鍵はかけていたのに… なぜ盗まれた?

鍵はかけていたのに… なぜ盗まれた?
深夜の駐車場から、すっと出ていく車。

車が盗み出される瞬間をとらえた防犯カメラの映像です。

「鍵は手元にあるのに、車がなくなっている」

いま、そうした事件が、全国で相次いでいます。

いったい車はどうやって盗まれたのか。

事件のカギを握る「ある特殊な機器」が、全国で初めて関西で押収されました。

(神戸放送局 記者 唐木駿太)

鍵はきちんとかけていたのに…

今年7月、千葉県の中古車販売店から高級ミニバンが盗まれました。

駐車場に展示していた車には、鍵をきちんとかけていました。

鍵が盗まれた形跡はありません。

では、車はどうやって盗まれたのか。

店の防犯カメラには、その一連の犯行の過程が記録されていました。
まず、午前0時半すぎ。

ビニール傘をもちフードかぶった人物が車に近づいてきます。

この人物は、リュックサックを開けて何かを取り出すと、車のバンパー付近でかがんで何かの作業を始めました。
ごそごそ動くこと5分余り。

すると、突然エンジンがかかりました。

そして、車のドアも開きます。

この人物は、車に乗り込むと、そのまま走り去っていきました。
店は警察に被害届を出しましたが、その後、容疑者が逮捕されたという連絡はなく、車も戻ってきていません。
中古車販売業者の男性
「こんなにあっという間に、簡単に盗まれてしまうとは。映像を確認したときは、衝撃でことばが出なかった」

車の“システム”を乗っ取る「CANインベーダー」

いったいなぜ、鍵は盗まれていないのに、車は盗まれてしまったのか。
いまの車にはコンピューターが搭載され、車内ネットワークを通じて、エンジンをかけたり、ドアのロックを解除したりしています。

そして、実は、車のヘッドライト付近には、そのネットワークにつながる端子があります。
犯人は、そこに何らかの機器をつなげて不正な信号を流し、“車のシステムごと”乗っ取っていたとみられています。

この手口は、「CAN信号」と呼ばれる規格の通信が行われている車のネットワークに侵入することから、「CANインベーダー」と呼ばれています。
「CANインベーダー」による自動車窃盗は、いま全国で相次いでいます。

しかし、犯行の際にどんな機器が使われているかなど、詳しい実態は分かっていませんでした。

押収品を車につなぐと… 捜査員からも驚きの声

そうした中、実際の事件で使われた機器を、兵庫県警が初めて押収しました。

ことし2月、千葉県の駐車場に止めてあった車を盗もうとしたとして、逮捕・起訴された大阪の会社員の男が所持していました。

押収された機器は手のひらサイズ。

携帯電話の充電器に形がよく似ていました。
警察は、男の説明をもとにこの機器を使って検証を行いました。

バンパーを外して、車体に設けられている端末に、押収した機器をつなぐと…

すぐに車が動き始めたということです。

「こんなに簡単にエンジンがかかるなんて」

窃盗の手口に詳しい捜査員たちからも、驚きの声があがったといいます。
警察の調べに対し、男は「ことし2月頃、知人からおよそ200万円で購入した。盗む時間を短縮することができた」と供述しているということです。

これまでの調べで、警察は、男らのグループは5年前からことしにかけて自動車の盗みを繰り返し、その被害総額はおよそ10億円に上るとみています。

特に、男がこの機器を手に入れてからは、高級車ばかりを盗んでいたとみられるということです。

近年、高級車が狙われる傾向が強まる

警察庁によりますと、ここ数年、自動車の盗難事件の件数は減っています。

10年前の平成23年には全国でおよそ2万5000件起きていましたが、去年は5000件と、5分の1に減っています。

一方で、盗まれた車1台あたりの被害額は、去年はおよそ225万円で、10年前に比べておよそ100万円高くなっています。

最近は高級車が特に狙われていることが統計からも裏付けられています。

高性能な日本車は海外に転売すると高く売れるため、狙われる傾向にあると捜査関係者は話しています。

自動車の技術革新と窃盗の手口はいたちごっこ

自動車の技術革新とともに、窃盗の手口もそれを破るものが次々に現れています。

10年以上前に製造された車には、金属に溝が彫られたカギが使われていました。

窃盗犯は鍵穴の形を調べて合鍵をつくり、車を盗んでいました。
そこで、金属の鍵に代わり、盗難防止のために作られたのが「スマートキー」です。

車から発信されている微弱な電波をとらえて、ロックを解除しエンジンをかけます。

鍵穴にキーを差し込む必要はありません。
すると「リレーアタック」と呼ばれる盗みの手口が出てきました。

車から発信されている微弱な電波を特殊な機器を使って中継。

家の中などに置いてあるスマートキーにまで電波が届くようにして反応させ、離れた場所に止めてある車のロックを解除してしまう手口です。
また、スマートキーの電波を傍受して、キーを複製する「コードグラバー」と呼ばれる方法も出てきました。

こうした手口を防ぐためには、電波を遮断するしかありません。

このため、アルミで塗装されたスマートキーの保管箱などが販売されています。

「CANインベーダー」を防ぐためには

では、どうすれば「CANインベーダー」は防ぐことができるのでしょうか。

車の防犯装置を販売する全国の会社でつくる団体の事務局長は、“後付け”の対策を行うことで一定の効果を期待できるとしています。
車のシステムごと乗っ取るCANインベーダーに対しては、車のコンピューターとは連動しない防犯機器を後から付けることが対策のひとつになるとしています。

例えば、不正な方法でドアが開けられた場合に、音声が鳴ったり、エンジンがかからなくなったりする別のシステム。

車種にもよりますが、費用は10万円から40万円だということです。

犯人が二の足を踏むような環境づくりを

また、警察は、“この車を盗もうとすると周囲に目立つ” “この車を盗もうとすると時間がかかる”と思わせることも大切だと指摘します。

まず、車庫には、センサーライトや警報器をつける。

そして、車庫にも施錠する。
また、車にも、ハンドルロックやタイヤロックを使う。

こうしたロックは数万円ぐらいで販売されています。

人目がつきにくい深夜から早朝にかけての時間帯に起きることが多い自動車の盗難。

そうした時間帯にも、犯人が二の足を踏むような環境をつくることが大切だといえます。

大切な財産を犯罪から守るためには

「例の機器見つかったよ。ようやく押収することができた」

捜査員がそう話したのは、ことしの春先。

犯行グループにとっては高価な商売道具のため、隠されることが多く、これまで警察も実物を見たことはなかったといいます。
鍵をかけていても簡単に車を盗むことができてしまう「CANインベーダー」。

事件の捜査が進むと、実行役や搬送役、指示役や解体役など組織だって大勢で行われていることが分かってきたといいます。

そして、どのような車がほしいか注文を受けてから盗みが繰り返されていたといい、犯行グループが車を選り好みできるほどの状況であることも分かってきました。

車を進化させるために開発される新たな技術が、すぐに次々と悪用されてしまっている現実。

自分の車が被害にあわないようにするためには、できる対策を2重3重に施すことが何より大切だといえそうです。
神戸放送局 記者
唐木 駿太
平成29年入局 入局以来、兵庫県警を担当。ペーパードライバーで、まだ車を持ったことがない。憧れはポルシェ911。