ビジネス特集

“底なし”のレコード需要 ~人気再燃のなぜ?~

CDに主役の座を奪われ、一時は消滅の危機にあったアナログレコード。しかし数年前からレコード人気が再燃し、アメリカでは去年、CDの売り上げを34年ぶりに上回るなど世界的なブームになっています。こうした中、世界から熱い視線が注がれているのが“日本の中古レコード”。30万円ほどの高値で取り引きされるものも少なくないんだそうです。世界で沸騰するレコード人気の秘密。徹底的に調べてみました。(経済部記者・長野幸代)

沸騰!アナログレコード人気

最初に訪ねたのは、ことし9月に東京・渋谷にオープンした国内最大級のアナログレコードの専門店。

店頭にはおよそ7万枚のアナログレコードがずらりとそろえられています。

この店の売り上げ上位ランキングを見てみると…
30年前にリリースされた山下達郎さんのアルバムのリマスター盤や、大滝詠一さんの名盤、それに宇多田ヒカルさんの新作など。

私にとってなじみがあるアーティストの作品からそうじゃないものまで、時代を超えたさまざまな作品が並んでいます。

この数年、国内外の人気アーティストが新曲をリリースする際にCDとレコードで同時に発売する動きが広がっていて、20代を中心とする若い世代で人気が高まっているそうです。
タワーレコード渋谷店 青木太一店長
青木店長
「最近はあえてアナログレコードでしか新譜をリリースしないアーティストも出てきています。生産量も右肩上がりで増えていますし、20代を中心とした若い方から長年レコードをたしなんできた方まで多くの方に来ていただいています。レコードの需要は高まっていると思います」

アメリカでは34年ぶりCD超え!

日本レコード協会にも話を聞いてみましたが、このレコード人気、本物のようです。

アナログレコードの生産額は、41年前の1980年がピークで1812億円。

しかし、そのあと登場したCDやインターネットの音楽配信サービスに取って代わられる形で2010年には1億7000万円まで落ち込みました。

しかし、それからじわじわレコード人気が再燃。

2020年の国内での生産額は21億1700万円と、この10年で12倍に増えています。

海外でのレコード人気はより鮮明です。

アメリカでは去年、1986年以来34年ぶりにレコードの売り上げがCDを上回ったほか、イギリスでも去年の売り上げが1989年以降で最も多くなっています。

なぜ人気?「手間」「不便」の魅力

しかし気になるのは、そのお値段です。

月1000円ほどの定額制でスマホで音楽が聴き放題の時代。

CDと比べても1.5倍ほどの価格帯の作品が多く、聴くにはレコードプレーヤーも必要になります。

それでもなぜ、若い世代にレコードが人気なのでしょうか?レコード専門店で話を聞いてみると…
20代・専門学生
「1、2年前に好きなバンドがレコードを出していることを知って買ってみようと思いました。ジャケットが大きいので映えますし、手間をかけて音楽を聴く感じがよくてハマっています」

20代・大学生
「コロナで家にいる時間が増えて、レコードを聞き始めました。集めるのも楽しいですし。私は古い音楽が好きなんですが、そういうものは当時と同じレコードで聴いた方がいいかなと。リスペクトみたいな感じですね」

30代・自営業
「音のぬくもりや柔らかさがあるんじゃないでしょうか。ネット配信の音楽とは違ってレコードは形があるので、大事にしたい、かわいがりたいという気持ちになります」
なるほど…アナログならではの温かみがある音に加えて「SNS映えする」「簡単じゃないのが逆にいい」というのが人気の秘密なんですね。

指先の操作ひとつで簡単に聴けるデジタルの利便性と真逆のことが、若者にとって新鮮な魅力になっているようです。
「ニュースウォッチ9」の和久田キャスター。

11月4日にこの話題を番組で放送した際に生まれて初めてレコードに針を落としたそうなんですが「音が鳴り出すまでの瞬間がこんなにワクワクするなんて…」と話していました。

その感覚、分かる気がします。

生産現場は24時間フル稼働

次に訪ねたのは静岡県焼津市のレコード生産工場。

高まるレコード人気でフル稼働の状況が続いていました。

ことしの受注は去年の2倍に増加し、土日や祝日も工場を休まず24時間体制で生産にあたっているといいます。
50年ほど前のレコード生産工場
この工場を運営するソニーグループの企業、実は1989年にレコードの生産事業からいったん撤退していました。

最盛期には50台のプレス機をフル稼働して生産にあたっていましたが、撤退の際に設備はすべて処分したんだそうです。

ほかの業者の撤退も相次ぎ、レコードの生産工場は日本国内で1社のみという時代が長く続きました。

しかし3年前、高まる人気で29年ぶりにレコードの生産を再開。

かつてのOBに話を聞くなどして、イチから生産技術を磨いているといいます。
ソニー・ミュージックソリューションズ 青木功雄さん
青木さん
「土日を含めまして3交代制で24時間フル稼働となっていて、8月末からピークになっています。生産枚数も年々増えていて大変ありがたく思っています」

中古レコード市場も活況 売り上げ2倍以上に

レコードの需要が高まる中、中古レコードの市場も活況となっています。

横浜市の輸出会社は、4年前から個人や提携する業者から中古レコードを買い取り、毎月およそ3万枚をコンテナでドイツの拠点に運んでいるといいます。
ドイツ・ベルリンの倉庫に保管されているレコードは実に20万枚。

