を私の周りの何人かの同僚に見せたところ、本当の人間かどうか、すべて見分けがついた人は、ほとんどいませんでした。

ただ開発している企業によると、この技術はまだまだ発展途上なのだそうです。
今後、技術革新がさらに進めば、髪の毛や肌の質感を高めたり、自在に動けるようにすることも可能になり、よりリアルなバーチャルヒューマンが続々と登場する可能性もあります。

一方で、本物の人間かどうか見分けがつかないことに不安や不気味さを感じる方もいるかもしれません。
そもそも、バーチャルヒューマンの利用に関するルールなどはあるのでしょうか。

専門家は、この分野はまだ“黎明期”だと話します。
越前教授
「バーチャルヒューマンを利用したビジネスモデルはまだ黎明期で、世界的に見ても、バーチャルヒューマンであることの表示を義務づけるようなルールや規制はまだありません」
越前教授は、明確なルールなどがない中で、技術を運用する企業には、高い倫理観と誤解を生まない使い方が求められると指摘します。
越前教授
「商品を使用した感想などをあたかも本物の人間が話しているように見せかけ、消費者に誤認させるような使い方も想定されます。企業側は今後、どうしたらこの技術をビジネスに生かせるか考えているところです。誤解を生まないような健全な事業化を意識してほしい」
バーチャルヒューマンの技術は、子どもの頃に見たようなSF映画の世界がぐっと現実に近づいたことを感じさせてくれました。

まだまだ発展途上のこの技術。

まずは利用する側が、健全な技術の発展に向け、十分に検討を重ねながら活用を進めていくことが大切だと感じました。
ディレクター
天城 亮太郎
平成27年入局
松江放送局を経て経済番組を担当
eスポーツやフードテックなど最新のトレンドや技術を取材