WEB特集

海に飲み込まれる国 モルディブ

「今世紀末には国が消滅してしまうだろう」

こう話すのは、インド洋の島国モルディブの大統領です。日本人にも人気のリゾート地、モルディブでいったい何がおきているのでしょうか?(ニューデリー支局記者 太田雄造)

ビーチの異変

モルディブの空港が近づき、機体が降下し始めると、乗客たちが次々に窓にスマホを構えます。

写真におさめているのは透き通った海に浮かぶ島の数々。ハネムーンやリゾートの行き先として、世界的な人気を誇るモルディブですが、いまその楽園が存続の危機に立たされています。
首都マレから高速船で30分ほど。サーファーに人気のスルスドゥー島には多くのゲストハウスが建ち並んでいます。

しかし、その目の前に広がるビーチに異変が起きていました。
細長い無数の根がむき出しになったヤシの木が、あちこちで倒れ、朽ち果てていました。砂浜の浸食が進み、根が幹を支えられなくなったといいます。

この島で生まれ育ったアブドゥル・マンナーンさん(60)は、特にこの1年ほどで浸食のペースが速まっていると証言しています。
アブドゥル・マンナーンさん
マンナーンさん
「昔の砂浜はとても広かったが、突然、浸食が始まり、ヤシの木がどんどん倒れていった。これまでに20本以上が倒れた。砂浜は7メートル以上も狭まっている」
こうした光景はこの島だけではありません。およそ1200の島からなるモルディブですが、すでに97%の島で浸食が始まり、64%の島では深刻な被害が出ています。

マンナーンさんは倒れたヤシの木を触りながらつぶやきました。
マンナーンさん
「このペースで浸食が進めば、この美しい島はすぐに消えてしまうだろう」

国がなくなってしまう

浸食の要因となっているのが、温暖化による海面上昇です。

“1.01メートル”

これは国連のIPCC=気候変動に関する政府間パネルがことし8月に公表した海面上昇の予測です。

化石燃料を大量に使い続けた場合、2100年までに最大で1メートル余りに達するおそれがあると指摘しています。

海面が1メートル上がるとどうなるのか、具体的にイメージしづらいかもしれませんが、モルディブの島の8割は海抜1メートル以下なので、今世紀末には国の大部分が失われてしまうおそれがあるのです。

モルディブで気候変動問題を担当する閣僚のことばには、国がなくなってしまうかもしれないという危機感がこもっていました。
政府の担当閣僚
「サンゴ礁は死に、水産業はほろび、頼りの観光業も廃れる。モルディブは死に、人が住めなくなってしまう」

土地をみつけることが絶対に必要

モルディブ政府は、なんとか生き延びようと新たな島の開発を進めています。

首都マレと橋でつながるフルマーレ島は「シティ・オブ・ホープ=希望の都市」と呼ばれています。広さ400ヘクタール余りの、埋め立てられた人工の島です。
もともと20年余り前、マレの人口過密の解消などを目的に、政府は島の埋め立てに着手しました。海面上昇対策もとられ、海抜は2メートルが基準となっています。

これまでに島の半分の開発が終わり、集合住宅や商店街、学校、それに人工のビーチなどがきれいに整備されています。

西日が差し気温が下がるころには、スケートボードパークで子どもたちの滑る音が響いていました。
この島ではすでに5万人余りが新たな生活を始めています。さらに残り半分のエリアでも本格的な開発が始まり、いくつものマンションの建設が急ピッチで進んでいます。

モルディブは高層ビルが少ないため、ほかの島とは異なる雰囲気が際立ちます。
建設中のマンション
将来は、モルディブの全人口の4割、20万人余りがこの島に住むことができるようになるということです。

人工の島というと、中東ドバイにあり高級ホテルや別荘が建ち並ぶ「パーム・ジュメイラ」が有名ですが、モルディブで開発を請け負う企業の担当者は次のように違いを説明します。
企業の担当者
「ほかの地域でも人工の島はありますが、ほとんどの場合それは裕福な人たちのためです。私たちはそのような開発をする余裕はありません。土地を見つけることが絶対に必要なのです」

沈まぬ島

さらにモルディブでは、人工島の次を見据えた、壮大な計画も進んでいます。

それは海上に浮く都市の建設です。埋め立てではなく、文字どおり「海に浮いている」といいます。

本当にそんなことができるのか?波で揺れないのか?計画を知った時、次々と疑問がわいてきました。
これがその計画のイメージ図です。

コンクリートのブロックをサンゴの模様のように組み合わせて作られています。補強工事が施された環礁に囲まれているため、波の影響はほとんどないといいます。

その最大の特徴は、海面が上昇すれば、それに合わせてブロック全体が浮き上がる仕組みになっていることです。

モルディブ政府がオランダの企業と共同で開発を進め、5000戸の住居のほか、行政施設やホテルなども整備されることになっています。オランダでは多くの水上住宅が建設されていますが、この規模の都市がまるまる海上に浮かぶのは世界でも初めてだということです。
住宅はすべて海に面し、広さは100平方メートル以上。値段は安いもので25万ドル、日本円で2800万円ほどから。

近く工事が始まり、3年ほどで完成する見込みです。

海面上昇によって水没するおそれがある国は、モルディブだけではありません。南太平洋の島国なども同様の危機にあります。

共同開発にあたる企業は「モルディブを海面上昇対策のモデルケースにしたい」と話していました。

1.5度より上は死刑宣告

ただ、こうした取り組みはいわば対症療法で、気候変動対策そのものが進まなければ、すべてがむだになりかねません。

11月、イギリスのグラスゴーで開かれている国連の会議、COP26の最大の焦点は世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5度に抑えることで一致できるかどうかです。

COPで演説したモルディブのソリ大統領は、世界のリーダーたちに次のように訴えました。
ソリ大統領
「モルディブは気候変動で地図から消えるかもしれないとよく言われるが、その現実を実感している。島は少しずつ海に飲み込まれている。その運命はほかの国々が待ち受ける厳しい未来の暗い兆しとなるだろう。これが気候変動に先手をうつ最後のチャンスになるかもしれない。どうかこの機会をむだにしないでほしい」
モルディブの将来は世界が温室効果ガスの排出削減を約束し、それを実行できるかにかかっています。

特に日本を含む先進国には、資金や技術の提供などより多くの責任があります。

そしてモルディブや世界を守るために私たち一人一人にもできることがあります。

モルディブのシャウナ環境・気候変動・技術相はインタビューでこう呼びかけました。
シャウナ環境相
「1.5度と2度の違いはモルディブにとって死刑宣告です。まずは石油などの化石燃料への依存を見直す必要があります。日常生活で車を使う回数を減らし、公共交通機関を使いましょう。プラスチックを減らしましょう。私やあなたが減らすことで大きな助けになります」

遠い未来の話として片づける?

モルディブで話を聞いた人たちのことばには、それぞれに国がなくなるという危機感がストレートに表れていました。

その一方で、今すぐに行動を始めれば未来は変えられるという、願いにも似た希望も口にしています。

国がなくなるおそれが指摘される2100年を、遠い未来の話として片づけるのか。それとも、きょうやあすの延長と考え、少しだけ生活を変えてみるのか。

私たちはいま大きな岐路に立っています。
ニューデリー支局記者
太田雄造
2009年入局
広島局、国際部を経て現所属

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