すべて日本から届いた中古レコードです。

インターネットで世界中から注文を受け付け、この拠点から各地に配送することで日本から送るより配送料を低く抑えることができるんだそうです。

ことし8月までの会社の売り上げは去年の2倍以上に増えたということです。
ドイツの倉庫の中を見せてもらうと、日本から運ばれたレコードは、海外でも人気があるビートルズなどの洋楽だけではありません。

山下達郎さんや竹内まりやさんなど1970年代から80年代にかけてリリースされた「シティ・ポップ」と呼ばれる作品や、藤圭子さんなど昭和の歌謡曲もあります。

YouTubeなどを通じて日本のアーティストの曲が時代を超えて広がり、海外でも人気が高まっているそうです。

「底がないくらいにレコードの需要がある」と話す輸出会社の社長。

しかし、私が「これからは日本以外の国でも中古レコードを買い集めるのですか?」と尋ねてみると、意外な答えが返ってきました。
輸出会社「イザード」 小坂ランゲ由維社長
小坂社長
「いいえ。これは日本だからこそ成立するビジネスなんです。30年前、40年前に買った物がなんでこんなにきれいな状態で保管されているんだろうと本当に不思議で…」
日本の中古レコードだからこそ人気がある?どういうことなのでしょうか。

中古レコードは日本の宝? “OBI付き”に熱視線

小坂社長によると、日本の中古レコードは欧米のものと比べて傷が少ないものが多く、保存状態が良いため、海外で特に人気が高いといいます。

さらにその価値を高めているのが、レコードのジャケットに付いている「帯」です。

収録されている楽曲や、アーティストの説明などが書かれた日本のレコード業界独自のもので、海外でも「OBI(オビ)」と呼ばれているんだとか。

“帯付き”のレコードは希少価値が高く、中には20万円から30万円ほどの高値で取り引きされるものも少なくないそうです。

このレコードは自分しか持っていないという優越感、読めない文字も含めて海外では魅力になっているようです。
小坂社長
「本当に日本だからできる。日本人の本当に細かさであったり、丁寧に扱うとか、そういったところに、弊社としてはすごくチャンスを見いだしていますね。需要に関してはもう底なしにあり、仕入れさえすれば絶対に売れる状態になっています。これからも日本の“宝”を、世界中に流通させていきたいです」

ビジネスチャンス 中古レコード争奪戦

思わぬ“お宝”がまだ眠っているかもしれない…。

今、新たに中古レコードの買い取り事業に参入する企業が相次いでいます。

着物やブランド品などの買い取りを手がける「バイセルテクノロジーズ」。

ことし9月から新たに中古レコード事業に参入しました。

ビジネスチャンスを逃すまいと、中古レコードの争奪戦も激しくなっています。
バイセルテクノロジーズ 大野直之さん
大野さん
「コロナで在宅の時間が増え、断捨離や遺品整理などで買い取りのニーズがあると感じていました。同業者もレコード買い取りに次々に参入していますが、レコードは世界的に人気が高まっているので、うちの会社にとってもビジネスチャンスがあると考えています」

原油高騰の影響はレコードにも…

原材料の塩化ビニル樹脂
すっかり息を吹き返し、絶好調にみえるレコード市場。

ただ、すべて順風満帆という訳ではないようです。

レコードは、「塩化ビニル樹脂」というプラスチックの一種でできています。

160グラムほどの樹脂を蒸気で溶かし、粘土状に固めたものを金型でプレスして作られます。

その原材料は「石油」と「塩」。

このため最近の原油価格の高騰の影響を避けることができないのです。

実際に国内の化学メーカー各社は、ことしに入って塩化ビニル樹脂の価格を相次いで値上げしています。

大手の「信越化学工業」は、ことし3度目の値上げを発表。

今月21日の納入分から、国内向けの販売価格を1キロあたり40円以上引き上げました。

値上げ幅は過去最大です。
アメリカでも、ことし10月の市況価格が1トンあたり2022ドルと、おととしの同じ月の2倍以上になっています。

実はこの「塩ビ」、私たちの生活に身近なありとあらゆる物に使われています。

例えばオフィスの壁や住宅の床、天井、水道管など。

医療用の手袋やスーパーなどの食品のラップフィルムにも使われていて世界経済の急激な回復による需要の高まりも、価格高騰に拍車をかけているようです。
ソニーグループのレコード生産工場
静岡県焼津市のレコード生産工場でも、この夏、メーカーから仕入れている塩化ビニル樹脂の価格が5%、値上げされたと話していました。
ソニー・ミュージックソリューションズ 青木さん
「材料費が上がれば利益が少なくなるので少しでも安く仕入れたいですが現状はメーカーの値上げを受け入れてます。ただ今後の価格上昇は予断を許さない状況ですので、今後の原材料の価格の状況を注視しながら、レコードの販売価格は慎重に判断していきたいと思います」
CDや音楽配信サービスが台頭する中でも絶えることがなかったアナログレコード。

その人気の秘密を調べてみると、日本独自の文化や若者の価値観、そして世界経済の動向などさまざまなものが見えてきました。

原材料高騰の影響を受けながらも、このレコード人気、まだまだ止まりそうにありません。
経済部記者
長野 幸代
平成23年入局
岐阜放送局、
鹿児島放送局を経て現職

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